『幽かにくゆる煙の影』

   「第三話 ゆらぐ煙(前編)」  海並童寿



 たたらを踏んで止まろうとした恭介は残念ながらバランスを崩し、本棚に激突した。
 ずがらっしゃん!
 反動で飛び出てきた、本棚の空きスペースに飾られた小物類がまとめて床に落下し、破滅の音を奏でる。
「くそぉっ、蛍、結界まだかっ!!」
 鼻をさすりながら、改めて『そいつ』に向けて身構える。
「す、すみません、力の広がり方が普通じゃなくて、これじゃ正二十角形の底面にしないと……」
 息を切らす必要がないはずの幽霊である蛍までひいはあ言いながら、14個目の「点」を踏む。
「あと6点ですっ!! それまで耐えて下さい!!」
「俺は耐えきれるが部屋が耐え切れん!! 頼むがんばれがんばってくれっ!!」
 叫ぶ間にも、『そいつ』の放つ気の塊が恭介の胸板目指して飛んでくる。はじき飛ばすのは造作もないが、それをやった結果が壁の穴、落下したシャンデリア、等々と死屍累々の惨状を呈していた。
「相棒、すまん! 食えっ!!」
 気のせいか、恭介の右腕に現れた黒犬の頭が悲しげにきゅーん、と鳴いたように思えた。
 それについては気付かなかったふりをして、胸の前で大きく右手を開く。黒犬がその顎をがっと開き、気の塊を飲み込んだ。とたん、
 どん、ばたん、びたん、どたん!
 右手に振り回されるように恭介の体があちこちに派手にぶつかりながら舞った。取り憑かせている黒狗の霊が処理しきれなかった分のエネルギーが、そのまま恭介に回ってきたからだ。
「……や、やっぱ、部屋だけじゃなくて俺も限界かも……」
 鼻からつー、と垂れるのは血でなく鼻水だと思いたい恭介だった。例え本当にそうだったら格段にみっともないとしても。


 そもそもは美味しい仕事のはずだったのだ。
 まず依頼主が相当の資産家。かつ、別段吝嗇家でもない。すなわち、ギャラたんまり。
 そして依頼内容は除霊。蛍の結界があれば、平将門だの崇徳上皇だののような規格外クラスでもなければ大概、どうとでもなる。
 さらに実際屋敷の外からの感じでは、大した霊とも思えなかった。……ただ、何となく粘着質の気配はあったが。
 で、いざ除霊にかかってみると──これが大見当はずれであったわけだ。
「こいつ、俺たちが部屋に入ってきてから異様に力増してないか!?」
 などという疑問を抱く余地のあった、緒戦のころがもう、懐かしい。
 問題の霊が取り憑いている当家のご息女はベッドの上に横たわったまま、怪我こそまださせずに済んでいるが、舞飛ぶ埃に壊れた丁度類のクズを大量にひっかぶって惨憺たるありさまだ。
 蛍が結界の端点を『踏んで』いる間にも、部屋の破壊は続いていた。
「あと2てぇん!」
 がしゃんっ!!
「1点ん!!」
 べきばきっ!!
「これでラストぉぉっ!!」
 どんげんぐきっ。──これは恭介の立てた音。
「せやぁぁぁぁっっっっっっ!!」
 すっと天井の中央、かつてシャンデリアであったと思われる謎の残骸の直下へ駆け上がり、蛍が激しく神楽鈴を振り鳴らす。
 シャララララララ……
「くぇぇぇぇぇっっっ!!」
 怪鳥のような声を上げて、『そいつ』は蛍の作り上げた結界空間に封じられた。……が、しかし。
「おい。蛍ちゃんよ。これは閉じこめたと言わんぞ?」
「は、はぁ……何しろ、正二十角形ですから……」
 結界の大きさが部屋自体とさして変わらないのである。事実、恭介も蛍もともに結界の中にいる。結界の形状は正二十角錐であるから、中空には相当の余裕があると言えばあるのだが。
 蛍の結界に捕らわれた邪霊妖魔の類は、動きを封じられ徐々に力も弱って行く……はずだが、
「ぐぁぁ、むわけとぅえ、たむぁるくあぁぁぁあああ!!」
 結界に封じられる前とさして変わりもない勢いで吠え猛っている。
「どうする、これ……」
 恭介は疲れたような呆れたような表情でターゲットの霊体を指さした。
「うーん……」
 腕組みして考え込んだ蛍であったが、ぽん、と手を打ってこう言った。
「じゃあ、今度はこの中に正十七角形で結界を……」
「そんな逆マトリョーシカみたいなことやってられるかぁ!!」
 思わず恭介はぶち切れた。頭の怪我から、本当に血がじわりとにじみ出ていたりする。
「この……わざわざ結界まで張って……」
 と、突然ターゲットの霊体の言葉が落ち着いた……少なくとも、平易に日本語として聞き取れるものになった。
「そんなに俺に、お前らのラブラブっぶりを見せつけたいのかよコンチクショー!!」
「「……は?」」
 同時にあっけにとられて呟いた恭介と蛍の声が綺麗にハモった。


「──つまりだな」
 典雅な香りの紅茶を啜りながら恭介は言った。
「お前さんは女の子と仲良くなれなかった人生がとてつもなく悔しいわけだな?」
 若い男の姿の霊体はつい目の前のカップに手を出して空振りし、しょうがないので香りをこれでもかと吸い込んだ。……そしてむせる。
「げへ、ぐは、ごほ、そ、そーだよ、悪いかよそれが」
「難儀──ですねえ」
 これはもう慣れたもので、出がらしのティーパックからほのかに立ち上る香りをゆったりと吸い込んで、蛍。
「……お前、本当にその出がらしでいいのか?」
 ついつい気になって恭介が蛍に問いかける。
「ええ、香りならこれで充分ですから」
 にっこりと蛍が返す。
「だーかーら、俺の前でイチャイチャすんなコノヤロー!!」
 だんっ、と卓を叩きたかったのだろう、霊体が拳を振り下ろしてそのまま頭まで卓にめりこんだ。
「おら、気色悪いからとっとと起きろ」
 横から恭介が霊体の首根っこをつまんで引き起こす。
「全く、やたらと力が強いと思ったら、俺たちに嫉妬してただ? アホかおのれは」
 引き起こしついでに頭のてっぺんをひっぱたく。
「だってよお、どう見たってラブラブカップルぐげ」
 今度は恭介の拳が霊体の鳩尾に極まった。
「男女が一緒にいりゃカップルなのか? それが5才の子供と80才のばあさんでもカップルか? 俺は拝み屋でこいつは居候兼手伝い。それ以外の何かに見られたのなんざこれが初めてだぞ初めて。お前の目は歪んでるんだ自覚しろこのタコ」
 結局、この事件はただ働きに終わった。とりあえず問題の霊は被害者から引きはがすことができたので一応問題は解決しているのだが、それにかかったコスト、もとい損害総額は恭介が生涯で一度も手にしたことのないような額だったのだ。とことん鷹揚な依頼主──被害者の父親はそんな損害は気にしない、いいから報酬を受け取ってくれと恭介に懇願したのだが、恭介としては小市民的良心があまりに痛むので、結局報酬は受け取らずじまいということになった。……いや、帰り際にせめてと渡された高級紅茶パックは一応、報酬ということになるのだろうか。
 で、その高級紅茶をすすったり、香りを味わったりしながら──
「問題はお前がなんで俺の家まで付いてくるのかってことだよ。とっとと諦めて冥界でもどこでも逝け」
 恭介は霊体の鼻先に指を突きつけて言った。
「ここまで迷って諦めるなんてできるかよ。ああ、何処へでも行けってんなら行きますよ? そしてまた可愛い女の子探して取り憑きますよ? どうだざまあみろぐぼげ」
 台詞の末尾の奇妙な音は恭介が拳を霊体の頭と腹に同時にぶちこんだことによるものである。
「その有り余る煩悩を正しい努力に振り向けて己を磨いて女にもてようと考えたことは一度もないのかおいっ!!」
「そんなこと今更言ったって俺死んじまったんだからどうしようもないしー」
 人差し指同士をつんつん、と付き合わせて霊体が拗ねる。
(だめだ。こいつがいると生理的に虫酸が走る。かといってこんな馬鹿野放しにするわけにもいかねえ。そもそも拝み屋やって来てターゲットの持ち帰りなんて事態初めてだぜ初めて。あぁもう初めてだらけでうんざりする)
 恭介は頭を抱えた。
「それでその……どうして桂木遼子さんに取り憑こうと思われたんですか?」
 見かねたというわけでもないだろうが、蛍が会話に加わった。ちなみに桂木遼子というのが今回の被害者の名だ。
「え、その……学園のアイドル、だし……」
「個人的に、恋愛感情を……好きだと思っていらしたんですか?」
「いや、嫌いかって言われたらそんなことないけどさ、好きかって言われると……うーん、えーと……」
「……はぁ」
 ぽかん、とした顔で蛍がつぶやく。
「ほっとけ蛍。そいつは若くて可愛い女の子なら誰だっていいんだよ。お前死ぬまで特別に好きな女の子なんていなかったろ? どうだ図星だろうが」
「うぐっ」
 恭介の指摘に霊体は胸を押さえた。……本当に図星だったらしい。
「まぁったく、彼女ができないってんならともかく、格別好きな娘もいなかったくせに、死んでから煩悩暴走させてどーすんだよ。いいか、もう一辺言うぞ。てめえの思考回路が一般の皆さんに比べて激しくいかれてることに気付いたら今すぐ冥界に直行しろ。お前の望みっつーか欲望は永遠に叶わない! そら、黄泉平坂が呼んでるぞ〜」
「……その土地が特別に霊を呼ぶことはないと思いますけど……」
 苦笑いして蛍が几帳面に突っ込む。
 霊体は頭を抱えてうめいた。
「うぁぁぁぁ。女の子とデートしたいよう。てゆーか親密になりたいよう。てゆーかもう密接ってゆーか接触ってゆーか結合ってゆーかあぎゃ」
 発言の最後のノイズは恭介の延髄チョップが霊体にヒットしたことによるものである。
「……あの」
 と、唐突に改まった口調で蛍が言った。
「何だ?」
「なに?」
 恭介と霊体の視線が蛍に集まる。
「本当に、女の子なら誰でもいいんですか……?」
「え、いやー、誰でもいいとは……やっぱ可愛い子じゃないと。それに年下。これ鉄則」
「……生まれたての赤ん坊を懸命にお世話して仲良くなってろこのスカタン!」
 恭介の回し蹴りが霊体に……届かなかった。
 ぱしん、という音とともに、恭介の足を蛍が手刀で払いのけていた。
「あの……私では、だめですか……?」
「なに?」
「ええっ?」
 蛍の発言に、恭介と霊体はそれぞれに目を丸くした。
「おいこら。こいつの発言ちゃんと聞いてたか? こいつの目的は単純明快唯一無二唯我独尊にナニだぞナニ。お前遊園地で一日デートしてはい終わり、とか考えてないだろうな?」
 恭介がまくしたてている間、霊体は、
「……うーん。顔の可愛さクリア。年下かどうかは要確認だけど見た感じクリア。スタイル良し。とくに胸」
 ぼそぼそと呟いていた。
 一方まくしたてられた蛍は、奇妙に寂しげな微笑を浮かべた。
「それは分かっているつもりです。……私、なんでしたら、それだけでも構いません」
 蛍の返答を聞いて、恭介は言葉を失った。
「よーし蛍ちゃん。きみ、いくつ?」
 と、霊体は妙なポーズをしながらそう聞いてきた。本人はおそらく、バッチリと決めているつもりなのだろう。
「享年ですけど……14です」
「よっしゃばっちり年下! もう無問題! トレビアーン!!」
 明後日の方向に向けて叫ぶと、霊体はいきなり蛍の手を取った。びくり、と一瞬身をすくめながらも、蛍はおずおずと霊体に手を重ねた。
「僕のことはジョニーと呼んでくれたまへ。では蛍ちゃん、めくるめく感動のステージへ!」
 いきなり蛍の手を取ってどこかへ行こうとする(自称)ジョニーを、蛍は慌てて引き留めた。
「ま、待って下さいジョニーさん! ひとつ、申し上げておかないといけないことが……」
 (自称)ジョニーはくるりと振り返ると、
「ごめん。やっぱジョニーは恥ずかしいわ。僕は本名中原滋人[しげと]。ってことで滋人さん、でお願い。で、その申し上げておかないといけないことって、何?」
「言わないと、フェアじゃないと思いますから……あ、あの滋人、さん……実は私……処女じゃ、ないんです……」
 途端、ジョニーもとい滋人はあからさまに失望した表情を見せた。
「うっわー、14でもう捨てちゃってるわけ? はぁ、いいよなぁ、その頃からもてる奴らは……チクショー!!」
 再び明後日の方へ叫ぶ霊体中原滋人。
「あの、やっぱり、処女じゃないと……お嫌、ですか……?」
 蛍の表情は張りつめていた。唇を引き結び、じっと滋人を見つめている。
「……あーもう、そんな目で見られて『お嫌、ですか……?』なーんて聞かれてやだよ、なんて言えますか!! 非処女大いに結構、身につけたテクで僕を極楽に導いてちょーだいっ!!」
 滋人はいきなり蛍を抱き寄せた。蛍はひっ、と悲鳴をかみ殺して滋人に身をゆだねる。
「と、いうことで、だ。拝み屋さん、2時間ばかし席を外してくれたまへ」
 先ほどの蛍の言葉に呆然としていた恭介は唐突に話しかけられて意識を取り戻した。
「こら。ここは俺の部屋だぞ? なんで部屋の主が追い出されて自分の部屋をラブホ代わりに使われにゃいかんのだ? 大馬鹿者、誰が出て行くか! お前らがどっかに行ってやりゃあいいんだろうが!」
 すると滋人は蛍の髪にそっと手を差し込んだ。蛍の体がぴくり、と震える。
「やれやれ。こちらの御仁は俺たちに青空の下で健康的にやってちょうだいとそう仰せのようだけど? ま、俺たちはふつーの人間には見えないから、大通りの真ん中で励んじゃっても、別に構わないけどさぁ」
 蛍は顔をうつむけた。顔を真っ赤にして、微かに震えている。
「……ああ分かった分かった! 2時間でいいんだな? ラブホじゃねえんだから延長はないぞ!」
 いらいらと怒鳴りつけて、恭介は玄関に下りた。ドアを開け、振り向かずに一言、
「幽霊同士好きなだけしっぽりたっぷりじっとりねっとり濡れてろっ!!」
 そう言い捨てて、恭介は憤然とアパートを後にした。


 恭介の足音が充分に遠ざかったのを確認して、滋人は抱き寄せていた蛍をばっ、と芝居がかった動作で正面に向き合わせた。
「蛍ちゃん……」
 そう言って、滋人は突然目を閉じると顔を蛍の顔に近づけてきた。
(えっ? ええと……キス、するのかしら?)
 蛍はなんとか滋人の意図を把握したが、あまり早々に目を閉じてしまっているため、滋人の唇の軌道は蛍のそれから外れて、鼻の頭あたりに来ている。
(こう、すれば……)
 蛍は少し背伸びして、滋人の首の後ろに手を回し、やんわりと下へ力を加えた。
 蛍の努力が功を奏し、滋人の唇は蛍のそれとぴったり重なった。それを確かめて、蛍もそっと目を閉じ……ようとした。
(え、えっ、な、何?)
 ぐにぐにと蛍の唇の隙間に何かがねじ込まれようとしている。
(あ、そうだ、舌を入れたり……するって……)
 生前、耳年増な友人から聞いた知識を必死に思い出す。蛍が軽く唇を開くと、待ちかねたように滋人の舌が入り込んできた。
「ん……ふ……」
 滋人の舌が遠慮会釈なく蛍の口内をねぶり回す。蛍としては正直言うと──気持ち悪い。それでも、なんとかついて行こうと、舌先で滋人の舌の動きを懸命に追いかける。
 と、唐突に蛍のお尻に奇妙なくすぐったさが生じた。
(え? こ、これ、滋人さん?)
 戸惑っている蛍にお構いなく、今度は左右のお尻両方をむにゅっ、と無遠慮につかまれた感触。そして、それがむにゅむにゅとお尻の肉を揉みしだく動きに変わる。
(い、嫌ぁ……これじゃ、まるで痴漢……)
 払いのけたい、という思いを何とか押し殺す。なにも「何をされても我慢する」とまで思っている訳ではないが、
(この位で音を上げたら、ああいうことなんて出来ない……)
 そう考えて、蛍はそれらの『愛撫』を必死にこらえた。
 二人の唇が触れてからおよそ3分、滋人が蛍から唇を話した。同時に、蛍のお尻を揉む感触も消える。
「ふぅ……お尻、可愛かったよ、蛍ちゃん♪」
 滋人のあっけらかんとした物言いに蛍は何も言えず、顔を赤らめてうつむいた。下がった視線に、高速で動く何かが一瞬目に入る。
 ばさぁっ!!
「きゃぁぁぁぁっっっ!!」
 派手にまくれ上がったスカートを蛍は慌てて押さえつけた。そして、そろそろと滋人の顔に目をやる。──とてつもなく上機嫌そうににこにこしている。
「いやー、いきなりごめんね。でも一回やってみたかったんだよ、スカートめくり。蛍ちゃん、パンティも可愛いねー」
 これまたどう返答してよいやら、蛍はもう一度うつむくしかなかった。
 そして──1分、お互いに一言も発さずぴくりとも動かずに時が過ぎた。
 たまりかねて、蛍が口を開く。
「あ、あの……次は?」
 そう尋ねると、滋人はぽかんとした顔をして、言った。
「え? 蛍ちゃんがリードしてくれるんじゃなかったの?」
「え、ええっっっ!?」
 いきなりの爆弾発言に蛍はすっとんきょうな声を上げた。
(そ、そんなこと言われても……私、よくわからない……)
 迷った挙げ句、蛍は、
「では、滋人さんのなさりたいように、して下さい……あの、どうしても嫌なときは、そう言いますから……」
 と、バトンを渡し返すことにした。
「い、いいんだね?」
 ぐびり、とつばを飲み込む音が聞こえた気がして、蛍はぴく、と身をすくめた。
「じゃ、じゃぁ、脱いで」
「あ、はい」
 直球な要求に、蛍はするり、とリボンタイをほどくと、ぷち、ぷちとブラウスのボタンを外し始めた。
「あ、ああ、待って! やっぱり僕に脱がさせて!!」
 叫び声に蛍はびくり、と手を止めた。そして、そろそろと両手を体の脇へ下ろす。入れ替わりに、滋人の指が蛍のブラウスにかかった。残るボタンをぷち、ぷちと、うっかりすると引きちぎりそうな様子で外して行く。
 全てのボタンが外れたところで蛍は軽く腕を開いた。滋人はその蛍の動作の意味を理解するのにしばし時間を要した様子だったが、ややあってブラウスの襟に手を掛け、そこから果物の皮をむくように服を引き下ろす。ブラウスは蛍の上半身を離れ、腰のところからぱらり、と垂れ下がった。
「え、えっと、ブラはどうやって……」
「あの、背中にホックがありますから、それを外して……」
 滋人がごそごそと蛍の背中を探り、四苦八苦した末ブラのホックを外した。ふるり、と蛍の乳房が支えを失ってわずかに垂れ下がる。蛍は今度は両腕を体の前に回し、滋人がブラを引き抜くのを手伝った。
 あらわになった蛍の双球をまじまじと滋人が見つめる。蛍は恥ずかしさに、思わず目を閉じた。
「実物見ると……蛍ちゃんの胸ってほんとに大きいねー。14才でしょ?」
 蛍はこくり、と頷く。
「と、とりあえず、触るよ?」
 蛍がもう一度頷いたのを見て、滋人は両手で蛍の乳房をむにゅ、と掴んだ。
「んっ」
 触覚以外の感覚があったわけではないが、反射的に蛍の口から音が漏れた。
 先ほどお尻を揉まれだときのように、むにゅむにゅといささか単調な愛撫が乳房に加えられる。やはり快感と呼べるような感覚は生じないものの、胸を直に揉まれているという恥ずかしさが、少しずつ蛍を高ぶらせてはいた。
「あ、乳首立ってきた」
 滋人はそう言って、何気ない拍子で二つの乳首をそれぞれ、両手の親指と人差し指でつまみ上げた。
「んんっ!」
 甘いしびれが蛍の意識に伝わる。
(私、感じてる……変じゃないわよね、だって、望んでしていることなんだもの……)
「へへ、蛍ちゃん、これ、いいんだ……それそれ!」
「ん、く、んん、うんっ……」
 滋人は何度も乳首をしごくようにつまみ上げた。そのたびに、蛍の口から甘やかな吐息が漏れた。
 が、少しすると、蛍は別な感覚が生じるのを感じた。
(なに、これ……胸全体が、張って……すこし、苦しい……)
 その感覚の正体はすぐに判明した。
 ぴゅっ……
「わ、蛍ちゃん! な、なんか出たよ!?」
「え……?」
 見ると、蛍の乳首の先が、薄いクリーム色の液体で濡れていた。同じ色の液体が滋人の手にも付着している。
「……ひょっとして、おっぱい?」
 滋人の問いに、蛍は少し考えて、
「そ、そうかも知れません……出たの、初めてなんですけど……」
 蛍自身、この状況にかなり困惑していた。確かに、彼女が死んだとき、彼女は母乳が出てなんら不思議のない状態だったのだが、実際に自分の体から母乳が出たという経験はなかったのだ。
「飲ませて」
 滋人は端的にそう言うと蛍の乳首にむしゃぶりついた。そして、ストローでジュースでも飲むような勢いで吸い始める。
「し、滋人さん、あんまり強く吸われたら、痛い、です……」
 だが、それはそれとして、母乳のしたたる乳首を吸われるのは、心地よかった。無論、性的快感とは別物の感覚である。
 ひとしきりちゅうちゅうと乳首を吸い立てて、滋人は口を離した。
「おいしいね……こんな味だったのかな、覚えてないよなぁ……」
 そう言った後、滋人はニヤリと笑った。
「さて、ここからは大人の時間に戻って、と」
 滋人はいきなりごそごそとベルトに手をやると、ぐい、とズボンとパンツをまとめて脱ぎ去った。隠すものもなく、滋人のペニスがあらわになる。
「ひっ!?」
 蛍は滋人の体に突然現れたそれに、微かな悲鳴を上げた。
(そ、そう言えば、私、あれを目で見るのって初めて……うそ、ものすごく大きい……)
 戸惑っている蛍をよそに、張りつめたペニスを握って、滋人は嬉しそうに言った。
「じゃ、パイズリして」
「え?……ぱい……ずり……ですか?」
 何のことかわからず、蛍はきょとんと問いかけた。
「まさか、知らない……の? ええっ!? 蛍ちゃんこんなに立派な胸してるのに、パイズリの経験なし? うっわー、もったいねぇー」
 そう言いながらも、滋人はどこか嬉しそうだった。蛍は処女ではないと聞いたが、その割に知識自体は少なそうだ……と気付いたからだろう。
「じゃ、僕の言う通りにして。まず、そうだなぁ……僕が横になって、と」
 そう言って、床面と並行に浮かぶ。
「で、蛍ちゃんの胸で、僕のち○ぽを挟むんだ。そしたら、胸を動かして、ち○ぽをこするの。あと、胸からち○ぽの先がはみ出ると思うから、それは舌でちろちろっとなめてくれると嬉しいな」
 蛍の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
(あ、あれを胸で、挟んで? そ、それで、こすって? 先は、舌でなめて?)
 いやらしい、淫靡な……という以前にすさまじく恥ずかしい。だが、
(い、嫌かって言われたら、別に嫌なわけじゃないし……滋人さんの好きなようにする、って言ったんだもの……)
 蛍はそろそろ、と滋人に体を寄せた。横から滋人のペニスに手を伸ばそうとして、これでは自分の胸が届かないと気付く。
「足の間に入っておいで。それで……」
 言われた通り、軽く開かれた滋人の足の間に入る。そして、股間にめいっぱい近づくと、恐る恐る滋人のペニスに自分の乳房を近づけた。
 ……しかし、いくら蛍の胸が大きい、と言ってもそれは同年代の少女と比較して、ということである。かろうじて柔らかな脂肪は滋人のペニスを包み込みはしたが、実際上面までは覆い切れていない。
「じゃ、蛍ちゃん……してくれる?」
「はい……」
 蛍はそっと乳房を上下に動かし始めた。ペニスをなめる、というのは少し抵抗を感じたが、知識としてフェラチオという愛撫の形は知っていたので、思い切って舌先をぴと、とペニスの先端に触れさせた。特に匂いや味はない……何しろ霊体であるから、新陳代謝も排尿もない。従って、ペニスの形態や存在それ自体を除いては、蛍がペニスをなめることに抵抗を感じさせるようなものはなかった。
 乳房そのものによる刺激は、滋人にとってはじれったい以外のなにものでもなかったが、舌による亀頭への刺激は素直に気持ちよかった。更に、愛らしい少女が懸命に自分のペニスに奉仕しているという状況が、極上の刺激となる。自分の手以外によるペニスへの初めての刺激は滋人を非常な勢いで頂点へと駆り立てていった。
「ほ、蛍ちゃんっ、すごく、気持ち、いいよっ……あ、あ、あ、だめだ、もう、もう出ちゃうよ、蛍ちゃん、口で、口で先っぽを全部くわえてっ!!」
 訳がわからないながら、蛍は言われた通り亀頭全体を口でくわえ込んだ。途端──
 びくんっっ!!
 滋人のペニスが激しくはね、蛍は思わずせっかくくわえた亀頭を取り逃がした。そして、白濁した液体が滋人のペニスから噴き出し、蛍の顔や胸に飛び散った。
「あちゃー……飲んで欲しかったのになぁ……」
 情けなさそうな顔で滋人がぼやく。蛍はというと、精液が目に入ったため、目を何度もしばたたいて染みる痛みに耐えていた。
「でもま、顔射もまた趣があって……へへへ」
 そのまま、滋人は視線を下に移す。滑らかな腹部、可愛らしいへそ、そしてその下に、スカートとパンティに隠された、まだ見ぬ少女の秘密の場所。
「蛍ちゃん、今度は僕が蛍ちゃんにしてあげる。だから、横になってくれる?」
 こくん、とうなずき、蛍はそっと体を横たえた。


   後編に続く