『カッコーの巣』
第一部「カッコーの雛(その一)」 Aristillus
1.
理解はしていたつもりだが、こんな事になるとは思わなかった。
目覚めたばかりの安永は、ベッドの横にある本棚の足元に、少女が足をかかえて座っているのに気が付いた。
もう、三日になる。三日続けて毎朝、これが続いていた。三日目になると、さすがにもう驚いて飛び起きたりはしないが、憂鬱さは募るばかりだった。
彼はまず枕元のメガネを取り、それをかけながら起き上がると、ようやく彼女の方へと目をやった。
少女は顔を伏せて、膝で組んだ自分の指先を見つめたまま、たまにちらりと怯えた小動物のような目で彼をうかがっている。うつむいているせいで、彼女の小さな顔は、髪が被さって両頬まで隠していた。たっぷりとした髪は肩の所でざっくりと切られ、美しい艶と色を、カーテンが閉まった薄暗い部屋の中でも鈍く輝かせている。
真っ先に目に入る特徴は、日本人離れしたその髪だ。つややかな栗毛は、別に染められたものではない。その髪よりも、蝋を思わせる白い肌や、人形のような目鼻立ちこそが、彼女が生粋の日本人でないと告げていた。
厚くて柔らかい生地のパジャマは、プリント地にブルーグリーンの縁取りのスエットタイプのものだ。いつからいたのか、外気にさらされた素足と素手が白かった。
この8歳の女の子は、外国人とのハーフだ。安永が引き取ったばかりで、名前は、木村江里奈と言う。
彼が憂鬱なのは、毎日こんな事をされているせいばかりとも言えなかった。彼女がこうして引き取られてきたのは、口にするのもはばかられる訳があったからだ。怯えた小動物のような態度を示しながら、そのくせ部屋でじっとしていられないのも、それに原因があるからだろう。
彼はと言えば、男やもめで独身が長かった。子供を持った経験はなく、扱いに長けているとは言い難い。ただでさえ難しいこの子は、彼には荷が重い相手だった。
正直、彼はうんざりしていたが、立場を思い気を取り直し、この引き取ったばかりの少女に向かって声をかけた。
「おはよう、江里奈。おいで」
今までさんざん話して聞かせた事を蒸し返しても、どうしようもないのは分かっている。
ハーフと言っても、江里奈は日本で育てられたので、外見以外は日本人だ。当然ながら、日本語しか話せない。父親は安永自身の遠い親戚という事で、全くの他人というわけでもなかった。しかし、彼女と彼の間には、今まで接点はなかった。
動かない江里奈に、「さあ」と少し厳しい表情を浮かべて手を伸ばすと、とたんに彼女はぎくしゃくと起き上がり、彼の元へ近付いてきた。こんなささいな事で、彼女は敏感に反応した。まるで、恐れているが逃げられない、檻の中にいる愛玩犬のようだ。その全ては、彼女が今まで、どうやって生きてきたのかを示していた。
安永は、ベッドの脇に立つ少女をどうしたらいいか一瞬躊躇した後、腕を伸ばしてわきの下に手を入れ、ベッドの上に引き上げてやった。8歳の体は、まだ彼の両腕で抱えられるほど小さい。ぎこちなく抱き上げると、彼の脇へそっと乗せて、ベッドの縁に座らせてやる。
そろそろ中年に差しかかろうとしていた安永だったが、彼の妻はかなり前に他界し、子供を持った経験はなかった。職業柄、子供を問診するような機会はあっても、家族としてどう接して良いか、勉強する機会には恵まれなかった。
少女の姿からは、おどおどした緊張が伝わってくる。ただでさえ扱いの分からない子供が、そうしながらも媚びた表情を浮かべるのを見て、彼はかわいそうにと感じながらも、同時にイライラが募っていくのを感じた。
(なんで、こんなことをするんだ?)
(ここに入ってはいけないと、言ったろう)
(もう安全なんだから、何も気にしないでいいんだ)
そんな言葉が頭を駆け巡ったが、すでにそれを口にしていた彼は、何も言わなかった。
遠い親戚といっても、彼が江里奈と会ったのは今度の事があってからで、それ以前は、名前すら耳にした事がなかった間柄だ。
「……話をしようか。江里奈は、何が好きなのかな?」
「?」
何か口にしようと口が動いたが、結局言葉は出なかった。きょとんとした一瞬、子供らしい表情が見えた。しかしすぐに、媚びた表情で彼の腕に顔を押し付けてくる。
「えりな、なんでもできます……」
彼女の声は、ここに来てからいつでも、ささやくように小さかった。まるで、誰かに聞かれる事がないように。気を付けているように。
会話になっていないが、少女の言いたい事が、安永には分かった。彼女が伝えたかったのは、自分に残されたものの話だ。
数ヶ月前、江里奈は親元から引き離され、施設に保護された。彼女はその時、それまでの彼女の生活を構成していた全てを、失う事になった。
知人、友人、学校の先生。ここに来る以前の、全ての関わりのあった人間とは、彼女はもう会う事はないだろう。
家に帰される事もない。彼女の保護者であるはずの父親が、現在拘置所に繋がれているからだ。母親はというと、夫の逮捕を機会に全ての縁を切り、母国へと帰って行ったそうだ。そうして、彼女は一人ぽっちになってしまった。
彼女が望んでも、父親の元に戻される事には、想像以上に過酷な道が待っている。母親も、もういない。だから、彼女の周り全てのものは、完全な形では、もう二度と戻る事はなかった。
少女に残されたのは、彼女自身の体と、彼女がたぶん必死に憶え込んだ、一つの技術だけだった。
「なんでもって、どんな事を?」
危険だったが、こういう事以外、江里奈とうまく会話が成立しない。彼女は、自発的な言葉を求められる事に、慣れていないようだった。
「……パパの、おちんちんを、なめるの」
ポツリとしゃべり出す彼女から目をそらし、彼は気付かれないようにため息をついた。
「……『ふぇらちお』って、いいます……えりなは、これが、とくい……おまんこに、入れるのだって平気、です……これは、パパが、『おまんこ』って言えって、言ってました……」
8歳の少女の口から流れる卑猥な言葉は、覚悟していた彼の胸にも物悲しく響いた。
ささやくように小さな彼女の声を聞きながら、彼の脳裏には、養護施設を訪ねた時のカウンセラーとの会話が流れていった。
安永が、色紙を切り抜いた花があちこちに飾られているその部屋に入ると、江里奈はすぐに振り向いて、カウンセラーと彼を見比べるように眺めた。笑みを浮かべた彼を見ると、顔を伏せたまま、まっすぐ彼に向かって歩み寄ってくる。彼が穏やかに挨拶しようと口を開きかけた時、彼女はそのまま止まらずに、彼に抱きついた。とまどった彼の下半身に、そのまま不自然にべったりと体を押し付け、腕を回してきつくしがみついてくる。
突然の事に、彼が中年の女性のカウンセラーの方を振り返ると、彼女は言った。
「しょうがないんです、安永さん。事情は先程伝えた通りですが、彼女は、大人の男性というのが、自分にとってどういう存在かを知っているんです。だから、一番頼りになりそうな大人の男性に対して、媚びて、服従した態度を示す事で、まず安全を確保しようとするのです」
彼女は江里奈を引き離すと、安永を促して二人で個室へと戻った。
「よくある事なのですか?」
安永の問いにうなずきながら、カウンセラーは暗い顔で言った。
「江里奈ちゃんのように長期間虐待にさらされていると、自分の身を守るために、様々な方法を編み出します。たとえば多重人格や、自傷行動などです。耐え切れない苦しみから逃れようとする心から、こういったことを引き起こすのです。しかし、彼女はまだ幼く、そういった症状が現れる年齢に達していませんから……」
「すると?」
「大人を利用してなんとかしようとするのは、動物的な感覚のもので、知識とは関係ありません。父親から教え込まれたことで、彼女にはそうすることに対する禁忌が無くなっています。本質的な理解無しに、手順だけ憶えた動物と変わりありません」
「なんてこった。どうしたらいいんです?」
「当たり前のことですが、まず環境をちゃんと整えて、教育を施してやることが必要です。彼女に必要なのは、長い時間をかけた普通の生活です。もちろんカウンセリングなどはこちらで当たらせて頂きますが、正直、手は足りてるとは言えないのが実情です。事情は聞いておりますが、安永さんが引き取る事には困難もあるでしょう」
「それならなぜ?」
「あなたもお医者さんであることが、一つ。あと、彼女の母親の問題が、一つ。ここでも彼女は、男性にしか笑顔を見せていません」
「私に、できるでしょうか」
「そこの所以外は、彼女は普通の子供です。先程のような事は、まだ幼いので、当たり前の行動とも言えますので、きつく拒否するのはやめて下さい。しばらくは、手配したお医者さんたちの所に通ってもらえれば、あなただけに、それほど負担を強いることもないと思います。それに、あなたもお医者さんだということで、信頼できると思っております。経歴は、伺っておりますよ」
「いや、医者と言っても手術専門の外科医です。それに……」
外科医としても失格だ、と安永は、心でつぶやいた。
「……そういう事を、江里奈は好きなの?」
「はい」
確かめてもしょうがない。どこまでが本気なのか、江里奈のどこにも、本気などないのかもしれない。
「どうして?」
「『ざーめん』を、いっぱい出すと、パパは、やさしくなるから……えりなを、ほめてくれます……それに、」
「それに?」
「ナイショだけど……おまんこいじるのは、イヤじゃないです。いじってると、だんだんふわふわとしてきて、夢中になっちゃう。あ、ゴメンなさい……」
「いや……痛くはないのかい?」
「ずっと前は……でも今は、おまんこに、入れるのだって、痛くないです……気持ちよくなると、入れやすくなるって、言われて、おまんこいっぱい……コスッてたから……」
「それも、お父さんに教えてもらったの?」
「はい」
「そんな事ばっかり、していたわけじゃないだろう。お父さんは、普段は?」
また顔を伏せた。何があったのか目に浮かぶようだったが、想像したくもない。
とにかく父親の事を彼女の中から遠ざけるべきだったが、彼女は今でもそれを中心にしか、物を考えられないようだ。
「でももう、そんな事しなくてもいいんだ。君のお父さんに叱られる事は、もうないんだから」
「ほんと?」
大きくうなずくと、彼は続けた。
「君にひどい事をするような人は、ここには絶対来れないんだ」そこで、ふと気付いて言葉を継いだ。「もちろん私は、君をいじめたりしないよ。叱ったりもしない。約束だ」
反応がないので彼女を見下ろすと、どこか悲しそうな顔で、口をとがらせていた。
「……でも、それじゃ、えりな、することなくなっちゃう……新しいパパは、いじめない代わりに、えりなとおまんこ、しないのかなぁ……」
彼女は、まるで大人のように代価を求めている。子供は、子供だというだけで、親から搾取していいと知らないのだ。
「あれはね……本当は、君のような子供は知らなくていい事なんだ。これからは、気にせず楽しい事だけをして、やりたい事を自由にやれる。欲しいものだって言えば、買ってあげよう」
江里奈はどこか困ったような目で、あらぬ方向を見ていた。
「欲しいものは、なんかないのかい?」
「え、……いいんですか?」
疑り深そうに彼を見上げて、彼がうなずくのを見ると、例の笑みが浮かんだ。
「えりなね、ギューンって、うなるバイブと、あと、カンチョーが、ほしいの。……買って……くれます?」
彼女の体温が上がったのか、その時小さな体から、熱気が彼の頬に伝わってきた。安永は、今度は隠さずに、大きなため息をついた。
2.
江里奈が、父親の代わりに安永と性関係を持ちたがっているのは、うすうす彼も気付いていた。
話して分かった通り、8歳にして色情狂気味な症状も現れている。彼は医者だったが、こういう事はまるで専門外だったので、彼自身にもカウンセラーの助けが必要だった。
それでも一ヶ月も経つうちに、江里奈の態度は少しずつ変わってきた。
言うなりだった人形のような態度から、少しずつ打ち解けて、自分の主張をするようになってきた。声も大きくなり、注意しなければ聞き逃す事もなくなった。彼はそれがいい兆候だと思い、いい父親役であろうと努力していたつもりになっていた。
「……残念ながら、まだ、戻る気持ちにはなれません。わざわざご連絡頂き、ありがとうございました。それでは、失礼いたします」
彼が受話器を置くと、間髪いれずにベルが鳴った。いやな予感を感じながら、再び受話器を取った。
「はい、安永です。……あ、長谷川さん?……ここにはかけてこない約束じゃありませんか……はい」
顔をしかめながら体勢を変えると、江里奈が入り口で、こちらをうかがっているのが目に入った。
長谷川というのは、本来彼女を引き取るはずだった、彼女の父親の姉の姓だ。今でも名目上は、引き取ったのは彼女という事になっている。
安永は、彼女や他の親族たちが、大嫌いだった。事情が事情とはいえ、誰も江里奈を引き受けようとはしなかったのだ。それどころか、医者だった彼の財産をあてにして、遠回しに彼に迫ってきた。
「……いえ、ウチは稼ぎも少ないし、家も狭いしねえ。江里奈ちゃんを置いときたくても、無理そうなんですよ。その点、安永ちゃんの所はねえ……」
勝手な発言を聞きながら、彼の心には怒りが満ちていった。安永は、邸宅とも呼べる一軒家に一人住まいだが、そんな事より内心、世間体を気にしているのがミエミエだった。だから彼は、大病院をやめたばかりだというのに、思わず引き取ると言ってしまったのだ。
江里奈をかわいそうだと思うよりも、子供に与えられた運命で彼女を侮蔑するような神経に、ただ腹を立てていた。
素早く受話器を置くと、するりと灰色の猫が膝に上がってきた。江里奈に買ってやった、ペルシャの子猫だ。なぜか、この猫は彼女よりも、むしろ安永になついているようだった。
セーターについた猫の毛をつまんで取りながら、江里奈は彼に近付いてきた。
「ハナは、えりなよりも、新しいパパの方が好きなんだ」
「そうかな?」
「そうだよ。言うこときかないから、たまにいじめちゃうんだ。新しいパパは、やさしいから」
口癖のようにそう言う彼女に、彼は不思議なこそばゆさを感じた。
「この子は江里奈のものなんだから、かわいがってあげなきゃダメだよ。せっかく仲良しになったんだから」
「おばさん、なんて?」
「気にする事はないさ。なんでもない」
彼女は、少し不安そうな顔で彼を見た。たぶん、理解していなくとも、察する所があるのだろう。
「……えりな、新しいパパに、コーヒー持ってきてあげようか?」
「ああ、そうだな。もう遅いから、早く着替えて寝なさい」
彼女は、最近何かと彼の世話をしたがるようになってきていた。この時も、彼は何の気なしに答えていた。
朝日に目覚めた時、安永は、自分の体に妙な違和感を感じた。それが何か分からなかったが、彼は、不安で鼓動が早くなるのを感じた。
ぱっと起き上がっても、部屋の様子に変化はない。江里奈がいるわけでもない。ただ、枕元にハナが丸くなって寝ているだけだ。
ドアはちゃんと閉まっている。江里奈と共に寝ていたはずのハナが、なぜここにいるのかと考えたが、彼の違和感は、それとは関係ないようだ。
そうだ、体がおかしい。何か体がだるい。頭も、もやもやとスッキリしなかった。
ハッと気付いて布団をひっくり返したが、何も変わった様子はなかった。ついでにパジャマのズボンを引っ張って股間をのぞき込んだが、その時、仮性で半分だけかむっていた彼の亀頭の皮が、今では完全にめくれ上がって露出しているのが目に入った。朝立ちしているわけではなく、むしろいつもより一段と萎れている。それなのに、亀頭の部分だけが少しふくらんで、包皮から完全に露出していた。
彼の心にある疑惑が生まれたが、これだけでは何も分からない。疑惑を押し殺すと、なんでもないように顔を洗いにベッドをたった。江里奈は、少なくとも彼の目には、全く普段と変わらないように見えた。
そんなスッキリしない朝が三日ほど続いたその晩、安永は、熟睡の中で声を聞いたような気がした。
甲高い獣の叫びのようなその声は、彼を泥のような眠りから少しだけ引き上げた。異常な事態を感じて、彼はねっとりと強く引き止める眠りから、なんとか目覚めようともがいた。
「んあ……、な……んだ。くう……」
しびれて働かない頭を振って、むりやり乾いた目を開くと、暗闇の中に誰かがいた。彼の上に誰かが乗っている。
はっと見据えると、暗い中でじっとこちらを見る顔と目が合った。少女が彼の腰の上に座っている。その時、彼は自分が何をしているのか気がついた。
彼のペニスが、江里奈の中に収まっている!
今、急速にしぼんでいくペニスに、彼女の中の感触が伝わってきた。じっとりと濡れた感触に、彼は驚いて声を上げた。
「うわあああ!! 江里奈!」
彼のパジャマのズボンは脱がされ、同じように下だけ脱いだ彼女と密着していた。彼女の小さな足は大きく開いて、彼にまたがっている。
「……そうよ。えりなとおまんこしてるの。バレた?」
「なんで、どうしてだ!」
「分かりきった事、きかないでよ。えりな、したかったの。がまんしてたんだけど、やっぱりオナニーじゃつまんない。バイブがあれば、がまんできたかもしんないけど」
幼い少女の声は、どこか邪悪な艶やかさが加わって、彼の耳に響いた。
彼は、ショックで身動きができなかった。そこにいるのは、彼の思い描いていた8歳の子供の姿ではなかった。
「分からないように、薬を飲ませたんだけど、もうおしまい。でも、これで、新しいパパとえりなは、本当に親子になったんだよ」
絶望と悔恨で、どろどろと怒りが彼の中で渦を巻いた。一瞬、彼女に対する殺意までが沸き起こった。
立ち直れないまま目をさまよわせていると、彼女は腰を上げて彼の腹に上がり、自分の性器を彼に向けた。大股開きで見せつけるように、指でゆっくりと全体をいじり始める。
「えりなはね、こんなにいやらしい子なの。新しいパパも、えりなをおしおきしたくなった?」
彼は何も考えられないまま、彼女の性器を見つめた。指が二本、素早く出入りしている。メガネも付けず、暗くてよく見えなかったが、ちゅっちゅっといやらしい音が耳に響いた。
「おまんこしようよ。ここにおちんちんを入れてよ。えりなのこと、ほっておかないで! 遠くから見るの、やめてよ!」
やがて、彼女は達して小さく叫んだ。閉じていた目を開くと、潤んだ目で彼を見下ろした。
暗い中で、二人の息づかいだけが響いていた。やがて、彼はかすれた声で言った。
「しばらく、考えさせてくれないか。……出てってくれ」
その時どこかで、子猫のハナが、ウニャーと間延びした細い声で鳴いた。
3.
安永は、闇の中にいた。
女性の、しかも子供の江里奈から、女から男への逆レイプといえる行為をされるとは思わなかった。彼の貞操観念はごく普通でしっかりしていたので、その衝撃は、彼の自分に対するあらゆる自信を打ち砕くほどの効果があった。
彼は、自分が性犯罪者の一人になったのが信じられず、心の中で逃げ道を探し続けていた。
まず、あれは不可抗力だと強く思った。しかしそれは、なんの慰めにもならなかった。もし誰かに知られれば、彼は罪に問われるだろう。状況などこの際関係ない。なにより彼自身が、自分が汚れたと思っている事で、心は深く傷付いていた。
ベッドの中で深い絶望に心をひたしていると、ふと、江里奈の面影が浮かんだ。
彼は、頭で分かっているつもりでも、どこか通り過ぎていく一人のような気分で、彼女と接していた。忘れろと言った所で、心に感じた負い目が無かったことにはならない。同じ所まで降りていって、初めて彼は、彼女の心の一端を理解できたような気がした。
彼女に対する怒りはあるが、表立ってそれを言うわけにはいかなかった。それが、物知らぬ子供に対する大人の取るべき態度かどうかはともかく、最初に彼女の方に手を差し伸べた彼の責任だった。
暗い心は、もう一人の少女の事を、彼の頭に思い浮かばせた。
彼が前の病院をやめるきっかけとなった事件は、彼にとって始めての挫折だった。今なら分かる、彼はあの時、逃げるべきではなかったのだ。
しかし、今となってはその全てが遠く、蜃気楼のように、彼の手には届かないものに思えた。
ベッドから抜け出した安永は、ともすると逃避しかける精神を絞って、家政婦のせいさんに今日はもういいと伝えた。彼女を帰すと、唯一やっていた非常勤の病院に、今日は都合が悪いと連絡を入れた。そうして、江里奈が学校から帰ってくるのを、ただ待ち続けた。
帰ってきた江里奈は、出迎えた安永の姿を見ると、不審の目を向けた。あんな事があったというのに、ちゃんと学校に行って、平気な顔で授業を受けていたようだ。
彼がせいさんはいないと言うと、さらにその目は不安の色を浮かべた。昨日の事を誰かに話したか訊くと、彼女は疑り深そうな表情で、なぜと聞き返した。
「君のお父さんがどうなったか、知っているだろう。君は、私の弱みを握ったんだ。誰かに話せば、私は君のパパと同じ目に合う事になる」
「うん。そうね」
「どうしたらいいんだ?」
「どうって?」
「私が君のために何をしたら、なかった事にしてくれる? このままでは私は、破滅してしまう」
彼女は、彼が言った言葉を考えているようだった。
「じゃ、新しいパパは、私に逆らえないんだ……」
「そうさ、だから、好きにしていい。欲しい物はなんでも買ってやる。だから、」
「バカね! 新しいお洋服も、本も、なあんにもいらない。さ、パパ、こっちへ来て!」
ランドセルを投げ出した彼女に手を引かれて戸惑う彼を、彼女はまっすぐに寝室へ連れて行った。
肩を落とし、背中を丸めた彼に比べて、江里奈はひどくあわてて、はしゃいでいるように見える。そんな彼に気付くと、彼女はベッドの上で、元気付けるように言った。
「早く上がって! ああ、どうしよう……あれもこれもしたいけど、うーん、ああっ、困っちゃう! ここって何もないんだもん」
「聞いてなかったのかい? 私はあれはなかった事に……」
「うん、いいよ。なかったことにする。これからもおまんこするたんびに、なかったことにしよう」
彼が絶句すると、彼女は少し寂しい顔をした。
「もう、前のパパとは会えないんだって、分かってる。みんな、君のされた事はいけない事だから、忘れろって言うんだ。今度のパパはしないのかって思ったら、ちゃんと、できたじゃない」
「それで……君は、どうして?」
「わたし、パパが好きで、おまんこも好き。だったら、パパとするのはおかしい? 違うよね?」
彼は反論しようとして、できないのに気が付いた。今「しない」と言うことの方が、彼にとって身近な破滅を招くことを理解していた。
「……それはうれしいが、しかし、」
「よかったあ! じゃ、さっそくしよ。……だいじょーぶ、パパをかならず、気持ちよくしたげるから」
さえぎった彼女のいたずらっぽい表情を見て、彼は少し冷静になった。
「でも、睡眠薬なんか、どうして持ってたんだい?」
「ああ、あれ? カウンセラーのおばさんに、眠れないって言ったの」
「最初っから、計画してたのか……」
彼がため息をつくと、彼女は不安そうに彼を見た。
「ぜったい誰にも言いません。パパを困らせるつもりはないの。だって、パパが言ったんじゃない」
「えっ、何を?」
「ハナのこと、『この子は江里奈のものなんだから、かわいがってあげなきゃダメだよ』って。えりなはパパのものなんだから、かわいがってくれなきゃ」
「私の、もの……?」
その時、江里奈のドキドキが伝わって、彼は自分の鼓動の高鳴りに気が付いた。ふさがれた心に比べて、午後の日差しが差し込むベッドの上は、平和な別世界のようだった。
江里奈の細いさらさらの髪に触れると、彼女は安心したように笑みを浮かべた。ベッドにあぐらをかいて座り込んだまま、リズムを取るように軽く上下に体をゆさぶり始める。差し込む陽に照らされて、彼が触れる彼女の髪に、きらりと天使の輪が光っていた。
江里奈は、柔らかいリンネル地の白いロングシャツに、これも柔らかい布地の、足首にゴムのついた紺のオーバーオールを身に着けている。幼児の好むような、こういった素材の服が、彼女の好みなようだ。白く抜ける肌がきれいで、指先や唇の血の赤さが浮き立って見える。白人の血が入った彼女は、将来を予感させるコケティッシュな魅力があった。
だが今彼に肉体関係を迫っているのは、目の前にいる、間違いなく小学低学年の小さな女の子だ。彼はあまりの違和感にとまどって、どうしたらいいか分からなくなった。
「いやがらないで」
「いや……そうじゃなくて、こんな小さな子供相手に、出来るわけがないと思って」
「ウソツキ。眠ってる時はちゃんとできてたよ。眠ってるからすぐにざーめん出しちゃったけど、パパのおちんちんは、ちゃんと大きくなってた」
「そんなバカな」
「だってわたし、上手なんだよ。前のパパから、そう言われたんだ」
あっけらかんと言う彼女に、その時初めて彼は、”新しい”が取れたことに気がついた。
「じゃあね、見せっこしよ。暗いとこばっかりだったから、パパのおちんちん、ちゃんと見たい。もちろん、えりなのおまんこも、見て下さいね?」
すとんすとんと肩紐をはずすと、腰を振りながらオーバーオールを脱ぎ捨てて、パンツに手をかけた。あわてて彼が押さえようとすると、江里奈は彼の目をのぞきこんで、立ち上がった。
「そうか、先に上ね」
彼は止めようとしただけだが、彼女の顔はあくまで彼の様子を気にしているだけで、している事に対する後ろめたさなど、微塵も感じられなかった。はっきり態度を見せられないでいると、彼のちょうど目の高さで、シュミーズを脱いだ彼女の胸があらわになった。
あばらが見える薄い胸に、ぽつんとピンクの乳輪が二つある。まだ二次性徴が訪れていない胸は、少年と変わりない。しかし、何かが変だった。乳首だけは、年齢にふさわしくなくぷくりとふくらんで、大きく突き出ている。しかも、引きつれたような跡が、左右ともにあった。よく見ると、大人並みに大きなその乳首の周りにあるのは、小さな傷跡だった。
「これは……」
「これ? お医者さんに取られちゃったけど、ピアスがついてたの」
「……痛く、ないのかい?」
医者である彼が、思わず傷の具合を調べ始めると、子供の胸が突然押し付けられた。離れようとすると、細い腕が頭を抱きかかえてくる。
「こんな事で驚かないで。ね、なめて」
彼女に哀れなものを感じて、そっと乳首に口をつけると、彼女の体から日向のいい匂いがした。舌でおずおずとなめると、舌の先で乳首が転がり、あっという間に固くなっていくのが分かった。
「うれしい……」
丹念に左右の乳首をなめてやると、彼の頭の上で、はあっとため息が聞こえた。彼が離れると、彼女はそっと言った。
「じょうずだよ。でも、やさしいのね」
声に少し不満を感じて、彼は眉を寄せた。江里奈はぱっと明るい顔に戻ると、するりとパンツを下ろしてしまった。
「さ、こっち来て」
ベッドの上を、わざわざ窓のそばまで彼を呼んで、四つん這いになると、日の差し込む窓にお尻を向けた。
「さあ、いよいよえりなのおまんこでーす。びっくりしないでね」
のろのろ動く彼を急きたててお尻の前に座らせると、四つん這いのまま、足を開きながら背を反らせて腰を突き出した。彼の目に、陽に照らされた、あからさまな眺めが飛び込んできた。
子供のお尻だが、何かが違った。羞恥心がないのはともかく、この子は見られ慣れている。どうすれば彼女の中心がよく見えるかを知らなければ、こんなポーズはとれない。尻の双丘は開かれて、彼女の大事な部分を隠すことなくさらけ出している。その中心に、赤くただれた彼女の性器があった。
もちろん8歳の、生理すらまだのそこには、陰毛などあるはずもない。ぷっくりとした大陰唇も、子供のものだ。しかし、そこから大きく左右にはみ出した子供らしからぬ小陰唇の間には、ギザギザに開いた膣の、ぽっかりとした暗がりがあった。
幼児のものと思えないサイズのそれは、ぬらぬらと濡れた艶で光っていた。大人のペニスを受け入れた時に、傷を負ったまま放っておかれたのだろう。彼女の中は不自然に歪んで、粘膜の一部が飛び出してすらいた。
濡れ始めている事にもショックを受けたが、彼の目は、左右の小陰唇と、皮が伸びてこれまたはみだしたクリトリスに開いた、小さな穴をとらえていた。ここにもかつてピアスが付けられていた事は、とてもきく勇気がなかった。
充血した性器の上には、子供のかわいらしい肛門がすぼまっていた。しかしそれもよく見ると不自然に盛り上がり、膣同様少し開いて、中の赤い粘膜がのぞいている。
彼の目の前にあるのは、もう戻れない、破壊の跡だった。
4.
全てを知って、安永が感じたのは、深い悲しみだった。
確かに、こんな少女を優しく接するだけで普通の子供に戻すのは、無駄だったのかもしれない。
この子の性器は、暴力衝動にも似た男の獣欲にさらされ、その結果として、それを誘わずにはいられないものになっている。アンバランスな体に、大人顔負けの性器。セックスのために、歪まされた肉体が彼の前にあった。
圧倒的な衝撃の中で、彼の頭のどこかでは、たしかにこの性器なら挿入可能だろうという、冷静な判断があった。心に生じた闇の衝動に動揺して、彼は医者としての自分の判断を否定した。
目の前の性器も、じっとポーズを変えない体も、彼を待っていると告げていた。
長い事黙って眺めていた安永を心配したのか、やがて江里奈がささやいた。
「どう? やっぱり何か変?」
彼は、振り返って見ている江里奈の心配そうな顔にちらりと目をやると、うずくまって彼女の中心に顔を付けた。塩気と共に、初めて味わう少女の味が、彼の舌に広がる。彼にとって久しぶりの、本物の女性の味だ。優しくいたわるように全てのパーツにキスをしていくと、江里奈はすぐに腰をうねらせた。
「あうう……ありがと、パパ」
腹の下に手を添えると、彼女は自分から、頭をベッドに付けたまま足を伸ばして立ち上がった。突き出されたお尻を抱えて、しっかりと左右の小陰唇をしゃぶってからクリトリスを含むと、もう彼は止まらなかった。
ずぶりと人差し指を差し込むと、細かな粘膜のしわが指の腹に触った。触診するように内部を探り、ぬめりも気にせず内部の様子を確かめていると、彼女が腰を揺すり出す。クリトリスを舌で転がしたまま出し入れを始めると、彼女は耐えられないようにうめき始めた。
「んあっ、ありがと……ありがと」
彼女の体が熱気を持ち、性行為そのものの動きで腰をくねらせ始めると、彼はやっと顔を離した。
そっとベッドに落とすと、すぐに江里奈は頭を上げて、彼にすがりついてきた。たまらない表情で彼を見返すと、彼女の愛液で濡れそぼった彼の口を、丹念になめ始めた。彼女の行為に彼は驚いたが、すぐに優しい顔に戻って、彼女のしたいようにさせてやった。
「江里奈は、どこにも変な所なんかない、かわいい子だったよ」
首を上げると、興奮して紅潮した顔がくしゃっとなった。色の薄い瞳が、至近で彼を見上げている。ただ見ているその目が、全てを語っていた。
服従と奉仕。江里奈は望んで、その立場になろうとしている。
その場の空気をコントロールしていたのは彼女だが、支配していたのは安永の方だった。
彼女を満足させれば、あるいはこのままセックスまではしなくていいかと思って与えた口での行為だったが、少女の体は今、燃え盛っている。それは、彼にも伝わってきていた。
彼が自分のシャツに手をかけて、指先が汚れているのに気付くと、彼女はひょいと彼の手首を取り、指先をくわえた。
慎重に、注意深く彼を見つめながら、口の中で、彼の指先を舌先で拭い取る。その目に宿っている”当たり前”という表情は、彼に罪悪感を生ませなかった。
「今度は、わたしの番」
「本当に……、いいのか?」
「もっちろん!」
いそいそと彼が服を脱ぐのを手伝う彼女には、気づかいが溢れていた。最初彼が感じた羞恥心は、全裸の彼女の態度に紛れて、すぐにどこかに消えて行った。
半ば、ヤケになっていたとも言える。
「ほら、どうだ!」と叫びながら仁王立ちして見せたが、彼のペニスはうなだれたままだった。たとえ心でそうしようと思っても、体がついていっていなかった。
それでも、江里奈は飛び上がって彼の前に立つと、なんでもないように彼の陰毛をかき分けてペニスをつかみ、持ち上げてじっと見つめた。まだ柔らかいペニスを折り曲げながら、しげしげと観察している。それが終わると、鼻を近づけてから、うれしそうに自分の顔にこすりつけ始めた。
「そうそう、この匂い。これよ、これが、ほしかったの」
本当にうれしそうな顔は、おもちゃを与えられた子供のようだ。
「すぐに、おっきくしてみせるからあ」とつぶやきながら大人のペニスを自らの顔にこすりつける姿を、安永は信じられない気持ちで見下ろしていた。
江里奈はまず、彼の前にひざまずいたまま、少し残った皮を唇でむくのを、わざわざ顔を上げて彼に見せた。そうして大きく出した舌に彼のペニスを乗せて、そのまま彼を見上げて、じっと目を合わせた。
これ以上ない服従のポーズに、彼の背筋がゾクリとした。彼の顔が変化するのを見逃さず、彼女はにこりとすると、まだ柔らかなペニスをぱくりと含んだ。勃起していない彼のペニスを根元までくわえて、彼女の顔は、彼の陰毛の茂みにうずもれてしまう。未知の感覚に驚いていると、温かく濡れた肉に包まれた彼のペニスが躍り出すのが感じられた。
「あっ!?」
たっぷりと唾液をからませられて、敏感なペニスが彼女の舌の上で躍らされていた。亀頭だけの刺激じゃなく、くすぐるような快感が、波のようにペニス全体に襲ってくる。ぞくぞくする刺激に、むくり、とペニスが大きくなった。大きくなり出すと、むくむくと充血していくのが止められない。性器だけが、別の生き物になったようだ。
むくりと大きくなる時、ぐんと彼女の喉の奥を突いた。それに合わせて、少しずつ頭は後退していく。ちゅるちゅるとしゃぶる音をさせながら、唇は軸をもみ、舌は亀頭だけを踊らし続けている。
江里奈の唾液に濡れた彼のペニスがようやく全長を現した時、それはバネのように勢い良く上にはねて、彼女の鼻を打った。その向こうで彼女は艶然と、得意そうな顔で彼を見上げていた。
「ほーら。どう?」
大人だって、めったにここまでやる女性はいない。彼は、すっかり圧倒されていた。
「凄い……」
それだけでなく、汚いとか、恥ずかしいとかの感覚まで、払拭されているようだ。その証拠に、彼女はさっきから、舌でなめ取った汚れを一度も吐き出したりしていない。彼の陰毛に顔を埋めても、性器を口に含んでも、嫌な顔一つしなかった。
熱いため息に、江里奈は再びにこりとすると、つるりと脈打つ先端をくわえた。今度は唇で絞るように締め付けながら、しごくように前後に動かして、口の中で亀頭を突付くようになめ始める。
今度は、彼の射精を促すような動きだった。コキコキと唇でカリ辺りをしごきながら、口の中では先端が舌でほじられている。
「ば、馬鹿。ダメだ!」
江里奈の唇からフフ、と声がもれて、ニヤリと目をつぶると片手で軸を握った。舌と唇で刺激しながら、指が激しく前後にこすり始める。全ては、彼女の口に射精させるのを目的に、集中していた。
彼は、そんな事をするわけにいかないと、必死に耐えた。どかすために手で江里奈の頭をつかむと、彼女がちらりと目を開けた。「邪魔をしないで」という視線に、彼のつかんだ手は力を失った。
耐えた射精感は、さらなる高みに達しようとして、彼は顔を上げて耐えた。張り詰めた体にそれを感じると、江里奈はとどめの行動に出た。
彼の腿に両腕が回され、ぎゅうと引き付けられた。強引に、ペニスが少女の口へと押し込まれていく。みっちり口の中に包まれていた彼の先端は、強引に喉を広げながらさらに奥に突き入り、ズンと当たった。衝撃と共に、彼のペニスから熱い迸りがはじけた。爆発したような射精は、彼女の喉から直接食道へと、飛び込んでいった。
安永には信じられなかった。
彼の眼下では、大人の彼のペニスをしっかりくわえたまだ8歳の少女が、その喉で、彼の射精を飲み込み続けている。精液を飲み込む喉の動きはさらなる締め付けとなって、亀頭に襲いかかってきている。
残らず搾り出されるような射精を体験しながら、彼は、初めての快感に酔いしれていた。酔いしれながら、もう戻れないという思いが、ことりと彼の胸に落ちていった。
続く