『えきせんとりっく☆せりな』
第６回「『パパ』の大暴走」
坂下 信明
「ほんとに、せりなちゃんも大げさねえ。電話あった時は何事かと思ったけど、兄さんが階段で転んだだけだなんて」
室尾君代はそう言いながら、兄である室尾猛秋の横たわるベッドの掛け布団を直した。ちょっとバツが悪そうに、猛秋が言う
「すまんな、わざわざ来てもらって」
「仕方ないわよ。やもめで子供が小さいんじゃ、妹は苦労させられると相場は決まっているんだもの」
「…………」
「あ、別に気にしないでね。お母さんみたいに、兄さんに『再婚しろ』だなんて言うつもりはないから」
君代は笑った。兄の性格を知っているから、それは無駄なことだと知っているのだ。とはいえ、無駄だと知りつつも母は繰り返し再婚を勧めているはずなのだが。
「……せりなは、どうしてる？」
「あの娘、やっと布団に入ってくれたわ。ずいぶんと心配していたわよ。なかなか兄さんの側を離れなかったし……愛されてるのねぇ」
何気ない君代の言葉に、なぜか猛秋はギクリとした。
「ま、そんな時期かもね。そのうち、相手にもされなくなって寂しくなるんでしょうね。父親と娘なんて、そんなもの……」
自分と父のことを思ったのか、君代の目が細められた。三十過ぎても独身で仕事に情熱を燃やしている娘は、たまに実家に帰っても父親とろくに会話をしなくなっている。
「……君代、頼みがあるんだが」
「なに？ 兄さん」
「その、せりなを、今晩一晩だけでもいい、預かってもらえないかな」
「せりなちゃんを？」
君代の目が驚きに見開かれた。
「どうしてよ？」
「いや、その……俺がこんなんだと、せりなもいろいろ困るんじゃないかと思って」
「困るのは私も同じよ。それに私、これからまた会社に戻らないといけないし、とても無理だわ」
「……そうか」
「それにね、兄さんにだから正直話すけど……私、あの娘、苦手なのよ」
君代は、眉間に皺を寄せた。
「その、なんていうか、最近ますます、義姉さんに似てきているもの。顔だけじゃなくて、雰囲気も。私、最後まで義姉さんが苦手だった。悪い人じゃなかったのはわかってる。でも、ちょっと思い込みが激しい上に考え方がエキセントリックで……」
君代は、言いにくそうにしつつも言葉を続けた。
「プレイボーイだった兄さんと結婚した時なんか、一部で話題になったぐらいよ。どんな手を使ったんだろう、って」
「君代、やめないか」
厳しい声で、猛秋が遮った。君代はまだなにかを言いたそうだったが、素直に口をつぐんだ。
「……ごめんなさい。でも、それが私の正直な気持ちなの。あの娘は、預かれないわ」
君代はカバンを持った。
「多分、実家も同じように思っていると思うわ。男ひとりで大変だと思うのなら、素直に再婚相手を探したほうがいいと思う。それじゃ、私はまだ仕事があるから……」
そそくさと立ち去った君代をベッドの上から見送って、猛秋は額に手を置いた。
「……せりな……」
ただ、名前だけを呟いた。
せりなは、ベッドの中で眠れないままでいた。
自分の妄想の中の存在だけだと思っていた『パパ』。次第に自分の思いどおりには動かなくなってきたけれども、妄想であることには変わりはないと思っていた。
それなのに、本当のパパには『パパ』が見えた。それだけではなく、パパが『パパ』に殴られてしまった。君代おばさんの話では「大したことはない」らしいが、せりなにはパパのことが心配でならなかった。
「でも、どうして『パパ』がパパをなぐるの？」
妄想と現実の違いはあっても、どちらもせりなの大好きな「パパ」のはずなのだ。
それに、もう一つ、気になる点があった。せりなはごみ箱を見つめた。
「それにどうして、『パパ』のせいえきが消えないの？」
妄想の放った精液なのに、いつもは跡形もなくなっている精液なのに、今回の精液は消え去ることはなかった。ティッシュで拭ってごみ箱に捨てても、その存在は消えないままだった。ちゃんと臭いが残っているのだ。
「……うー、わかんないよぉ。ママぁ……」
せりなは頭を振った。フォトスタンドの中で微笑むママに問いかけてみても、答えが返ってくるはずもない。
「……せりなは、いったいどうしたらいいの……」
『パパ』の存在もわからなくなった上に、これからどうすればいいのかもせりなにはわからなくなっていた。パパがあの光景を見てしまったという事実が、せりなの心をきつく締めつけてもいたのだ。パパは、あの光景を見て、どう思ったんだろう。いやらしい娘だと思ったんだろうか。
混乱した頭を抱えて、せりなは目を閉じた。わからなくなったことを一度に考えようとしてもわからないままだ。とりあえず、「今のせりながなにをすれぱいいのか」だけを考えるようにした。
「……やっぱり、パパがしんぱい。はやくパパによくなってもらって、みんな話してゆるしてもらえばいいんだし」
やっぱり、結論はそうなった。とにかく、パパが大丈夫であれば、せりなの不安のほとんどは消え去るはずだし、パパに素直に相談すれば大抵の問題は解決できるはずだとせりなは思っていた。
結論が出れば、あとは行動するだけだ。せりなはベッドから下りた。電気もつけないまま、パジャマのまま、せりなは部屋を出ようとドアを開けた。
「あっ!!」
せりなは心臓が飛び出そうなぐらいに驚いた。ドアを開けると、すぐそこにパパが立っていたのだ。
「パパ、もうだいじょうぶなの!?」
嬉しさに飛びつこうとするせりなだったが、少し様子がおかしいことに気づいて立ち止まった。パパだと思った人影は、黙り込んだままゆっくりと部屋の中に足を踏み入れてくる。
「……パパ？」
せりなは後ずさりしながら、呼びかける。それでも、人影は応えない。ようやく、せりなはその人影が誰であるのかに気づいた。
「パパ、じゃない……『パパ』……」
人影、『パパ』に怯えながらせりなは後ずさりを続けた。しかし、足がベッドに突き当たった時、せりなは逃げられないことを悟った。
「やっ、やだあぁぁっ！」
『パパ』はせりなを押し倒した。二人はベッドの上にもつれるようにして倒れ込んだ。『パパ』は妄想とは思えない荒々しくて生温かい息をつきながら、せりなの上に覆いかぶさってゆく。
「やだっ、たすけて、パパぁ」
ぷちっ、とせりなのパジャマのボタンが飛んだ。平坦な胸が剥き出しになる。
嫌がるせりなの耳元に、『パパ』は口を近づけた。実際に口にしたかどうかはわからないが、せりなの耳には『パパ』の囁きが聞こえた。
──何言ってるんだい？ 『パパ』はパパだよ。
その一言で、せりなの全身の力は抜けてしまった。違う、こんなのパパじゃない、と思っていても、もしかして、と思ってしまうのだ。
無抵抗になったせりなの胸に、『パパ』はむしゃぶりついていった。せりなも、『パパ』の唇の感触についうっとりとしてしまう。
「パパ、『パパ』……」
せりなが口にした名前は、果たしてどちらのものだったのだろうか。それはせりな自身にとってもよくわからないことだった。
「……んんっ」
ただ言えることは、せりなの身体は次第に「えっちもーど」に突入していっていることだけだった。『パパ』がこれみよがしに舌先でせりなの淡い乳首を擦りたてる。せりなはおとがいを反らせて、その愛撫を受け入れる。オナニーの繰り返しで、僅かながらも大きくなったような気がする乳首は、『パパ』の舌先で弄ばれることによって硬さを増していくのだった。
乳首の愛撫が続く内に、せりなが内腿を擦り合わせはじめた。その様子に気がついた『パパ』はようやく乳首への固執を断ち切って、せりなのパジャマのズボンに手を掛けた。せりなが抵抗すればそれなりに脱がせにくいはずだったが、ズボンはすんなりと引き下ろされてしまう。
白いパンツには、もうすでに染みが拡がっていた。『パパ』による愛撫だけではなく、せりなは自分で内腿を擦り合わせて、スリットに僅かに生じる摩擦を楽しんでいたのだった。
『パパ』がぐいっとせりなの足を開かせた。パンツの上から、『パパ』はスリットのあたりを啜った。布に拡がったせりなの蜜を味わいながら、舌先で何度もスリットをなぞる。『パパ』の唾液も布に染み込んで、せりなのスリットにパンツがぴったりと張りついてしまった。スリットの形状が、布越しでもよくわかる。
やや食い込んだパンツをわざわざ一度引っ張ってから、『パパ』は指をスリットに這わせた。パンツは再び食い込み、せりなの敏感な粘膜や膨らみはじめた突起を刺激していく。
「んっ、んんんんっ、ふわっ」
突起の先に『パパ』の指を感じると、せりなは身体が浮き上がるような感じがした。じわっ、と新たな蜜が溢れ出すのがわかる。相手が『パパ』であろうとパパであろうと、身体は素直に反応してしてしまう。なんとなく、せりなは悔しくなった。
『パパ』はパンツ越しの愛撫をゆっくりと楽しんでから、おもむろにパンツのゴムに手を掛けた。するすると下げられていく白い布。部屋が暗いのではっきりとは見えないが、せりなのつるりとしたスリットがあらわになる。
──きっと、舐めるんだ……。
それが「いやなこと」なのか「期待していること」なのか、せりなはわけがわからなくなっていた。ただ、やがて襲い来る強烈な快感に対して、なんとなく身構えてしまうだけだ。
『パパ』の鼻息が、せりなのスリットを撫でていく。鼻息が次第に強くなり、温かくなり、だんだんと近づいてきていることを示していた。
「……ひゃううぅっ」
ちゅるん、と『パパ』の舌がせりなのスリットをなぞった。細く尖らせた舌先でスリットをえぐる。せりなはそれだけでもう、頭の中がちかちかと眩しくなってしまう。
「……やぁっ、やぁっ、パパぁっ、せりな、せりなね……」
うわごとのように喘ぎながら、せりなは自分の両膝をそれぞれの手で押さえた。反射的に閉じてしまいそうになる太腿を開いたままにするためだ。その努力によって、『パパ』は思う存分、せりなのスリットを味わうことができる。『パパ』は手も自由になったので、せりなのアヌスにもやんわりと愛撫をくわえた。したたる蜜を、皺襞に塗り込めるように指先で圧迫する。せりなの腰が浮いた。
「んんっっっ！」
すっかりアヌスが開発されてしまったせりなにとって、その刺激は瞬く間にせりなを絶頂へと導いてしまうものだった。太腿がせりなの手をはねのけて、『パパ』の頭を強く挟み込む。密着した『パパ』の舌は意地悪くまだ動いているので、せりなは『パパ』の頭を押しのけようとする。なんとか『パパ』の頭が離れた時には、せりなは連続で襲い続けた快感の波のために、すっかり憔悴してしまった。
「はぁっ、はぁっ、ふうっ……」
呼吸を整えながら、せりなはぼうっとした頭のままで『パパ』の様子を窺った。きっと、次はアヌスだ、とせりなは思っていた。
ところが、『パパ』はそれきり微動だにせず、しばらく立ち尽くしていた。足を広げたままのだらしのない格好のせりなをじぃっと見つめてはいるが、何もしようとしない。
「はぁっはぁっ……？」
怪訝そうに、せりなが上半身を軽く起こした。『パパ』はただ見つめているだけで、人形のように動かない。せりなも、なんとなく動けなくなった。暗い部屋で、二人はしばらく見つめあった。
どれぐらいそうしていたのだろうか、『パパ』はふっ、と寂しげな表情をした。というより、寂しげな表情をしたように見えた。どうしてそんな場面で寂しげな表情になるのか、せりなにはわからなかった。どうしていいかも、わからなかった。
そのまま、『パパ』はゆっくりと消えていった。
翌日、せりなは眠れないままで登校した。目を真っ赤に腫らして、ふらふらと席につく。そんな姿を見て、和泉星花は心配そうに声をかける。
「どうしたの、せりなちゃん」
「あ、星花ちゃん……」
返事の声に元気がない。
「だいじょうぶ？ すごくつらそう」
「……うん、なんでもないよ。きのうちょっと、インターネットにむちゅうになっちゃってたから」
そう言うせりなが、星花から視線を反らした。窓の外を見つめるせりなの瞳に、星花はなにか隠していると思った。
「うそ、なにか心配なことがあるの？ わたしでよければ、相談にのるよ？」
「…………」
「だってわたし、せりなちゃんのおかけで博史おにいちゃんともちゃんとつきあえるようになったんだよ。わたしも、せりなちゃんの力になりたいもん」
やや小声になって、星花が言った。彼氏がいることは、せりな以外のお友達には内緒にしてあるのだ。
「……ありがとう。でも……」
「……でも？」
「……ううん、やっぱりなんでもない」
せりなは無理して笑ってみせた。星花にはむしろ、それがとても痛々しく感じた。
「……わかった。でも、わたしはいつでも相談にのるからね。話したくなったら、いつでも話してね。ちゃんとひみつ、守るから」
「うん……」
せりなは頷いて、そのまま俯いてしまった。星花は心配になってさらに声を掛けようとしたが、その瞬間に先生が教室に入ってきてしまった。俯いたままのせりなを見つめたまま、星花も自分の席に戻る。
ホームルーム中も、星花はせりなを見つめていた。顔を上げたせりなはやっぱり辛そうで、頭がゆらゆらと揺れている。はらはらしながら、星花は見ていた。
せりなの揺れが大きくなると、星花はつい立ち上がってしまった。怪訝そうな視線が星花に集中した途端、
ガタン！
大きな音をたてて、せりなが椅子ごと床に倒れてしまった。今度は皆が、せりなに注目した。
「せ、先生。わたし、せりなちゃんを保健室に連れていきます」
「は、はい」
いきなりのことで面食らっている担任教師にそう言って、星花はせりなに駆け寄ってその肩をゆすった。
「せりなちゃん、せりなちゃん、歩ける？」
「…………」
無言だが、力なく頷いた。意識は失っていないようだった。
それでも星花はせりなの腕を自分の肩に掛けて、保健室へ歩きだした。回りが心配そうに見つめているが、星花は誰にも手伝ってもらうつもりはなかった。
「わたしも疲れたから、少し休んでいってもいいですか？」
「しょうがないわね、次の授業には出るのよ」
保健医が出ていくのを確認してから、星花はベッドに寝かされたせりなに話しかけた。「せりなちゃん、だいじょうぶ？」
「……うん、ありがとう、星花ちゃん」
弱々しい声で、せりなは答えた。
「……ねぇ、わたしじゃ相談にのれないことなの？」
星花が呟くように訊いた。
「力になれるかどうかわからないけど、わたしはせりなちゃんに話してほしいの。だって心配だもん」
「……ありがとう、でも……」
「でも、なに？」
「でも……ちょっとはずかしい話だから」
「……それなら、わたしの方がはずかしいところを見られちゃってるよ」
星花が、やや頬を赤くしながら言った。せりなには、年上の彼氏、博史とのえっちな場面を見られている。
「あはは、そうだね……」
せりなは力なく笑ってから、真剣な顔つきになった。
「……じゃあ、じゅんばんに話していくね。パパと『パパ』のこと……」
せりなは話しはじめた。パパが好きで好きでしょうがないこと。えっちなことに興味を持つようになって、パパとの妄想にふけるようになったこと。その妄想に登場する『パパ』のこと。
それから、パパのオナニーシーンを盗撮したら、その映像から『パパ』が出てきてしまったこと。その『パパ』とえっちなことをしているところを、本当のパパに見られてしまったこと。『パパ』がパパを殴ってしまったこと。そして昨日の夜、せりなのところにやってきた『パパ』のこと。そして、なにも覚えていなかったパパのこと。
洗いざらい、せりなは星花に話してしまった。星花は信じられないような気持ちで聞いていた。信じられなくても、せりなを憔悴ぶりをみれば、それが嘘ではないとわかる。
「……星花ちゃん、せりな、どうしたらいいの……」
「うーん……」
事情を聞いてはみたが、とても星花の手におえる話ではないということがわかった。それに、おとなに相談できるような話でもないことも。
唸りながら考え込んでしまった星花だったが、やがて閃いた。
「そうだ、あのね、近所にそういう『ふしぎな事件』にくわしいおねえちゃんがいるの。一度、相談してみようよ。まだ六年生だから、きっとちゃんと話をきいてくれるよ」
「……でも……」
せりなは、できれば他の誰にもこんな話はしたくなかった。お友達の星花にさえ、ようやく話す気になったばかりなのだ。同じ子供相手とはいえ、知らない人間に話そうとは思えなかった。
「そうだよね……」
星花にも、せりなの気持ちはわかる。
「……じゃあ、どうしよう……」
再び考え込んでしまうしかなかった。黙り込む星花と、ぼうっとしたままのせりな。保健室が静まり返った。
しばらく続いた静けさを、破ったのはせりなのひとりごとめいた言葉だった。
「……せりな、おうちに帰るのがこわいの」
泣きそうな声だった。
「……こんなこと、いちどもなかったんだよ。うちに帰れば、パパが帰ってくるんだもん、ひとりきりでもさみしくもこわくもなかったの。なのに、いまはすごくこわいの。パパがねてる家のなかで、また『パパ』に……えっちなこと、されるなんて」
痛ましくせりなを見つめる星花。そこで、再び閃いた。
「そうだ！ 今晩、わたしが泊まりにいってあげる」
「え、ほんと？」
「うん、ふたりでいたら、その『パパ』というのも出てこないかもしれないし、出てきてもどうにかなるかもしれないよ」
星花自身もどうにかできるとは思っていなかったが、せりなを元気づけるためにはそれぐらい景気のいい話をしなければならないだろう。そしてその効果は覿面だった。せりなは無理をしつつ上半身を起こして、星花の手を握りしめたのだ。
「ほんと？ ほんとに来てくれるの？」
「う、うん」
「ありがとう。ありがとう、星花ちゃん」
せりなは星花に抱きついた。星花はそんなせりなが、とてもかわいく思えて、つい頭を撫でてしまうのだった。
二人は一度星花の家に寄ってから、せりなの家に向かった。星花の母親もせりなを気に入っているので、喜んで星花の外泊を認めてくれたのだ。
「うわ、けっこうおっきい家なんだぁ」
「そんなことないよぉ。でも、ふたりで住んでるから広いかも」
「あ……」
「……ママのことは、気にしないでいいよ。ちっちゃいときのことだし」
今もまだちっちゃいのに、と星花は心のなかで笑ってしまった。
玄関を上がり、せりなはぱたぱたと階段を目指す。でもすぐに立ち止まって、星花を居間に案内した。
「ごめんね。ちょっとパパの様子、見てくるから」
「うん」
ベッドに横になっているのなら、いきなり星花が行くのも失礼な気がして、星花は素直にソファに腰を下ろして駆けだすせりなを見送った。
きょろきょろと居間の中を見回す星花は、なんだか落ちつかなかった。母親がいない家のはずなのに、星花の家よりも片づいているからだろうか。
ふと目に入った時計をみて、星花はいつも見ているドラマの再放送がやっている時間だということに気がついた。
「かってに、テレビぐらいは見てもいいよね……」
誰もいないのに同意を求めるような言葉を口にしつつ、星花はテレビのリモコンを手にとった。電源を入れると、確かにテレビはついた様子があるのに映像が出ない。
「あれ、あれ」
チャンネルを押しても反応がない。よくわからないままリモコンの置いてあった場所を見ると、他にも四つのリモコンがあった。テレビの置いてある台の下に視線を写すと、ビデオデッキだけではなくいくつかの機械が置いてある。それがＬＤプレイヤーやＤＶＤプレイヤー、さらにＡＶセレクターというものであることが、星花にわかるはずもなかった。ただ、せりなの話をぼんやりと思い出していた。
「……たしか、せりなちちゃんのパパが、ここで、えっちなビデオを……」
どきどきしながら、星花はリモコンの再生ボタンを手当たり次第に押してみる。せりなが階段を下りてくる気配に気をつけながら。
すると、いきなりぱっ、と画面に映像が出た。星花は、せりなに借りたパソコンで、博史と一緒にえっちなムービーを見てしまったことを思い出しつつ、画面を覗き込んだ。
「……あれ？ え？」
しかしテレビに映し出された映像は、星花の期待していたものとは全く違っていた。ビデオのリモコンと思われるものを掴んで、早送りしてみた。それでも、写っているものは変わらなかった。
予想外のことに驚いていた星花は、せりながとたとたと階段を降りてくる音に気がつかなかった。
「星花ちゃーん、パパも歓迎してくれるってー……あれ」
「！」
いきなり入ってきたせりなに、星花は心臓が飛び出るほど驚いて振り返った。振り返ったまま、なんて言っていいのかわからず固まっていた。
せりなはきょとん、としていた。それから恥ずかしそうに、星花の手からリモコンを取り戻して停止ボタンを押した。
「やだぁ、星花ちゃん、どこからこんなビデオを見つけたの？ はずかしいよぉ」
「せ、せ、せりなちゃん、このビデオは？」
「んー、パパがね、せりなの成長の記録だって、編集したのだよ」
停止する瞬間には、今よりももう少し幼いせりながお風呂に入ってはしゃいでいる映像が映し出されていた。
夕食は、猛秋が起きてきて腕をふるってくれた。とても美味しかったし、なによりもパパといっしょの食卓についていることが嬉しくてたまらないせりなが元気を取り戻したようで、星花もよかった、とは思った。
思ったけれども、どうしても星花は、猛秋の顔が真っ直ぐ見られなかった。せりなの話では、パパが居間でオナニーをしてからは、誰もビデオ類はいじっていないはずなのだ。もちろん、他にも星花のよくわからない機械もあったから、必ずしも猛秋が「あのビデオ」を見ながらオナニーしていたとは限らない。限らないが、そうであるかもしれないのだ。星花の頭は混乱していた。
──せりなちゃんのはだかを見ながら……まさか……。
そんな風に思われているとつゆ知らず、猛秋はこの黙り込んでしまっているせりなのお友達を必死に歓迎しようと、笑顔で話しかけていた。
奇妙な雰囲気の晩餐を終え、猛秋は書斎にいることを言い残して席を立った。後片付けはせりながやる、という話になっていたらしい。食器を片づけるせりなにはっ、と我に返って、星花も手伝った。
「あ、ありがとう」
「…………」
「……ねぇ、パパのおはなし、つまんなかった？」
「え？」
せりなが眉間に皺を寄せて、星花の顔を覗き込んでいた。慌てて星花は否定する。
「そ、そんなことないよ。ちょっと、かんがえごとしてたから」
「……ごめんね、へんなことに、つきあわせちゃって」
悲しそうな顔を、せりながした。なんだか星花は、自分が苛めているような気がして、笑顔でとりつくろった。
「ううん、わたしこそごめんなさい。ねぇ、あとでわたしにもインターネット教えて。せりなちゃん、くわしいんだよね？」
「うん！」
ぱぁぁっ、と顔を明るくして、せりなが力強く頷いた。
二人は早めにお風呂に入ってしまってから、インターネットで遊んだ。詳しいせりなが、いろいろな面白いページを表示してくれる。もちろん、えっちなページもだ。
「……うわ、これすごい……」
星花が頬を染めてしまうのも無理はないような、禁断の画像がインターネットには無限にある。星花はつい、ママに無理を言ってでもインターネットを始めてみたいと思うようになっていた。
「でね、こっちのページは……」
せりなも、はじめてこうした秘密を共有できるお友達ができたことが、とても嬉しかった。ネットサーフィンは楽しいけれども、孤独な作業でもあったのだ。とっておきのページを紹介できる相手が出来ただけでも嬉しいのだった。
そんな楽しくもちょっぴり危険なひとときは、不意の侵入者によって破られた。
バタン！
いきなりドアが開けられた。二人の心臓がびくっ、と止まりかける。せりなが小学生のうちは部屋にカギをかけないルールになってはいるが、それに対応してパパはノックしないで部屋に入ってはいけないことになっている。
「……パパ!?」
入ってきたのはパパだった。せりなは慌てて星花の方を見る。星花にもそう見えた。入ってきたのは『パパ』ではなく、本物のパパにしか見えない。
「見えるの？」
「うん、はっきり……」
「でも、でもあれはほんもののパパじゃない……だって、だってパパは、こんな乱暴に……」
うろたえるせりなの元にずかずかと近づくと、パパはせりなの肩を掴んで床に引き倒した。iMacの前の椅子に座っていたせりなは、信じられないといった顔で床に倒れ込む。
「……こんなの、パパじゃない……『パパ』……」
茫然と呟くせりなが、助けを求めるように星花を見る。星花ははっ、と我を取り戻した。せりなの話によれば、幻覚のような『パパ』の顔ははっきりとは見えないことになっていた。しかし、今目の前にいる『パパ』の顔は、はっきりと欲望に満ちた歪んだ表情を見せている。
とにかく、星花は『パパ』を押し止めようと体当たりを試みた。しかし身体の大きさが違いすぎる。『パパ』は軽くあしらうように手を払っただけで、星花は壁の方にまで跳ね飛ばされた。
「星花ちゃん！」
果敢にも自分を救おうとしてくれたお友達を、平気な顔で跳ね飛ばす『パパ』を、せりなは抗議の目で見つめた。
「『パパ』、どうして、こんなひどい……」
星花は軽くぶつけた腰をさすりながら、どうすればいいかを考えていた。大のオトナ相手に、小学三年生の少女二人では非力すぎる。やっぱり、誰か力のある人を呼ぶしかない。そして、この家にオトナはひとりしかいない。
「せりなちゃん、待ってて、今、本当のパパを呼んでくるからっ！」
「あ、星花ちゃん！ やだ、ひとりにしないでっ！」
泣きそうなせりなの声を振り払うように、星花は部屋を飛び出した。もちろん、猛秋に助けを求めるためなのだが、実はもうひとつ、星花には目的があった。
──もしかして、もしかしてあの『パパ』は、本当のパパさんなんじゃ……。
そんなふうに、星花は考えていたのだ。体当たりした時の感覚は、決して『パパ』が幻覚の類ではないことを証明していた。となれば、実際にパパが乱心して娘に襲いかかったと見るのが普通だろう。せりなを部屋にひとりで残したのは可哀想だが、星花はその点だけは確かめておきたいと思ったのだ。
居間のビデオのこともあった。せりなの話をまとめると、猛秋は自分の娘の成長の記録を見ながらオナニーをしていた可能性が高い。ビデオではガマンし切れずに実際に襲いかかった、という推測が成り立つのだ。
「おじさん！ おじさん！ 大変です。大変なんです。せりなちゃんが……」
猛秋が「そこにいるから」と言っていた仕事場のドアを、星花は一度だけノックしてすぐに開け放った。
「……おじさん、おじさん？」
星花の予想ではそこにはいないはずの猛秋だったが、ちゃんと部屋にいた。しかし、猛秋は机の上に倒れ込んでいて、大声をかけても微動だにしない。
「おじさん！」
肩に手を置いて揺すってみるが、それでも起きる気配はなかった。
「……どういう、ことなの？」
星花は思わず口にしていた。寝ているにはおかしいし、もちろん死んでいる様子もない。
「……気絶、してるの……？」
どうしたらいいのか、もう星花には思いつかなかった。茫然と立ち尽くしていると、星花の耳にせりなの悲鳴が飛び込んできた。
「きゃ、きゃぁーっ!!」
「あっ、せりなちゃんっ！」
星花は慌てて部屋に戻ろうと駆け出した。開けっ放しの扉の中に飛び込む。
そこには、信じられない光景が繰り広げられていた。
半裸になっているせりなの後ろから、猛秋が犯していた。それも、おしりの穴だ。アヌスにペニスを激しく打ちつけている。
「ひゃうっ、あっ、あうっ、せ、せいかちゃぁん……みないでぇ」
せりなが喘ぎながらそう口にする。そして、きつく目を閉じた。
星花は逆に、その光景から目が離せなかった。大きなペニスが、荒々しくアヌスをえぐっている。襲われているのは、さっきまで楽しく遊んでいた友達のせりな。襲っているのは、その前に一緒に食事をしたせりなのパパ。
星花はへなへなと床にへたりこんだ。腰が抜けてしまったようだった。
「あうっ、うっ、ううっ、んっ」
せりなの痛々しい姿を見て、星花の目に涙が浮かんだ。そして、せりなのおしりの穴を出入りしているペニスを見て、少し失禁してしまった。星花は自分のパンツが濡れてしまったことを知り、更に動転してしまった。
──こんな、こんな場面で……わたし、えっちな気分になってる！
失禁といっても、その全てがおしっこではなかった。星花はさっきまで見ていたインターネットのポルノ動画と今のせりなを無意識に重ね合わせて、スリットから蜜をあふれさせはじめていたのだ。
そんな自分を激しく首を振ることで否定すると、星花は控えてきた電話番号のことを思い出した。不思議な事件ばかりを調査しているところで働いている、近所のお姉さんの携帯番号だ。
「……ま、待っててね、せりなちゃんっ！」
星花は這うようにして自分のカバンからメモを取り出すと、電話機に飛びついた。
第７回へ続く