『えきせんとりっく☆せりな』

   第7回「愛は禁忌を越えるか」    坂下 信明


「……美紀ちゃん、そろそろ帰らないと駄目だよ」
「んー、もうちょっと」
 モニターの前に座る少女は、視線をモニターに固定したまま、背後で心配そうに見つめる青年に答えた。
「インターネットぐらい、家でもできるんだからさ」
「でも、ウチはダイアルアップだし、やっぱりネットサーフィンはブロードバンドじゃないとね。それに、こう見えても情報収集してるんだから。サービス残業だよ」
 そう反論する少女に、青年は諦めの溜息をついた。
「……所長はさっさと帰っちゃうくせに、アルバイトの小学生がサービス残業か。おかしな事務所だよ、まったく」
「『天使が見える』野村さんだって、じゅうぶん『おかしい』と思うけどなぁ」
 くすくすと笑いながら、少女が言い返した。
「『幽霊が見える』のと、大して変わらないよ」
 青年がすかさず切り返したので、少女は無限ループを回避するために黙ったままモニターに意識を移す。新しく開いたウィンドウに表示されるページを見ると、つい独り言が漏れた。
「……おねぇさま、元気にやってるみたい……よかった」
 少女には、その「おねぇさま」と交わした「約束」があった。だから今はまだ会いに行くことはできないが、こうしてインターネットを通じて「おねぇさま」の近況を知ることができる。
「……ほんと、便利な世の中よね」
「なんか年寄りみたいなセリフだね。そのサイトの見過ぎなんじゃないか」
「うっさい」
 軽く揶揄する青年をひとにらみして、少女はマシンを終了させた。
「送るよ」
「うん、そのつもりでいた」
「……ちゃっかりしてるよ」
 青年は壁に掛けてあった社用車のキーを取った。
 ここは『篠沢コンサルティング』という名前の事務所だった。青年の名は野村忍。この事務所の唯一の正式な職員だ。あとは所長である篠沢樹三郎しかいない。そして少女の名は遠峰美紀。現在はまだ小学六年生なので、非公式なアルバイトということでこの事務所に所属していた。
 『篠沢コンサルティング』、その名前から業務内容は判断するのは難しいだろう。経営コンサルタントだと思う人間が多いということは、そうした間違い電話の多いことでよくわかる。妥当な仕事を持ち込む客は、大抵誰かの紹介を受けている客だけだ。
 専門分野は「奇現象」。物理科学では解明できない現象について「コンサルト」するのが、この事務所の事業内容であった。あくまで「コンサルト」であって「解明」や「解決」ではないのが特徴だ。もちろん、結果として「解明」「解決」することもたびたびあるにしても、それが目的なわけではない。
 美紀がパソコンの終了を確認して席を立ったその瞬間、軽快な電子音が事務所に鳴り響いた。
「電話?」
「うん、わたしの」
 美紀が横に置いてあったカバンを引き寄せて、中から携帯電話を取り出した。表示されている番号に、見覚えはない。
「誰だろ」
 一瞬だけ考えたが、とりあえず出ることにする。
「はい、もしもし……その声は、星花ちゃん?」
 美紀には、すぐに相手が近所の三年生、和泉星花であるとわかった。そのわりに、掛かってきた電話番号は別の地域のものだった。こんな時間に、どうして自宅からではないのだろうか。
「今どこにいるの? え? あ、うん……」
 受け答えする美紀の声が、何故だかだんだんと顰められていく。
「……うん……うん……」
 その様子が普通ではないことを知った忍は、車のキーを握りしめたまま来客用のソファに腰を沈めた。ぼうっと宙を見つめているが、意識は美紀の電話に集中している。
「うん、とりあえず落ちついて。うん、わかった。今からすぐ出られるけど、そこの住所は……あ、ありがと」
 素早くメモとペンを差し出す忍にお礼を言って、美紀はすぐに聞き出した住所を書きとめる。
「……うん、じゃあ今すぐそこに行くから、星花ちゃんは玄関で待ってて。どうしようもなくなったら、すぐに外に逃げて。うん、とにかく落ちつくの」
 優しい声で美紀が諭す。どうやら電話の向こう側では、何か「とんでもないこと」が起こっているらしかった。
 携帯電話を切った美紀に、忍がカバンを手渡した。そしてメモと交換する。
「話は、車の中で聞くよ」
「……わたしにも、まだよく飲み込めてないんだけどね」
 美紀と忍は、事務所を出てガレージへと走り出した。


「……つまり、その『パパの偽物』というのが暴れ出して、星花ちゃんの目の前でお友達をレイプしていると、そういうわけかな?」
「んー、大体そんなところだと思う。混乱してて、断片的にしか話は聞けなかったけど、そういうふうに聞こえたよ」
 美紀も頭の中を整理しているところだ。
 断片的な部分でも、重要な点を抜き出して組み立ててみる。まず、その星花ちゃんのお友達のせりなちゃんは、以前から父親の幻覚とセックスしていたらしいこと。そして幻覚だったはずの相手に体当たりした星花は、跳ね飛ばされてしまったこと。今現在も、そのせりなという少女は星花の目の前で犯されているということ。
 とにかく、現在進行形で非常事態なのは確かのようだった。だから、今二人は急いで現場に向かっていた。
 現場はそれほど遠くはなかった。十分程度で到着すると、待ちきれなかったかのように星花が玄関の扉から飛び出してくる。
「星花ちゃん?」
「たすけて、たすけて、おねぇちゃん」
 泣きながら縋り付く星花の頭を撫でると、美紀は優しく声をかけた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ、もう」
 頭を撫で続けて星花が落ちつくのを待って、美紀は訊ねた。
「……それで、部屋はどこなの?」
「わたしが案内する……けど」
 星花はちらっ、と忍を見た。忍はその意味を把握して、両手を軽く挙げた。
「僕はここで待機してるよ。何かあったら呼んでくれ」
「ありがと」
 美紀は短く感謝の言葉を述べて、すぐに星花と一緒に玄関に飛び込んでいった。一気に階段も駆け上がって、問題の部屋にたどり着く。
「……ぐっ」
「……どうしたの? 美紀おねえちゃん?」
「すごい……強い霊気……」
 美紀の額に、急に汗が滲み出る。身体が、それ以上進むことが危険だと言っている。それでも、美紀は少女を救うために前に進まねばならない。重い身体を引きずるようにして部屋に入った。
「うっ、これは……」
「……!」
 場面は、星花が電話を掛けたときよりも更に悪化しているようであった。『パパ』はすでに数ラウンドをこなしているらしく、せりなは白い精液を全身にこびりつかせていた。今はベッドの上に横たえられて、両足を『パパ』に高く掲げるようにして持ち上げられ、やはりアヌスを貫かれていた。せりなの顔に表情はなく、時折吐息のような喘ぎを漏らすだけになっていた。
「……ちょっと小学三年生には刺激が強すぎると思う」
 美紀は苦しそうに呟いた。そのわりには、なんとなく間の抜けたセリフだ。
「おねえちゃん、早く、早くせりなちゃんを助けてあげて!」
「わかってるけど、ちょっと待って……」
 美紀はじぃっ、と『パパ』を見つめた。
 美紀には「霊能力」があった。祖父、遠峰昇月から受け継いだ能力だ。本気になれば、大抵の霊魂を「精」に変換して吸収してしまう「強制的成仏」という技が使える。しかし、その方法は「霊魂」の情念や欲望をも自分に取り込むことになる、かなり危険なものだ。滅多に使うことはない。
 だが、その滅多に使うことのない技以外には、美紀は特に使える技を持っていなかった。つまり、「打つ手がない」ことになる。霊が見える能力はそれなりに価値があるといっても、今の目の前の存在は星花にも見ている。
「え……」
 そこで美紀は気がついた。目の前の存在が「霊」であるのはすぐにわかった。だが、星花の話によればこの霊は「実体」を持っているらしい。実際に見ても、それが実体をともなっていることは美紀にもすぐにわかる。問題は「どうして実体をもっているのか」ということだった。観念としての「霊」に実体はいらない。ということは、観念としての「霊」ではないことになる。
「……そうか、そういうことなんだ」
 美紀は理解した。
「ねぇ、美紀おねえちゃん、早く」
 急かせる星花に、美紀は微笑んで頷いた。もう大丈夫だ、と星花が安心できるような微笑みだった。
 美紀はすうっと真顔になって、『パパ』に語りかけた。
「……あなた、『生き霊』でしょ?」
 腰を振り続けていた『パパ』が、ぴたっと動かなくなった。
「やっぱり」
「え、い、『いきりょう』って……」
 星花は驚いて、美紀と『パパ』を交互に見る。
「そんなことを続けても、その娘が衰弱するだけ。あなたの強い欲望はわかるけど、それじゃあいつか、その娘を殺してしまう」
 『パパ』が美紀の方を向いた。『パパ』の表情がなくなっていた。
「欲望が強いあまり、タルパを乗っ取ってしまったことは仕方ないけど、その娘を衰弱させることはあなたの本意ではないはずです。戻りなさい、あなたがいるべき場所へ。宿るべき肉体へ」
 美紀の口調は強かった。特にこれといった能力のない美紀にとって、「説得」こそが基本なのだ。
 『パパ』はゆっくりとせりなを見た。せりなは弱々しく『パパ』を見ている。しかしその視線からは「愛情」が感じられない。『パパ』が最も望んでいるものが、感じられないのだった。
「帰りなさい!!」
 更に力強く、美紀が叱りつけた。そうすると、『パパ』がゆらり、と姿を歪ませた。星花が目を見張った。『パパ』が、すうっとそこからかき消えてしまったのだ。
「……ふう。これでいいかな、とりあえずは」
「せりなちゃんっ!」
 星花が、ベッドの上でぼうっとしたままのせりなに駆け寄った。全身に降り注いでいたはずの精液もなくなっていたので、星花はせりなのパジャマをちゃんと着せてあげた。
「せりなちゃん……」
 星花はせりなを抱き締めた。美紀はその光景を眩しそうに見ていたが、足音が近づいてくるのを知って緊張した。
「せりなっ、なにか、なにかあったのかっ!」
 部屋に飛び込んできたのは、パパである室尾猛秋だった。星花の電話によると、気を失っていて反応しなかった猛秋だ。
 猛秋はせりなのベッドに飛びついて、せりなの顔を覗き込んだ。せりなは疲れたのか、そのまま眠りに就こうとしていた。猛秋はその呼吸音に安堵して、床に腰を落とした。そこで、ようやく見たことのない少女に気がついた。
「……きみは……いったい」
「はじめまして。わたしは星花ちゃんのお友達の、遠峰美紀といいます」
 至極普通の自己紹介だったがゆえに、この場にはそぐわない自己紹介だった。
「『篠沢コンサルティング』で霊能力者をやっています」
 「霊能力者」という単語に、なぜか猛秋はびくっ、と反応した。その反応を確認してから、美紀は星花に話しかけた。
「……ごめん、星花ちゃん。下に行って、野村さん、あ、一緒に来た男の人を呼んできてもらえる?」
「あ、うん」
 星花が素直に立ち上がって、部屋を出ていった。階段を下りる音を聞いてから、美紀は猛秋に向き直る。
「……実は、なんとなく知ってたんですよね、このこと」
「……まさか、現実だなんて思っていなかったんだ。あの時までは」
 あの時、というのは勿論、『パパ』に殴られた時のことだ。しかし、この時の美紀はまだその話は知らない。
「夢だと思っていた……危険な夢だと」
「でも、その夢は生き霊となって、せりなちゃんに実際に襲いかかっていた」
「…………」
 猛秋は、奥歯をきつく噛みしめて黙り込んだ。
「……終わったのかい?」
 どことなく呑気な声がした。忍の声だ。
「うん、とりあえずは」
 そう答えておいて、美紀は猛秋に言った。
「……みんな、はっきりさせましょう。そうしないと、同じようなことが起きるかもしれませんから」
「……わかった」
 猛秋が覚悟して頷いた。
「おつかれさま、美紀ちゃん」
 絶妙のタイミングで、忍が星花とともに部屋に入ってきた。
「美紀ちゃんの声が外まで聞こえたから、僕もだいたいの事情は飲み込めたよ。で、これからは?」
「……はっきりさせることになった。再発を防ぐためにもね」
 美紀は猛秋を見た。猛秋は黙り込んでいる。やや重い雰囲気に呑まれて、星花も黙り込んでいる。そんな雰囲気が通じないのが、忍の特性だった。
「あ、せりなちゃんのお父さんですね。初めまして。僕は野村忍といいます。『篠沢コンサルティング』の所員です。よろしく」
「……はい」
 それだけしか、猛秋は答えなかった。しかし忍はそんなことを気にすることなく、ぐるりと部屋の中を見回した。
「美紀ちゃん、みんなで話すんなら、ここじゃない方がいいんじゃないかな」
「うん、そうだね」
 この部屋は言うなれば「現場」だ。ついさっきまで、せりなが犯されていた現場だ。そんなところで立ち話、というのも確かに望ましいことではない。
「……下の、居間でお話しましょう」
 猛秋が、重い口を開いた。立ち上がって、部屋を出ようとする。しかしすぐにベッドまで戻って、寝てしまったせりなを抱き上げた。何も言わずに、部屋を出た。美紀と星花も、あとに続く。
 だが、忍はみんなを見送ったまま、部屋から出ようとはしなかった。
「……野村さん?」
「僕はトイレに行くから、先にはじめてて」
 美紀の呼びかけにそう答える忍だが、トイレに行く気などなかった。みんなが階段を降りていく音を聞いてから、おもむろにせりなのiMacの前に座った。


「じゃあ、せりなちゃんを起こして、はじめましょう」
 美紀が、その場を仕切っていた。その言葉の重みは、とても小学六年生の少女とは思えなかった。
 せりなが起こされたが、まだぼうっとしたままのせりなの代わりに星花が、ことの次第を話し始めた。それに、よく事情の飲み込めていないせりなが修正やつけ加えをおこなう形で、推移は語られていった。
 一通り聞いてから、美紀が簡単な解説をした。
「せりなちゃんのように想像力から人間のような存在を作り上げることは、そんなに珍しいことじゃなりません。多重人格とかもそうです。でも今回の場合は、『タルパ』と呼ばれるものが一番近いと思います」
 『タルパ』とは、多人格を他人として作り上げるオカルト的な方法であった。完全に別人格、別人として自分の中ではなく外部に作り上げることによって、まったく新しいひとりの人間を作ってしまうというものだ。
「ただ、この『タルパ』は、普通他の人には見えません。実体も持ちません。あくまで精神的な存在です。じゃあなぜ、今回は実体を持つようになり、さらにせりなちゃんの意志とは関係なしに振る舞うようになったのか」
 そう疑問を提示しておいて、美紀は猛秋を見た。無言の圧力だった。猛秋が、重い口を開く。
「……最初は、そんな気持ちは全然なかったんだ。ただ、『最近、どんどん妻に似てきている』という、他愛もない感情だった……」
 せりなの母親、つまり猛秋の妻は、せりなが四歳の時に病死してしまっている。それ以来、他の女性に興味を持つことなく、子育てに専心してきた猛秋だった。
「どことなく不思議な雰囲気を持つ妻だった。そんな雰囲気を、せりなも持つようになってきたんだ」
 妻のイメージが、せりなのイメージと重なるようになってきていた。そんな時、夢を見た。夢の中で、猛秋はせりなを抱いていた。抱き締めていたという意味ではなく、性的な意味で「抱いていた」。
「夢の中で、せりなは『前は大切な時に取っておくから』と言っていた。そのまま、後ろの穴でするようになった」
「あー、それ、『パパ』のときとおんなじ」
 せりなが言葉を挟む。猛秋は慌てて言った。
「あの時は知らなかったんだ。まさか、それがせりなの妄想と全く同じものだったなんて」
 そしてあの晩、ついに猛秋はひとつの「禁忌」を犯す。せりなの姿を撮影したビデオを見ながらの自慰行為。それは非常に背徳感に満ちた行為だった。そしてその分、激しい快感もともなっていた。
「達した瞬間、なにかがはじけたたような気がした。ふっ、と軽くなったような感覚だった」
 星花は、その話を聞いてやっぱり、と思った。そこに置いてあるビデオデッキに入っていたせりなのビデオを見ながら、猛秋はオナニーをしていたのだ。そしてそれを盗撮したムービーファイルから、実体化した『パパ』が出てきたのだ。
「多分、せりなちゃんの作り出した『パパ』、つまり『タルパ』と、お父さんの意識が同調してしまったんだと思います。これで、二人の意識によって『タルパ』は増強されたことになりました。自発的な意思、お父さんの欲望、せりなちゃんの願望、それらが混ざり合って、実体化した『パパ』が生まれたということだと思います」
 美紀が話をまとめた。ぐったりとする猛秋とは逆に、なぜかせりなはその説明に喜んでいた。
「パパといっしょに、『パパ』を作ったってことなんだぁ」
 美紀はせりなのその喜び方になんとなく違和感を感じつつも、猛秋に尋ねた。
「……事情が把握できたので、多分もう『パパ』という存在は現れないと思います。でも……問題は『これからどうするか』ということですね」
「これから……」
 そこで美紀は、すっと立ち上がった。
「あの……」
「わたしの出番は、これでおしまいです。あとは、当事者が考えるべき問題であって、わたしが口を出すことではありませんから」
 そう言って、星花を手で招き寄せる。
「わたしたちは、これで帰ります。あとは、ふたりでよく話し合って決めるべきだと思います」
「あ、でも、わたしは泊まってくるって……」
「星花ちゃん」
 美紀は星花の耳元に囁いた。
「……気をきかせてあげましょ」
「あっ」
 猛秋はいわば、この場でせりなに「愛の告白」をしたようなものだった。だから席を外すべきだ、と美紀は言いたいのだ。星花は頷いた。
「……いろいろお世話になって、なんと御礼を言っていいのか……」
「今回はなりゆきでしたからね。次にこういうことがあった場合には、ちゃんとコンサルト料をいただきます。そうしないと、所長に怒られますから」
 わざとおどけた口調で言い残し、美紀は星花を連れて居間を出た。廊下には、忍が立っていた。
「終わった?」
「終わった、って、いつも終わった頃にしか来ないくせに」
「自分が出る幕がないと思っている時にはね。じゃあ、そちらのお嬢さんもお送りしますか」
「当たり前でしょ」
 三人はせりなの家を出て、クルマに乗り込んだ。


 居間にぽつん、と二人が残されていた。いつも二人で住んでいる家なのに、なぜか「残された」気に猛秋はなっていた。
 しかしせりなは、すっかり出来上がっていた。他の人たちがいなくなった途端、熱く潤んだまなざしで、猛秋を見つめた。
「パパ……さっきのはなし、ほんと?」
「……ああ」
「パパが、パパがせりなを、『せいてき』にみてくれていたってゆうのも?」
「ああ、全部ほんとだ」
「……パパは、ママを通してせりなを見てたの?」
「ああ」
 誘導尋問に、猛秋はうっかり引っかかってしまった。途端にせりなが悲しい顔になる。
「せりなって、ママの代わりなの?」
「あ、いや、ちがう、そういう意味じゃ……」
「それじゃあ、どういういみ?」
 じいっと、せりなは猛秋の顔を見つめる。全てを見逃さない、強烈な視線だ。
「……最初は、たしかにママのことばかり思い出していた。でも……」
「でも?」
「……今はせりなのことばかり、考えているんだ」
「うれしいっ!」
 せりなはパパの首にしがみついた。
「……親娘なのに、こんなことでいいのかと、何度も悩んだ。でも、やっぱりパパはせりなが好き、愛しているらしい」
「パパぁ」
 せりなはパパの顔を正面から覗き込んで、目を閉じた。せりながなにを要求しているのかは猛秋にもわかっている。
「……本当に、いいんだろうか。実の娘なのに……」
「いいんだよ。せりなが許すから、それに……」
 目を閉じたまま、せりなが言う。
「愛はね、すべてを越えるんだよっ」
 その言葉に背中を押されて、猛秋がせりなの唇に唇を重ねた。せりながうっとりとする。夢にまで見た、本当のパパとの愛のキス。それが現実になった。
 しばらくはそのままで味わっていたふたりだったが、せりなはゆっくりと唇を離した。それから猛秋の胸に顔を埋めて、囁くように言った。
「パパ……このまま、せりなをもらって。『パパ』にもあげなかった、せりなの前、パパにあげる……」
「せりな……」
「……今がね、『とくべつなとき』、『たいせつなとき』だから……」
 せりなが、いきなりパジャマを脱ぎだした。すぐに一糸まとわぬ姿になる。猛秋も脱ぎ出した。二人は全裸になって、抱き締め合った。寝室に移動する時間も惜しく感じられて、居間でふたりは温もりを感じあった。
「パパ、愛してる」
「せりな、パパも愛してるよ」
 濃密なキス、そして猛秋の手がせりなの素肌を這い回る。雰囲気に酔っているせりなの乳首はすでに硬くなり、スリットは潤っていた。
「あんっ、だめ、パパ、もうガマンできないの……今すぐ、パパがほしい……」
 前戯は不要だった。言うなれば、これまでのことが長い長い前戯だったような気がする。せりながソファに横になると、猛秋もその上に覆いかぶさる。
「……入るのかな」
「だいじょうぶ、だって、ふたりは愛しあってるんだもん」
 根拠のない自信を持って、せりなが答えた。猛秋は苦笑しつつも、ぬるぬるになっているせりなのスリットにペニスをあてがった。上下になぞるようにして、スリットを押し拡げていく。
「……パパぁ、はやくぅ」
「……いくよ、せりな」
 ずずずず、とペニスの頭がスリットにめり込んでいく。せりなは猛秋を受け入れた。
「はぁっ、はぁっ、パパの、パパのおっきぃ」
「痛くないか?」
「……だいじょうぶ、せりな、とってもしあわせだよ」
 そう言うせりなだが、僅かに寄せられた眉根に苦痛が感じられた。
「せりな……」
「いいの、いいのパパ、動いて。いっぱい動いて、いっぱい出して……」
 そこでせりなは、ふっと遠い目をした。
「……ママよりも、愛して……」
 そして猛秋の唇にむしゃぶりつく。二人の間に、もう言葉はいらないという意味だ。だが、それはせりなが猛秋から返答する権利を奪ったとも言えるかもしれない。
「んっ、んっ、んんん」
 猛秋のペニスが、せりなの狭い膣を擦る。充分潤っているとはいえ、さすがにきつかった。それでもせりなは、痛みを感じていなかった。実際には痛かったのかもしれないが、その痛みさえ、今のせりなには甘美なものになってしまっているのだろう。
 ──パパ、もう一生はなさないから!
 せりなは心の中で強く思うのだった。


「……でも、ほんとによかったのかなぁ。近親相姦」
「こらこら、若い娘がそんな言葉、口にしないように」
 忍の運転するクルマはまず星花を家に送り届けて、今度は美紀の家に向かっていた。
「どんなに好きでも、結婚はできないんだよねぇ」
「でも、ある意味結婚よりも強いつながりだからね、親子ってのは。夫婦なんて、離婚すればただの他人。でも、縁を切ったとしても親子の血のつながりはなくならないんだ」
「あれ、野村さんは近親相姦を認めるの?」
「とんでもない。逆だよ。結婚という制度を評価してないからね、僕は」
「ふうん……あ」
 そこで美紀は、何かを思い出したようだ。
「そういえば野村さん、あの時なにしてたの?」
「あの時って?」
「しらばっくれてもムダだってば。トイレになんか、行ってないでしょ」
「まぁね」
 そこで忍は、ポケットから何枚かのコピー用紙を取り出した。インクジェットプリンタでなにかが印刷されている。
「……なに、コレ?」
「……あのせりなっていう娘、かなりのタマだよ。星花ちゃんの話を聞いても思ったけどさ」
「で、だからコレはなんなの?」
 車内が暗くて読めないので、美紀はランプをつけた。
「せりなちゃんの、買い物の記録だよ」
「……うわ、すご……」
 話に出たピンホールカメラだけではない。他にもいくつものアンダーグラウンドなアイテムを購入した記録が残っていたのだ。とはいっても、ディープなネットワーカーではない美紀にとっては、理解できない商品名の方が多かったが。
 美紀は次の紙を見た。これは、どこかのサイトのページをそのまま印刷したもののようだ。
「……その買い物履歴の中の、上から三行目と四行目にある商品の販売サイトだよ」
「ほ、惚れ薬……媚薬……」
「多分、あの娘はパパの食事に混ぜ込んでいたんだな。そりゃ、何年も独身を通しているパパには、効果覿面だとは思うよ」
「……はぁっ、なんていうか、その……」
「ある意味、たくましい娘なのかもしれないね。欲しいもののためには、手段を選ばず全力を傾けているんだから」
 そう感想を述べて、忍は美紀からコピー用紙を取り返した。
「あ、まだ見てたのに」
「子供が見るようなものじゃないよ」
「子供の買い物記録なのにぃ」
 忍は大事そうにそれをしまった。美紀はその行為を不思議に思った。
「でも、どうしてプリントアウトなんかしてきたの? 別に調査報告書なんて書かなくていいだろうし」
「……ちょっと、サイト名が気になったからね」
「えっと、SUMERA、だったっけ。たしかに変な名前だね」
 ちらっと見ただけでも、美紀の印象に残った名前だった。忍は苦笑する。
「そう、確かに変な名前だね」
「……?」
「ま、とにかくこれでトラブルは解決、タダ働きだったとしても、美紀ちゃん単独の仕事としては記念すべき一件目になるわけだ。結果が近親相姦肯定になっちゃったとしてもね」
「……なんかひっかかるなぁ、その言い方」
 そう言いつつ、美紀も笑った。きっと今一番笑っているのは、あのせりなという少女なのかもしれないなぁ、と思いながら。


「えきせんとりっく☆せりな」 終わり