『呪縛の色相』より第一章
「白い檻」 石薬師 暁生
イラスト:河澄翔
雪が、降っていた。辺りはすっかり銀世界で、まばゆさに堪え切れずに男は目をしばたたかせた。
男は寒そうにコートの襟を立てて、雪の小道を歩いていた。純白の雪を踏みしめながら、男は帽子をかぶってこなかったのを少し後悔した。男の頭皮は、半ばまで露出している。禿げかけの頭には、今日の風は冷たすぎるのだった。
しかし男は、ひどく上機嫌なようで、澱んだ空を見上げながら口笛を吹いていた。ジングルベル──クリスマスなどとっくに過ぎ去ってしまったが、今日の情景にはこれほど相応しい曲はなかった。
曲にあわせるかのように、重厚な教会の鐘の音が近くで聞こえてきた。男の目的地は、もうすぐ側にあるのだ。男の足が、雪を踏みしめるペースを上げる。
すぐに教会は見えてきた。立派な鐘の音のわりには、随分と見すぼらしい教会であった。雪の重みでさえ、耐えしのぐのに精一杯のようだ。
門があった。しかしそこには、「ひかりの家」という木製の看板が、場違いながらも掲げられていた。
「まあ、川口さん、ようこそおいでくださいまして」
老いたシスターが、両手を祈りの形に結びながら、男を出迎えた。
「こんにちは、シスター。元気そうで、何よりです」
「いえいえ、そちらこそお元気そうで。連絡をくだされば、車でお迎えにあがりましたのに」
「ははは、今日車を使うのはやめた方がいい。どこかにぶつからない限りは、止まれませんから」
川口と呼ばれた男は、シスターに勧められて椅子に腰を掛けた。建物の外観に相応しい、手作りの古ぼけた椅子だった。椅子だけではない。テーブルも、部屋の内装全ても、いじましいような修繕の痕跡があった。
シスターがティーカップを運んできた。川口は礼を述べつつ、カップを受け取った。
「随分と、冷えますね」
川口の言葉に、シスターが伏目がちに答えた。
「すみません、ストーブの燃料があまり残っていないので」
「あ、いえ、そういう意味で言ったわけじゃないんですがね」
シスターは自分も椅子に腰掛けながら、深い溜息をついた。
「愚痴をこぼすつもりはないのですが、最近はもう、子供たちに満足な食事すら与えることが苦しくなってしまいました。この寒さに、ほとんどの子供たちが風邪気味です。薬を与えようにも、寄付が、集まらないんです」
「私が、もう少し出しましょうか?」
川口の申し出に、シスターは激しく首を振った。
「とんでもありません。川口さんは本当によくしてくださいます。これ以上、甘えるわけにはまいりません。ただ、ここに子供たちを置き去りにしていった、若い方の関心が全くないことを、少し悲しく思っているのです」
そう言って、シスターは目を閉じて祈りを捧げた。
「確かに、嘆かわしいことです。世の中には、私のように、子供が欲しくても授かることの不可能な夫婦もいるというのに。産み棄てるという考えが、判りません」
シスターは、はっと川口の方を見た。
「不可能、とおっしゃると……」
「ええ、やっと精密検査の結果がでましてね、やはり無理、とのことでした。家内の卵巣に異常があるので、どんな手段でも子供はできないと」
「そう、でしたか……」
「私はもう四十になろうとしているのに、家内はまだ三十を過ぎたばかりです。これからのことを考えると、子供はどうしても欲しかったんですがね。これも運命なんでしょう。もう、諦めもつきましたよ」
「本当に、お気の毒なことで……」
「いえね、今日ここを訪ねたのは、そのことなんですよ」
「え?」
川口は急に立ち上がって、頭を下げた。
「あなたの子供を一人、私に預けてはくれないでしょうか」
シスターはいきなりのことで、茫然と川口の顔を見つめていたが、やっとのことで言葉の意味を飲み込むと、強く川口の手を握りしめた。
「……ええ、ええ。こちらこそ、是非とも」
「ありがとう、ございます」
川口は更に、深く頭を下げた。しかしそれは感謝の意を表すための動作ではなく、ついつい表情に出してしまった醜い笑みを、シスターから隠すためのものであった。
川口は、私立小学校の教頭であった。四十歳を前にしての異例の役職であったが、元々禿げかけていた川口には、それなりの貫祿がある。よって、社会的にも個人的にも、信用というものが得られやすい。だからこそ、川口の趣味は未だに、誰からも看破されてはいなかった。
川口は、ロリコンであった。
いや、正確にはペドファイルに分類されるのかも知れない。川口が興味を示すのは、大体十歳以下の女児に限られた。少なくとも、中学生にまでは、惹かれなかった。膨らんだ乳房、生え始めた恥毛、そのどちらも、川口にとっては興味の対象外なのだ。
そんな川口にとって、小学校の教諭とは天職に他ならなかった。男子の相手もすることを我慢さえすれば、まさしく小学校は天国そのものであった。それが、昨年度から教頭として赴任することになってしまい、職場は天国ではなくなってしまった。女生徒たちと、直に触れ合う機会がほとんどなくなってしまったためである。川口の欲望は、捌け口を失ってしまったのだ。
結果として、川口は下着や体育服を盗んだり、着替えを覗くようになった。職も信用も何もかも失うことになるかもしれない、そう怯えながらも、川口はそれをやめられなかった。それどころか、中途半端な罪悪感は逆に欲望をエスカレートさせてしまった。少女を愛してみたい、本物の少女をこの手で愛撫してみたい、そんな思いが、次第に強くなりつつあった。
そして、遠大な計画が作り上げられた。
──自分の娘なら、いくら弄んでも構うまい!
とはいえ、妻との間に子供はおらず、よしんば出来たとしても五分五分で男の子が生まれてくるし、女の子であっても実際に楽しめる年齢になるまで待たなければならなくなる。今すぐ楽しみたい川口にとって、それは待てなかった。
残された道はただ一つ、養女を貰うしかない。
かくして、計画は実行に移された。小さくて潰れそうな孤児院「ひかりの家」にしばらく寄付をして、恩を売っておく。そして頃合いを見計らって、子供が出来ないことを理由に養子を取りたいと告げるのだ。相手は拒めまい。
問題は、うまく子供がなつくかどうかだが、川口はその点は楽観していた。まず、何度か孤児院を訪問して、いい人を演じる。そして子供たちの中から、無口でおとなしい女の子を捜しておく。後はその子の寂しさを刺激しておいてやればいいのだ。
そして今日は、その計画の最終に当たる。川口はほくそ笑んでいた。少なくとも今までは、計画自体の驚異となるようなミスはしていない。順調に、事は運んでいる。このままいけば、念願の……
「それで川口さん、どの子を養子になさるおつもりですか?」
シスターの問いに、川口は現実へ引き戻された。
「あ、ああ、あの、久松、理名という子を、引き取ろうかと」
「まあ、理名ちゃん?」
シスターは、驚きの表情を作った。
「おかしいですか?」
「いえ、もう少し小さい子を、引き取られるのだと思っておりましたので」
「確かに、あの子はもう十歳だから、色々とやりにくいこともあるでしょう。でも私はあの子と話してみて、是非家族になって欲しいと思ったんです」
川口はそこで、わざとらしく涙声になり、目頭を押さえた。
「あの子は、不憫な子だと思います。私はなんとか、あの子に笑うことを教えたいんです。私の残りの人生をかけて」
シスターはそれが演技だとは知らずに、深く感じ入った様子だった。
「判りました。今あの子は多分、書庫にいると思います。どうぞ、あなたから話してみてください」
「ありがとうございます」
川口は、大声で笑いだしたくなる衝動を必死に押さえ、また深々と頭を下げた。
書庫は、教会の中でも外れに位置していた。川口は、やや自閉症気味の久松理名が、時間さえあれば書庫に籠もっていることをよく知っていた。細身で眼鏡をかけた文学系の美少女は、外見通りに本が好きなのだ。
理名は、書架と書架の間に座り込んでいた。長い髪を三つ編みにして、憂いを含んだ目線を大きな書物に落としている。夢中で読んでいるようで、書庫の扉を開けた川口には一瞥もくれないまま、グレーのチェックのスカートに皺が寄るのも気にせず、とにかく貪り読んでいた。
「理名ちゃん」
川口が声を掛けると、少女はようやく顔を上げた。表情が明るくなる。
「川口のおじさん! こんにちは」
「こんにちは、何を読んでるんだい?」
「ふふふ」
「な、何なんだ、その笑いは」
「わたしにも、よくわからないの」
川口は開かれたページを覗き込んでみた。びっしりと並んでいるのは、アルファベットだ。英語かと思ったら、見たこともないような単語が頻出している。どうやら、ドイツ語のようだった。
「挿絵がすごくきれいだから、なんて書いてあるのか知りたくて」
ほら、と指さした挿絵は、天使の絵だった。銅版画のようだ。
「ふぅん、これは多分『神曲』だな。絵には見覚えがある」
「さすがおじさん、よく知ってるね」
「これでも教師だからね」
二人は、顔を見合わせてくすくすと笑った。
「でもおじさん、今日はどうしたの? みんなは外で遊んでるよ」
「いやいや、今日はみんなに会いに来たわけじゃないんだ」
川口は理名と目線の高さを合わせるために、同じように床に座り込んだ。
「少し理名ちゃんとお話がしたくてね」
「え、何のお話?」
「さっきまで、シスターとお話してたんだけどね、やっぱり理名ちゃん本人とゆっくりお話してから決めなきゃいけないことだと思うからね」
「難しい、お話なの?」
「いやかい?」
理名は少しだけ不安そうに眉根を寄せてはいるが、きっぱりと首を横に振った。
「そうか。じゃあはじめに質問をしよう。理名ちゃんは、お父さん、というものについて、どう思う?」
「お父、さん?」
理名は復唱して、首をかしげた。
「よくわかんない。わたしは気がついたら、ここにいたもん。みんなは色々話してるけど、わたし、覚えてないから」
「みんなは、なんて言ってるの?」
「ほんとにいろいろなの。だから、もっとわからなくなるの。おっきな人だとか、強い人だとか。でも悪口を言う子もいるよ。優しいお母さんをなぐってばかりいる、すごく怖い人だとか。あ、あとね、毎週違う人なんだ、っていう子もいた」
「自分にお父さんや、お母さんがいないことについては、どう思うのかな」
「……くやしい、と思う」
理名は、睨むような視線で川口を見た。
「外に出ると、お父さんもお母さんもいるのがふつうなんだって。わたしがどっちもいないよ、って言うと、外の子たちはみんな変な目でわたしを見るの。わたし、その目がいやで、すぐにみんなから離れる。そして本を読むの。本はね、わたしがどんなでも、いつも同じだから」
「本は、好きかい?」
「うん。でも、たまに嫌いになることもあるよ」
「それはどんな時?」
「だれかと、お話したい時。だって、本は何を言っても、答えてくれないもん。だからね、今は本よりも、川口のおじさんの方が好き。本みたいにいろんなことを教えてくれるし、わたしのお話も聞いてくれるから」
川口はその言葉に、感動した。
「私もね、理名ちゃんが好きだよ」
「ふふふ」
二人はまた、見つめあったままで笑った。川口は、この瞬間に至福を感じていた。
笑いが止んでから、川口は立ち上がった。窓際まで歩いて、外を見つめる。ここで興奮してしまい、事を焦ってはいけない。ここで失敗すれば、計画は全て水泡に帰す。
「おじさん、どうしたの?」
「理名ちゃん」
川口は改まった口調で名前を呼んだ。
「私は、理名ちゃんの父親になれるだろうか」
「え」
理名は質問の意味がよく判らずに、それだけしか答えられなかった。
「つまり、理名ちゃんが私の子供になれるだろうか、ということだよ」
「そ、それって、もしかして」
理名は思考を整理しているかのように、頭に手をあてて一瞬黙り込んだ。
「おじさんが、わたしを引き取って、育ててくれるということ?」
「そう。こんな孤児院じゃなくて、私の家で、私たち夫婦と一緒に、生活するんだ」
「そ、そんなの、夢みたい」
「夢じゃないよ」
戸惑う理名に、川口はすぐさま答えた。
「だ、だって、わたしはここで……」
「シスターの許可は、もう取ってある。後は、理名ちゃんの意志だけだ。私には子供がいない。妻が子供を産めないから、欲しくても出来ないんだ。それなら、誰かを子供として、私の本当の子供として、育ててみたい。さあ、理名ちゃんはどうする?」
「……ほんとに、いいの?」
「ああ。そしてもし、私の子供として、私と一緒に来てくれるのなら、どうか私のことを『お父さん』と呼んでみてくれないか」
理名は、まだ迷っていた。だがそれは、決して行くべきか行かざるべきかを悩んでいるのではなく、突然の幸運に戸惑っているだけなのだ。
そして理名は、呟くような声で言った。
「……お父、さん」
「もっと大きな声で」
「お父さん!」
「理名!」
二人は互いに呼び合いながら、強く抱きしめあった。
理名は、突然の信じられないような幸運に、身を震わせていた。だが、川口は、周到に積み重ねてきた計画がほぼ完遂出来たことへの喜びと、ふつふつとたぎり始めている肉欲に、身を焦がしていた。
──さあ、あとは仕上げに、味見でもすることにしよう。
川口は、健気にしがみついている理名の耳元で、こう囁いた。
「理名、でもね」
「なに?」
「私と理名は、これで父と娘になる。でも、血は繋がっていないんだ。判るかい?」
「うん。義理の親子、ってやつだよね」
「そうだ。でもな、義理は義理でもやはり親子、それなりの関係がなければならない。お父さんとは、娘のことを何でも知っていなければならないんだ。だから、儀式を行なう必要がある」
「ぎしき、って?」
「私は、理名のすべてを知らなければならないんだ」
「わたしの、すべて、ってなに?」
川口はそこで、身体を離した。
「今ここに立っている理名は、本当の理名を隠しているんだ。本当の理名とは、何もない理名のことだよ。生まれたときのままの、理名を私は見なければならないんだ」
理名は少し思案してから、大きく頷いた。
「服も着てない、ってことだよね」
「そうだ。どうか私に、服を着ていない理名を見せておくれ」
「うん」
理名は、ずっとこの「ひかりの家」にいた。そして、ここの書物ばかり見つめていた。性的な知識は非常に貧困なはずだ。そして川口の思惑通りに、理名は衣服を脱ぎはじめていた。
黄色のカーディガンを脱ぎ、グレーのスカートをすとん、と床に落とした。川口は聞こえないように、唾を飲み込んだ。白いブラウスの下には、同じく純白のパンツがある。川口の視線が、そこに釘付けになった。
「……ちょっと、寒いよ」
震える理名の背後に、川口は回り込んだ。ぴったりと、身体を密着させる。
「ほら、あったかいだろう」
「うん」
理名の手が、ブラウスのボタンを一つずつ外してゆく。川口は手伝いたい気持ちを押さえながら、じっと見つめていた。
ブラウスが落ち、あとはランニングシャツとパンツだけだ。どちらも、着古した感がある。「ひかりの家」の財状では、下着を買い換えることなど滅多にできまい。何度も洗濯を繰り返して、すっかり薄くなってしまったランニングシャツの向こう側に、幼い乳首が透けて見えた。もう、我慢の限界だった。
川口は、理名の胸へと手を回した。
「あっ」
「理名、見るだけじゃよく判らないから、触らしてくれ」
まず掌全体を、理名の胸に押し当てた。脹らみどころか、痩せ気味のために肋の感触が伝わってくる。今度は指で、つつくようにまさぐった。乳首を探り当てる。ぷっくりと膨れてはいるが、それだけだ。川口はむきになって、幼い乳首をいじり続けた。
「やだ、くすぐったいよ」
「我慢しなさい」
川口はまどろっこしくなったため、ランニングシャツを脱がした。すらりとした上半身が、露になる。寒さのためか、鳥肌が立っていた。川口は理名を強く抱きしめた。理名も応えるかのように、向き直って抱きついた。
「横に、なるよ」
川口は一応ことわってから、理名を押し倒した。床は板張りだが、さっき脱いだばかりの理名の服が敷いてある。逆に、温かった。
「くすぐったいよ。何してるの?」
「儀式だよ」
そう言って川口は、乳首に吸いついた。くすぐったがってばかりいた理名がその瞬間、わずかに痙攣したのを川口は感じた。すかさず舌を転がす。わずかだが、引っ掛かる感触があった。口を離して見てみると、ほんの少しだけ、色が濃くなっていた。
その結果に、川口は満足した。そして最後の一枚、パンツに手を掛けた。
「脱がすよ」
「……うん、でも少しはずかしいな」
「親子なんだから、何も恥ずかしがらなくてもいいよ」
一気にパンツを引き下ろした。川口の呼吸が止まった。股間に入ったたった一本の亀裂。それが川口の興奮を最高潮にまで高めていた。川口の演技は、そこで終了した。そんなものは、かなぐり棄てた。
川口はパンツを脱がせると、強引に足を開かせた。
「いたっ!」
理名の抗議も無視して、股の間に割り込んでゆく。息を詰めて、スリットに顔を近づける。美しい。極めてシンプルなその亀裂に、川口はむしゃぶりついた。妻のものを舐めようとは思わなかったが、理名のスリットは食べてしまいたいとさえ思った。
脚を開いたまま、高く持ち上げる。すると、きつくすぼまった肛門すら、丸見えになった。川口はその光景に、見とれていた。
「やだ、そんなところ見ないで」
「どうして? こんなに綺麗なのに」
川口の顔は、仮面を脱ぎ捨てていた。理名はその顔に脅え、黙り込んでしまった。
「ああ、たまらないよ」
川口はズボンから怒張しきった肉棒を取り出すと、激しくしごきはじめた。理名には、それが何なのかわからない。おちんちんではあるのだろうと、思う。しかし今見ているそれは、これまで見たことのあるおちんちんとは、全く違っていた。
「あ、出る!」
白濁液が、飛び散った。理名の胸や腹に、振りかかる。
川口は荒い息をつきながら、白濁液を掌で理名に塗りたくった。理名は恐怖と嫌悪感に泣きだしそうになりながらも、必死に耐えていた。理名は、この男の娘になるという夢に、縋りついていたかったのだ。
しかし川口は、肉欲の虜になっていた。この少女を、私のザーメンで包み込んでやる。頭から爪先まで、全ての部位にザーメンを刷り込んでやる。
「次は四つんばいになるんだ」
理名は、素直に従った。川口は理名に、腰を突き出すように命じた。脂肪の少ない尻は二つに割れ、きれいな菊座がよく見えた。舌をつけて、襞の一つ一つを伸ばすように舐め回した。くすぐったいのか、理名は震えるように腰を揺すった。それが、川口の加虐心に火をつけた。
川口は唾液でぬるぬるになった菊座に、自分のザーメンでぬるぬるになった肉棒の先を押し当てた。挿入するつもりはない。だが、挿入したい気持ちもあった。よって、亀頭を押し当てて、腰を振るだけにした。それでも、理名には筆舌に尽くしがたい恐怖だった。肉棒が強く突くたびに、短い悲鳴を挙げて腰を引いた。
今度も、川口は余り持たなかった。ザーメンを尻と背中にぶちまける。そして塗りたくった。それでも怒張は収まらなかった。
「さあ、これがお父さんだよ。本当の、お父さんだ。ほら、愛してくれよ」
川口は理名を無理やり起こすと、肉棒を口に押しつけた。理名は必死にいやいやをするが、川口はまったく意に介していなかった。
「ほら、お父さんだ」
その言葉に、理名は苦しんだ。お父さん、お父さん、お父さん……
「お父さん!」
理名は叫んでいた。覚えていないはずの赤子の頃の記憶が、一つの像を結び始めていた。それは、泣き叫ぶ自分を置き去りにして、背中を向けた父の姿だった。
理名は肉棒にむしゃぶりついていった。もう二度と、誰にも棄てられたくはなかった。この人の、お父さんのいう通りにしなければ、わたしはまた棄てられてしまう。必死でしゃぶった。しゃぶり続けた。
「うおっ、もう駄目だ!」
川口は理名の三つ編みを掴んで、肉棒を抜いた。三度目とは思えない量のザーメンが、理名の顔を直撃した。
どろっ、と頬を伝うザーメンに放心したままの理名は、遠い目をしていた。何を見ているのだろうか、泣きだしそうな瞳で、遠くを見ていた。そして次第に焦点が合わされ、全てを吐きだして脱力している川口に、辿り着いた。
「お父さん! お父さん!」
白濁液にまみれた少女は、そう叫びながら川口にしがみついた。独りぼっちになることによって棄てられた記憶を封印していた少女は、封印を解かれたことによって二度と独りぼっちには帰れなくなってしまった。
川口は、満たされた肉欲に恍惚としたまま、窓の外を見た。雪が、また降り始めていた。真っ白な、輝くような雪に、世界が閉ざされているように川口は思った。
──まるで、白い檻のようだ。
川口は、白濁液にまみれて泣きながらしがみつく、理名の頭を優しく撫でながらそんなことを思っていた。
第二章「赤い鎖」へ続く