「つるぺた天使・修行篇」 人面石発見器
午後十時過ぎ。風呂にも入り後は寝るだけとなった朝比奈蓬(あさひな よもぎ)は、自室で友人から借りた「機動戦艦ナデ○コ」……という、古いアニメのディスクを観ていた。
「懐かしいな」
思わず声を漏らす蓬。
このアニメは、今から十年以上前、蓬が小学二年生のときの放送されていたもので、蓬はこのアニメのヒロインが大好きだった。初恋……といってもいいかもしれない。ヒロインの大きな胸にドキドキしながら、テレビに食い入るようにして観ていたものだ。
そのせいか蓬は、胸の大きな異性に惹かれる。いわゆる巨乳好きだ。例え妹でなくとも、ペッタン胸のさくらになど興味はもたないだろう。
そういえば、なぜか今日は愚妹さくらの襲撃がない。蓬は少し怪訝に思ったが、人間なにも考えずにリラックスすることも必要だろうし、懐かしいアニメを観て楽しんでいるのだから、このまま楽しんでいたい。
もし、以前も同じことがあったのだが、この部屋の収納スペースに身を隠したさくらの視線が、自分の横顔に突き刺さっているなどという事実に気がついてしまったら、彼の楽しい時間はブチ壊しになるだろうが……。
(お、お兄さまったら、さくらの前では恥ずかしがってしないような、あんなに楽しそうなお顔をなさるなんて……)
どうやったらそんな場所に入り込めるんだ? と疑問に思ってしまうほど狭いスペースに身体をねじり込んださくらは、普段アニメをほとんど観ることのない蓬がアニメを観てることを不思議に感じながらも、楽しげにしている蓬を見つめ続ける。
とさくらは、どうも蓬の表情が、「艦長」と呼ばれている巨乳のキャラクターがモニターに映っているとき、もっとも楽しそうなものになっていることに気がついた。
(そうかっ! お兄さまは、ああいう服が好きなのねっ)
……はぁ?
(ということは、こすぷれ……ってやつをすればいいんだわッ! さくらがああいう服をきて、お兄さまにみせてあげれば……ふふっ)
もういいや。コイツの腐れ加減にはついていけない。
(そうよ! お兄さま、実はこすぷれが好きだったのよッ)
誰もそんなことはいってないし、アニメを観ているだけでコスプレ好きだと思うほうがどうかしている。
だが、さくらは「どうかしている」ので、「どうかしている」っぷりを目一杯に発揮して、妄想モードへと突入した。
「艦長」の衣装に身を包み、蓬の前に立つさくら。
「さくら。お前、なんて魅力的な衣装をきて、お兄さまを喜ばせてくれるんだい? お兄さまは、もうガマンできないよ。いいだろ? さくら」
優しくさくらを抱きしめ、蓬がさくらの耳元に囁く。
「は、はい……お兄さまぁ」
頬を染め、ぺったん胸いっぱいに拡がる歓喜を隠しながら、
「お兄さまの、お好きになさってください……お兄さまに喜んでいただけるのが、さくらは、一番うれしいです……」
さくらは答える。
「かわいいな、さくらは」
「そ、そんな……ポッ」
「このまま抱くぞ」
「はい」
「抱いて、抱いて、抱きまくるからな」
「はい」
「さくらッ!」
さくらを強く抱擁する蓬。
「お兄さまあぁっ!」
さくらも蓬に強く抱きつく。
そして兄妹は、越えてはいけないといわれている一線を越えることにッ!
「い、いいっ! あっ、あぁ〜っ! おにいさまああぁあぁ〜ッ」
「い、いいっ! あっ、あぁ〜っ! おにいさまああぁあぁ〜ッ」
突然、部屋に響いた愚妹の奇声。
(またか……)
蓬はディスクを一時停止させ、収納スペースに隠れて身悶えていた愚妹の首根っこを掴んで引きずり出すと、一分間ほどサンドバッグの代わりに使用し、部屋の外へと放り出した。
☆
その日、大学から帰宅した蓬を玄関で迎えたのは、「ある衣装」に身を包んだ愚妹さくらだった。
「……なんだ、それは」
訊くまでもない。さくらが着ているのは、「ナデ○コ初代艦長」の衣装。さくらは、「初代艦長」のコスプレをしていた。というか、していやがった。
けして、「電子な妖精」の「二代目」ではない。「初代艦長」……のだ!
なんという冒涜! 汚されたッ。「初代艦長」を汚された気分だ。忌々しい。
「その服……どうしたんだ」
「小百合ちゃんに作ってもらいました」
コユリ……? しらない名だ。だが、どうだっていい。蓬にとって重要なのは、今、この瞬間、さくらがコスプレをして、「初代艦長」を汚しているという事実だった。
頭の中で、「ブチブチ」という音がしている。なにかが切れているのだろう。理性とか、そういった感じのものが。
しかし、「初代艦長」のコスプレをしているのがさくらでなければ、蓬もここまで「ブチブチ」させていないだろう。
と、さくらは、
「ぶいっ!」
キメポーズで、キメゼリフをいいやがったッ!
それはダメだ。それをしてはいけない。さくらは、禁断の領域に踏み込んでしまった。
ぶっちーんっ!
蓬の理性とかそういった感じのものが、完全に切断された。
あまりの怒りに、強く握りしめた拳と身体をプルプル震わせながら、
「脱げ……今すぐにッ」
蓬が告げる
(え!? い、今なんて……)
確かに、「脱げ」……と、蓬はいった。
これは予想していなかった事態だが、さくらのコスプレ姿に、蓬は「もうたまらなく」なってしまったのだろう……と、さくらの腐れ脳は判断を下した。
(お兄さまが、さくらに服を脱げと!? 服を脱いですることはきまってる。あぁ〜っ! つ、ついにこのときがあぁ〜ッ)
感涙にむせぶさくら。
「……聞こえなかった、のか」
慌てて、「初代艦長」の衣装を脱ぎ出すさくら。それにしてもこの衣装、オプションとかもちゃんとしていて、やけによくできている。それがまた、蓬の怒りを増幅させたのだろうが……。
衣装はもちろん、さくらはパンツまでも脱いで、完全なすっぽんぽんになる。相も変わらずなペッタン胸。巨乳好きの蓬にとっては、見る価値もないものだ。いや、見たくもないだろう。
満面の笑顔で、さくらが両手を拡げる。そして目をつむり、
(は、はやくッ! はやくきてお兄さまああぁあぁ〜ッ!)
「ついにきたそのとき」をまった。
……が、もちろん。
「テメェ! やっていいことと悪いことの区別をつけやがれッ。ブッ殺すぞッ」
メゴォッ!
蓬の鉄拳がさくらの顔面を的確に捉え、さくらは後方へとブッ飛んだ。
「……ど、どう……して?」
ブッ飛ばされながらも、不屈の精神というか執念というか、ぶっちゃけた感じ「ゴキブリなみのしぶとさ」で立ち上がろうとするさくら。
と、
ゲシッ!
今度は蹴りが、さくらの腹部にメリ込む。
「……げっ、げほげほっ」
廊下に膝を折り、さくらが咳き込む。しかし、まだ余裕がありそうだ。本当にしぶとい小娘である。
「お、おにい……さ、さま? な、なぜ……」
「なぜ……? だと?」
蓬は、さくらでもちょっとチビってしまいそうな残忍な顔で嗤うと、
ゲシゲシゲシッ! ボグッ、ボゴボゴッ! ガンッ! グシャッ!
いつものように、さくらをタコ殴りにして沈黙させた。
ぷしゅ〜っ……と、煙を上げて廊下に横たわるさくら。痙攣する余裕もないのか、ピクリともしない。が、蓬は気にもしなかった。どうせ三分後には復活するに違いない。まったく忌々しいことだ。
沈黙しているさくらはどうでもいい。というか、このまま消えてしまってほしい。蓬はさくらが着ていた「初代艦長」の衣装に目を向けると、再びさくらがこれを着て「初代艦長」を汚すのも腹立たしいので、多少「もったいない」とは思ったが、捨ててしまうことにして手に取った。
(それにしても、よくできるな……)
蓬が感心した、その瞬間!
「お兄さまが喜んでくださるのなら、さくらは一生その服で生活しますうぅ〜っ!」
(チッ! もう復活しやがったのかッ)
鼻血は垂らしていたが、それ以外はなんでもないようなさくらを、蓬は再びタコ殴りにしてオネンネさせる。
「ハァ、ハァ、ハァ……(コイツより先に、オレのほうが壊れちまう)」
さくらが完全にオネンネしていることを確認すると、蓬は「初代艦長」の衣装をもってその場を離れた。
その衣装を、できるだけ遠くへと捨てにいくために……。
☆
どうやら蓬は、「こすぷれが好き」ではなかったようだ。もしかしたら、「あんなこと」をしたのは照れ隠しなのかもしれないが、少なくともさくらが予想したようにはいかなかった。
「まずは、お兄さまの恥ずかしがり屋さんをなおさなきゃ……」
蓬は「恥ずかしがり屋さん」だ。さくらの中では、どうもそうなっているらしい。そうでもなければ、「きっと、さくらのことが好きでたまらないはずの蓬」が、「あんなこと」をするはずがない……と、この腐れ脳味噌は思っているのだ。
「まっててね、お兄さま。さくらの愛で、きっとお兄さまの恥ずかしがり屋さんをなおしてあげるわっ!」
さくらは、隠し撮った蓬の半裸写真に向け、強く誓った。
次回予告
日曜日の駅前広場。ベンチに腰を下ろし、ぼけっとしたツラでぼけっとしていたさくらは、ある一組のカップルと出会う。
その出会いは、さくらと蓬の運命を大きく変えることに……は、ならないんだろうなぁ?
次回「つるぺた天使・邂逅篇」
天使の微笑みは、ほら、キミのすぐ隣に……。
次回は、「りとえん」でもお馴染み(なのか?)の、双子姉妹の妹のほうが登場。
終わり