「つるぺた天使・邂逅篇」  人面石発見器


 朝比奈一家が住んでいるのは、楓の辻町という町だ。
 楓の辻町の駅前広場には、「変な像」「珍奇ななにか」「とっぷるさん」……などと呼ばれ、あまり町民には親しまれていないモニュメントが中央に設置された円形の噴水があり、その噴水を囲むようにベンチが設置されている。
 日曜日の午後三時ごろ、青く晴れわたった空の下。
 朝比奈さくら(あさひな さくら)は、そのベンチの一つに腰かけ、ぼけっとした顔で、見かけ通りぼけっとしていた。
 さくらの視線の先。時計塔の下では、誰かと待ち合わせでもしているのだろうか、さくらと同い年、もしくは少し上くらいのおんなの子が、なんだかソワソワした感じでたたずんでいる。
 と、おんなの子がハッとした顔をして、一瞬その面で「嬉しいっ!」……を目一杯に表現すると、表情を改めて少し怒ったような形に変えた。
「もう! ゲンちゃんおそいよぉっ」
 待ち合わせていた人物がきたのだろう。そういったおんなの子に、一人の青年が近づいてきた。
「ご、ごめん、亞綺ちゃん……撮影が伸びちゃって、電車に乗るの遅れちゃったんだ……ホント、ごめんね」
「くすっ……じょーだんだよ。亞綺、おこってないよ?」
 おんなの子は微笑み、彼氏(?)の腕にしがみつく。すると彼氏(だろう、二十歳前後で、男性というよりは女性のような顔立ちをしている)が、腕にしがみついてきたおんなの子の額に、触れるようなキスを送った。
「チッ! 見せつけやがってッ」
 ……と思うのが、「さくらが置かれている状況」を考えれば普通のことなのだろうが、さくらは「そう」は思わない。
 思う前に、
「あれが、さくらとお兄さまだったら……」
 などと、妄想を脹らませていた。
「お兄さま、おそいですぅ〜」
 デートの待ち合わせに遅刻してきた、大好きな兄、蓬(よもぎ)。
 別に一緒の家に住んでいる兄妹なのだから、いちいち待ち合わせなんて面倒くさいことをする必要はないと思うのが「常識的」ってものだろうが、そんなことを考えてしまっては妄想が脹らまないし、さくらも考えていないのでこのまま突っ走ることにする。
「ごめんな、さくら」
 蓬が、申し訳なさそうに謝る。さくらはちょっとすねた顔をしてみたりして、
「さくら、心配しました。お兄さまに、なにかあったんじゃないかって……」
「……さくら」
 公衆の面前にも関わらず、突然でぃーぷな接吻を繰り広げる二人。妄想とはいえ、話のすじなんかあったもんじゃない。
「ぅんッ……ん、うぅんッ」
 いつの間にかさくらの脳内劇場は、バラが散るベッドの上にシーンが飛んでいた。もちろん二人はすっぱだかだ。
 蓬の手が、さくらの頬をなでる。
「おにい……さま」
 うっとりと、蓬を呼ぶ。
「さくら……」
 蓬が、真剣な顔つきでさくらを見つめる。と、さくらの頬をなでていた蓬の手が、徐々に下へと移動していく。
「あっ……」
 膨らみのない胸に触れた手に、さくらは思わず吐息を漏らす。
「恥ずかしいかい?」
 その問いにさくらは首を横に振り、
「さくらは、お兄さまのさくらです……から」
 もう、まったくもって理解不能な言葉を返した。そしてどういうわけか、妄想は一気に加速。飛び散るバラの花びらの中、さくらと蓬は、まぁ、そういうことへと。
「さくらッ! さくらッ」
「お兄さまっ! おにいさまあぁ〜っ」
 しかしここで、
「ね、ねぇ……? あなた、だいじょーぶ?」
 との声に、さくらの妄想は中断させられてしまった。
「すっごく、目がイッちゃってたよ? びょーき?」
 うむ。ある意味病気だ。あんた正解。
 そういってさくらを妄想世界から浮上させたのは、さきっきのおんなの子だった。おんなの子のすぐ後ろには、女みたいな顔の青年が立っている。
 妄想馴れしているさくらの腐敗した脳は、妄想世界と現実世界との切り替えが早い。
(そ、そうだ! この人たちにきけばっ)
 思いさくらは、
「あなたたち、ラブラブですか?」
 と、おんなの子に訊ねた。
 さくらの問いに、おんなの子は青年をちらりとみると、すぐに視線を戻し、
「ラブラブよっ!」
 いい切った。
「だっ、だったら教えてくださいっ! どうしたら、好きな人とラブラブになれるのかをっ」
 せっぱ詰まった感じの、さくらの表情。
「……なにか、じじょーがあるよーね」
 おんな子はいって、さくらの隣りに腰を下ろした。

     ☆

 おんなの子の名は、瀬良原亞綺(せらはら あき)。さくらより一学年上で、四年生だそうだ。で、女みたいな顔をした青年は、福井源二郎(ふくい げんじろう)。亞綺の彼氏だという。
 話を終えたさくらに(どうも、事実とは異なっているとしか思えない内容だった。さくらに都合のいいというか、さくらが「こう」だと思い込んでいるというか……)、
「で、けっきょく、お兄さんもあなたのこと好きなの?」
 亞綺が、肝心なことを問う。
「う、うん。きっと、好きなんだと思う」
 ウソ吐くな! とツッコんでやりたいが、さくら自身が「そう」思い込んでいるので、これは仕方がない。
「だったら、思いきってやっちゃえば?」
「亞、亞綺ちゃん……なにいってるの」
 思いきり過ぎなことをいう亞綺に、亞綺の隣りに座る源二郎がいう。
「でも……お兄さまは、恥ずかしがり屋さんだから……」
 恥ずかしがり屋とか、そういう次元の問題じゃないと思うが……。
「ゲンちゃんだって、さいしょはそーだったよ? ね?」
「え? ……う、うん」
「でも、今じゃバリバリよ」
「バリバリ……?」
「そう! バリバリ」
 バリバリといわれた源二郎は、すごく困った顔をしているが、事実なのでいい返せない。コイツは、女のような顔に似合わずバリバリなのだ。
 なので源二郎は、さくらの話ではどうもピンとこなかったことを訊ねることにした。
「えっと、本当の兄妹……なんだよね?」
 お兄さま……とはいっていたが、さくらの「想い」の強さからいって、血の繋がった兄妹だとは思い難かったからだ。
 しかしさくらは力強く肯き、「ビシッ!」と右手親指を立てた。その行為というかサインになんの意味があるのかはわからなかったが、源二郎は「どうやら本当の兄妹らしい」……ということは理解した。
 でも、いくら好きあっているとはいえ、近親相姦はマズイんじゃないのかなぁ……? と、源二郎は思った。別にさくらと蓬は「好きあって」いないが、源二郎にそこまではわからない。
「そ、それはちょっと……難しいんじゃないかなぁ」
「ちがうわゲンちゃんっ! 愛しあってるなら、兄妹だろーと親子だろーと、なんのかんけーもないのよっ」
「い、いや、関係あると思う……」
「ないわっ!」
 と、なにを根拠にか、亞綺は自信満々だ。
「あなたは、あなたの思うままにいけばいいっ! あなたはまちがってないっ。やっちゃえっ! おしたおしちゃえっ。おんなはおしのいってよっ」
 う〜ん……まぁ、さくらと蓬が「好きあって」いるのなら、それもいいかもしれないが……。ねぇ?
 亞綺の言葉に、さくらは表情を引きしめ、
「う……うん! さくら、やってみるっ!」
 蓬がこの場にいれば、この場でさくらをタコ殴りにするのだろうが、残念ながら蓬は家で大学のレポート作業をしている。
「ありがとッ! アキさん」
「そのいきよ。ガンバってね」
「はいっ!」
 固い握手を交わす、さくらと亞綺。それを横目に、「こ、これでいいのかなぁ……?」と、小首を傾げている源二郎。
「さ、いこ? ゲンちゃん」
 さくらとの握手を解いた亞綺が、源二郎の手を取る。
「え? う、うん」
 その二人に、
「アキさんたち、今からやるんですねっ!」
 さくらがいう。
「やるわっ!」
 亞綺が答える。
「バリバリなんですねっ!」
「バリバリよっ!」
 ニュアンスはわかるが、なんだか意味不明だ。源二郎は、「早くこの場から立ち去りたい」……というような顔をしている。
 そして亞綺と源二郎は、仲よさげに手を繋いで、「バリバリ」なことをしに(だろう)いずこかへ去っていった。
 さくらはその姿を見送りながら、
「さくらとお兄さまも、はやくバリバリにならなくちゃっ!」
 と、自分勝手な決意を新たにした。

 ……が。
 そもそも「蓬がさくらを好いている」……という、根本的なところで間違っていたので、亞綺のアドバイスは意味をなさなかった。
「死にたいのか? 死にたいんだなッ」
 この日も朝比奈家では、長男が長女をタコ殴る鈍い音と、タコ殴られながらも「すてきっ! あぁッ、お兄さまあぁ〜っ」などと奇声を発する長女の声が、家中にこだましましたとさ。


 次回予告
 別になにも考えてないや。
 またさくらが珍行動をとって、蓬を怒らせるのかなぁ……?
 まぁ、そんな感じ。
 次回「つるぺた天使・飛翔篇」
 天使の微笑みは、ほら、キミのすぐ隣に……。

 マンネリ化してきましたな。終了させますか? どうせ、さくらと蓬がラブラブになることなんて、絶対にないんですし……。



終わり