「雛菊」  人面石発見器


     0

 白。
 なにもかもが白一色。
 だから、白しか見えない。
 本当は鬱陶しく感じるくらい一杯物が溢れているけれど、目に映るのは白だけ。
 世界は白に犯された。
 白によって見えなく隠された。
 でもなくなったわけじゃない。
 見えなく隠されただけ。
 だから手を伸ばしてごらん?
 そこには、〈キミ〉の望むものがあるはずだから。

     1

 欲しいから手に入れた。誰にも渡したくないから自分の物にした。それのなにがいけないのか。
 邪魔する「モノ」は、「ナニモノ」であろうとも排除する。そう決めた。そう決めて実行した。誰がそれを、否定しうることができようか。
「渡さない…誰にも、渡さない」
 少女は絶対を「誓約」した。そう、自分自身を「誓約」で呪った。
 だからこれは必然で、偶然の連続ではない。これは、彼女の意志によって導かれた結果なのだ。
 例えそれが、他者にとって「歪んだ世界」であろうとも…。
 少女は勉強机とセットの椅子に、ショートパンツから伸びる足を組んで座って、少女の位置から二メートル強離れたベッドの上で、大切な部分を自分に見せつけるように脚を開き自慰に耽る、一糸纏わぬ姿の姉を凝視していた。
 少女の五歳年上の姉は、十六歳の高校二年生。年齢のわりに大人びた容姿と体型を持つ、腰の辺りで切り揃えた長い黒髪が似合う和風の美女。そして学校では、成績学年トップの才女だ。
 容姿端麗。頭脳明晰。学校での彼女は、男共が声をかけようにも躊躇ってしまうような存在である。だが妹の前では、彼女はそれと全く異なる存在となる。そう「誓約」がなされている。
「…お姉ちゃん。手、止まってる」
 無表情な顔と無機質な口調で、少女は告げた。
 大きな丸い瞳。細い眉。薄いが、色艶のいい薄桃色の唇。この少女の面が微笑みを形作ったのなら、さぞかし愛らしいことだろうか。だが少女の面からは、感情というものが伝わってこない。正に、完全な無表情だった。
「は、はぁ…も、申し訳…ございません…ひ、雛子さまぁ」
 少女、見崎雛子(みさき ひなこ)はショートカットで整えられた頭を軽く振り、
「誰が、休んでいいっていったの?」
 冷たい口調で告げた。
「で、でも、雛子さま…も、もう、一時間も…お、お願いです。す、少し…」
「オナニーしたいっていったの、お姉ちゃんでしょ?」
「そ、それは…ひ、雛子さまが…お、お姉ちゃんは…」
「いいから続けて」
 姉の懇願に耳を貸さない雛子。
「…は…はい」
 姉、見崎美鳥(みさき みとり)は、自分の「所有者」である妹の命令に諦めを含んだ返事を返し、右胸と股間で止まっていた手を再び動かし始めた。
「…あっ、あぁ、う、ふっうんっ…はぁ、ひくっ」
「もっといい声で鳴いて。それともまた、お母さんに見てもらいたい?」
 サッと、美鳥の顔色が青ざめる。それは見るからにわかるほどの、急激な変化だった。
「な、鳴きますっ! で、ですから、お母さんは呼ばないでくださいっ。お、お願いっ! ひなちゃんっ」
「…ひなちゃんって、誰?」
「あっ。い、いえ、雛子さまっ」
 雛子の大きな丸い瞳が、細長くなる。冷たい光が美鳥を射抜いた。
 美鳥はその光から逃れようとするかのように、激しく大きな胸を潰れるほど揉みしだき、すでに白く濁った愛液を奥から掻き出すかのように股間をまさぐって、甘い音色で鳴き始める。
 その鳴き声は、
「お姉ちゃん…今日は、もういい」
 雛子の「お許し」が出るまで、それから一時間ほど止むことはなかった。
「…あ、ありがとう…ご、ざい…まし…た」
 おぼつかない足取りで、雛子の部屋を後にする美鳥。ドアが閉まると同時に雛子は椅子から降り、ベッドに上る。そして、
「…お姉ちゃんの匂い」
 呟くと、シーツを濡らす美鳥の愛液の染みを舐め始めた。
 その顔は美鳥のオナニーショーを見ていたときのような無表情ではなく、十一歳、小学六年生の少女らしく、愛らしい微笑みを形作っていた。

     2

 雛子には物心ついたころから、不思議に感じていることが多々あった。
「どうしてあたしにはかんたんにわかることが、みんなにはわからないのかな?」
「どうしてあたしにはかんたんにできることが、みんなにはできないのかな?」
「どうしてようちえんのせんせいは、あんなばかにしたようなことばをつかうのかな?」
「どうしてままは、あたしをこわがっているのかな?」
 どうして? どうして? どうして?
 そして雛子は、幼稚園で孤立していった。母親は雛子の「力」を恐れ、父親は雛子が産まれて二ヶ月後に交通事故で亡くなっていない。そんな雛子の味方は、外でも家でも、姉の美鳥だけだった。
「ひなちゃんは、とても頭がいいのよ。だからなんだってわかるし、なんだってできるの。お姉ちゃんはひなちゃんのこと、とてもステキだと思うわ」
 姉がそういってくれた。雛子はそれでいいと思った。
「おねえちゃんは、あたしをわかってくれる。あたしのみかただ。おねえちゃんがそばにいてくれれば、あたしはそれでいい。ほかはいらない」
 そう、思った。
 親子三人の、ささやかな暮らし。いつでも美鳥が側にいてくれた。雛子はそれだけで、十分に幸福だった。自らの「力」を隠し、愚鈍を装うことも覚えた。
「お姉ちゃん以外のヤツらなんて、どうだっていい」
 幼稚園から小学校へ。しかし雛子の周りでは、姉と姉以外のどうだっていいクズという構成が、なんら変わることはなかった。
 それでも雛子は姉の美鳥が側にいてくれるから、自分を理解してくれるから、それだけでなんの問題もない毎日を送っていた。
 だがそんな問題のない毎日は、雛子が小三のとき、父親が残してくれた保険金を元手に母親がネット株取引に手を出し失敗したことで、崩壊の危機を迎えた。
 泣き、暴れるだけの母。
「…子供みたい」
 雛子は思った。
 だがこのままでは、美鳥が辛い思いをするかもしれない。母のことはどうだっていい、あんな人のこと知らない。
 しかし美鳥は違う。美鳥は雛子にとって、全てだった。
「あたしが、なんとかする」
 なにいってるのっ! 雛子になにができるっていうのっ! そんな母の言葉はムシして、
「お姉ちゃん。あたしなら、できる。お姉ちゃんがいうなら、あたし、なんだってできる」
 見慣れた、感情が読みとりにくい妹の顔。だが美鳥にはわかった。
「この子なら、ひなちゃんなら、きっとなんとかしてくれる」
 美鳥は母を説き伏せ、雛子に危機の打破を依頼した。
「お願いね。ひなちゃん…」
 雛子は一つ肯くと、母が使っていたパソコンの前に座った。
 一月後。最後に残っていた八十二万七千二百五円は、四百万円を超えていた。美鳥が褒めてくれた。抱きしめて、頭をなでてくれた。
「こんな簡単なことで、お姉ちゃんが褒めてくれる。もっと、褒めて欲しい。少し…本気を出しても、いい…かな」
 そしてまた一月後。二千八百万円を超えた。母親は最初の言葉を忘れたように、雛子を絶賛した。
「うるさい。だまれ」
 思ったが、口にすると美鳥が悲しむと思ったので、口にはしなかった。
「そうだ。もっと雛子にがんばってもらって、家を買いましょう。ねっ? 美鳥、雛子。そうしましょう?」
 母の言葉に、美鳥は少し眉をひそめていった。
「もう十分じゃない、お母さん。ひなちゃんは、まだ小学生なのよ? 私たちがひなちゃんに頼ってどうするの? 私たちががんばって、ひなちゃんを守ってあげるのが普通じゃないの?」
 だが美鳥の言葉は、母には届かなかった。
「もう少しだけよ。ねっ? いいでしょ? 美鳥」
 この頃にはもう、母は雛子が美鳥のいうことしか聞かないことを理解していた。雛子になにかやらせようと思うのなら、まず美鳥を抱き込む必要がある。
 今度は美鳥が、母にいいくるめられた。それは美鳥の中にも、今の古くて狭いアパートではなく、自分たち家族の家が欲しいという願望があったからに他ならなかった。
「…わかったわ。でも…本当に、家を買うまでだから…」
 自分の意志はムシされて母と姉の話しは進んだが、雛子はそれに対してはなにも感じなかった。
「お願いできるかしら…ひなちゃん?」
 申し訳なさそうにいう美鳥。
「お姉ちゃんがいうなら…あたし、平気」
 家。お姉ちゃんとあたしの家。大きな家がいい。お姉ちゃんみたいに、優しい家がいい。雛子は、「自分と美鳥の家」に想いを馳せた。
 建設費三億を越える邸宅に家族が移り住んだのは、雛子が小学五年生になろうとする春のことだった。平均よりも身体の成長が遅い雛子に対し、美鳥は高校生になる少女とは思えないほど、その容姿は大人のそれに近い形になっていた。

 新しい家での生活。瞬く間に一年ほどが過ぎた頃。母が再び、家族に不幸をもたらした。
 結婚詐欺。若い男に入れ込んだあげく、家の保証書と現金千数百万円を騙し取られたのだ。
「どうしてお母さんはいつもそうなのっ!」
「お母さんが悪いの…? お母さんは、あの男に騙されただけなのに…」
 美鳥の怒り声。雛子は聞きたくなった。
「…お姉ちゃん?」
「ひ、ひなちゃんっ? ご、ごめんなさい。うるさかったかしら…?」
 雛子は首を横に振り、
「少し…話があるの」
「話? なにかしら?」
 雛子は美鳥を三階の自室に招き、二人きりになるといった。
「お母さんが、なにか失敗するの、わかってた」
「えっ? どういう…こと? ひなちゃん…」
「お姉ちゃんには内緒にしてた。あたし、お姉ちゃんを悲しませたくなかった」
「…なに? よく…わからないわ。お姉ちゃんひなちゃんみたいに、頭…よくないから」
 美鳥はいったが、実は美鳥は全国でも名の知られた名門校に、トップで合格している。
「あたし、お母さん見張ってた。探偵雇って、見張ってた」
「探偵…さん? ひなちゃんが雇ってたの?」
 肯く雛子。
「お母さん騙した人。今、どこにいるかわかってる。探偵に電話すれば、すぐに捕まえてくれる。だから、平気」
「ほ、ホントっ? ひなちゃん」
「あたし、お姉ちゃんにウソいったことない」
「そ、そうよね。ご、ごめんなさい」
「…でも、条件がある」
「条件? なに?」
 美鳥の問いに、一瞬の三倍ほど雛子は停止し、いった。
「あたし、お姉ちゃんと二人だけで暮らしたい。お母さん、いらない」
 それはかつて、雛子が「あたし、納豆きらい」と口にしたのと同じ、平坦で抑揚のない口調だった。
「…っ! な、なにいってるのひなちゃんっ!」
「お母さん、また同じようなこと繰り返すよ。ずっと、何回でも繰り返す。そういう人だから」
 美鳥は言葉が出なかった。そうかもしれないと、雛子のいう通りかもしれないと思ったからだ。
 しかし美鳥にはどうしても、母を見捨て裏切ることはできそうになかったし、実際できなかった。
「…ごめんなさい、ひなちゃん。ひなちゃんがお母さんのことよく思ってないのは、お姉ちゃんもわかってるわ。
 でもね、ひなちゃん。お母さんは、やっぱり私たちのお母さんなの。見捨てることはできないわ」
 雛子は、これまで美鳥が見たこともないほど傷ついた顔をした。
「…お姉ちゃん。あたしとだけ一緒は…いや?」
 言葉に詰まる美鳥。九十秒ほどの静寂の後、
「他に、ひなちゃんがお姉ちゃんにして欲しいことはない? それ以外だったら、お姉ちゃんなんだって、ひなちゃんのいうこと聞くから…」
「…なんだって、いい…の?」
「えぇ、なんだっていいわ」
「ウソだったら、お姉ちゃんだから許さない。お姉ちゃんだから、ウソは許さない」
 凍えるような口調で美鳥にいい残し、雛子は自室を出ていった。残された美鳥は、初めて見るような「恐ろしい妹」の小さな背中を、唖然として見送るしかなかった。
 その日の内に詐欺師は捕まり、美鳥は雛子との「誓約」を突きつけられることとなった。

     3

「約束…守ってもらうから」
 過ぎ去った家族の危機。訪れた美鳥の苦痛。
「お姉ちゃんは、今からあたしの物。玩具。ペット。そして…奴隷」
 昼間話しを交わしたのと同じ、雛子の部屋。美鳥は一日で二度も、雛子の言葉に唖然となった。
「な、なにいってるの? ひなちゃん…」
「お姉ちゃんいった。なんだって、あたしのいうこと聞くって」
「い、いったわ…で、でもっ!」
「ウソ…だったの?」
「ウソじゃないわっ!」
「許さないって、いったよね。あたし、本気だから」
 下唇を噛む美鳥。頭の中がグチャグチャになり、身体が崩れてしまいそうだった。
 自分が雛子の「敵」にもならないのは、幼い頃から思い知っている。雛子が「本気」などという言葉を使うのも、初めて聞いた。それに雛子の、感情が宿らない凍えた眼。追いつめられた獲物のように、美鳥は動けなかった。
「…ひな…ちゃん」
「違う」
「えっ?」
「お姉ちゃん。ウソいってないんでしょ? だったら、違う」
「……」
「雛子さま。お姉ちゃんはあたしの物なんだから、あたしのこと、雛子さまって呼ぶの」
「本気…なの?」
「そう…いったはず」
 甘えを許さない、雛子の眼。
「ひなちゃん。本当に、本気だわ…」
 他のことならいざ知らず、美鳥は雛子のことだからわかった。雛子が本気で、自分を雛子の物にしようとしていることが。
 美鳥は「敗北」を受け入れた。そうせざるを得なかったし、それ以外の選択肢を見つけることができなかったから。
「…も、申し訳ございませんでした…雛子…さま」
 美鳥は雛子の足下に膝を折り、土下座した。全ては自分が招いた事態なのだと、認めるしかなかった…。

「…じゃあ、お姉ちゃん。服、ぬいで」
 足下に土下座する美鳥に、雛子は告げた。
「服ぬいで、エッチなことして。あたし、知ってる。お姉ちゃん、一人でエッチなことしてるの」
 美鳥の身体が小刻みに震える。
「あたし、お姉ちゃんのことなんでも知ってる。してるよね。エッチなこと。見せて」
 確かに美鳥は、自慰の経験がある。高校二年生にもなれば、経験がないほうが変だろう。だがそれを妹の目の前でするというのは、当然、抵抗も躊躇いも、恥ずかしさもあった。
「…許…して」
「ダメ。命令」
 雛子は即答した。
 美鳥が上半身を上げたのは、命令が下って三分は経過してからだった。
 まず美鳥が手をかけたのは、卵色の春物セーター。次いでその下に来ていたTシャツ。純白のブラが包む、十六歳の高校二年生にしては豊満なバストが蛍光灯の光に晒される。
 美鳥はそのまま立ち上がり、膝下までの薄茶色のスカートを落とす。ブラと同色のショーツ。飾り気はなく単純な作りだったが、身につけている者のせいか、色っぽく感じられた。
「これで…許してください」
「ダメ。全部ぬいで。全部ぬいで、エッチなことして見せて」
「ひなちゃ…い、いえ、雛子さま。本当に、許してください…」
「命令っていった。奴隷のくせに、生意気。お仕置きされたいの?」
 お仕置きというのがどういうものなのか、美鳥には想像もつかない。だが今の状態より、一層辛く恥ずかしいことだということは、容易に想像ができた。
 美鳥は雛子の視線に射抜かれたまま、その白い下着を外した。乳房に対して小振りな乳輪。色は鮮やかで、色素の沈殿はまったくない。秘部を覆う茂みは、身体の成熟具合にしては控えめだった。
「靴下も」
「…はい」
 いわれた通り靴下もぬいだ。美鳥は恥辱のあまり左腕で胸を覆い、右手で秘部を隠す。
「腕、邪魔」
 仕方なく腕を解く美鳥。
「さぁ…して。あたし、見てる」
 最後に雛子と一緒にお風呂に入ったのは、もう何年前のことだろう。少なくとも今の家に越してきてから、雛子とお風呂に入った記憶は美鳥にはなかった。
 そしてここは、お風呂場ではない。それなのに美鳥は、妹の前に大人びた肢体を晒している。
 現実離れしている。夢を見ているようだ。それも、悪夢を。
 だが悪夢は始まったばかりで、いや、それどころか、いまだ始まってもいないかもしれない。
「早く…して」
 目の前にいるはずなのに、どこか遠くから聞こえてくるような雛子の声に従い、自ら脚をM字に開き、雛子に秘部を見せつけるような姿勢で、美鳥はフローリングの床にお尻をつけて座り込む。一瞬、「冷たい」と感じたが、それはすぐにどこかへと消え去った。
 震える両手を大切な部分へと誘う美鳥。微かに咲いた花びら。なぜだろう、湿っていた。
 美鳥は一番気持ちいい敏感な突起を避け、やわらかく、濡れたワレメに沿って指を動かし始めた。こんな状況でも零れそうになる声を、唇を噛んで堪える。
 でももし、敏感な突起に触れてしまったらと考えると、美鳥は声を堪えきる自信はない。彼女は「敏感」な自分の身体を、初めて疎ましく思った。
「…声は? エッチな声、聞きたい」
 薄れゆく思考力。
「もう…どうだっていい。このまま、気持ちよくなりたい…」
 雛子の前での自慰。これまで経験したどんな自慰よりも、美鳥を快楽で支配していた。指で、軽くスリットをなぞる。それだけなのに、油断するとイッてしまいそうになる。敏感な突起を捏ねたくて仕方がない。気持ちいい声を出したいという欲求が、溢れ出してしまいそうだ。
 いつの間にか美鳥のヴァギナには、二本の指が第二関節まで埋まっていた。
 美鳥はこれまで、一度に二本も指を使ったことはないし、第二関節まで埋めるのも初めてだった。なのに彼女の恥ずかしい口は、それを簡単に飲み込んでいた。
 自慰の途中でも、激しい行為で処女膜を破ってしまうことを恐れていた美鳥。だが今は、そんな心配を忘れてしまっていた。
 気持ちよくなることしか、考えられなくなっていた。
「あっ、あぁうっんっ! は、はうっ、はぁ…ぅううぅんっ!」
 美鳥は快楽に負け、心が命じるままに気持ちいい声を奏でた。
「あふっ、は、はっ…うくぅ、い、ひいいぃ〜んっ!」
 頭の中が真っ白になる。もう美鳥は、自分がどこでなにをしているのか、それすらもわからなくなっていた。
 こんな気持ちいいのは初めて。このまま死んでもいい。
 美鳥が今の自分を見ることができたなら、この自分をどう感じるのだろう。
 涙と鼻水で顔中を濡らし、涎すらも滴らせている自分。右手で股間を弄り、左手で胸を潰しながら捏ねている自分。妹の目の前で、そんな恥ずかしい姿を晒している自分。
 しかし今の美鳥に、自分の状況、状態を、把握し考えることができるほどの理性は残っていなかった。
 獣のように自慰に耽る美鳥を、雛子の冷たい視線が逸れることなく射抜いていた。

 美鳥が急に動きを止めたのは、三回イッた後だった。
「は、はぁ…はぁ、はぁ…」
 脚を横にして、床に座り込む美鳥。息を吐くごとに、ピクピクと身体全体が小刻みに痙攣している。
 雛子は無表情な顔で美鳥を見下ろしながら、はいている裾の広がったショートパンツのベルトに手をかけた。
 雛子がそのショートパンツのベルトを、無造作に外す。
 パサッ
 重力に従うショートパンツ。そして当然露わになる、雛子のショーツ。後ろにネコのキャラクターがバックプリントされた、美鳥が雛子にと選んで買ってきた物だった。
 雛子はショーツをも無造作にぬぎ、小さく丸まったショーツを床に落とす。むき出しの下半身。驚いたことに、とても小学六年生の身体とは思えないほど未成熟で、茂みは影すらもなく、陰部は肌にはしる短い線でしかない。
 雛子は、まだ「はぁ、はぁ」と息を吐く美鳥の顔の前に、幼い股間を軽く脚を開いて突きつけた。
「舐めて」
 いわれるがまま、ぎこちない動作で雛子の股間に顔を埋める美鳥。
「雛子…さま」
 思わず呟いていた。だがその呟きを、美鳥自身は認識していなかった。
 ちゅっ…ちゅく、ぴちゃ…ちゅ、ちゅぱっ
 美鳥は雛子の細い腰を両手で掴み、ひざまずく姿勢で顔を雛子の股間に埋め、やわらか過ぎるとも思える秘部を舐める。
 美鳥は、自分がなにをしているのかはっきりとしない。ただ脳髄が溶けるほど、その場所は舌に気持ちよかった。
 次第に、美鳥の舌が激しさを増して蠢く。やわらかい肉に吸い付き、内部に舌を差し入れて穿る。美鳥はその行為に、夢中になっていった。
「なんだろう、これ? やわらくて、とても美味しいわ…」
 やわらかくて美味しいモノを、音を立てて貪る美鳥。
「美味しい。ずっと、こうしていたい」
 と、不意に、
「飲んで」
 上方から雛子の声が聞こえた。
「…あれ? ひなちゃんがいるの?」
 思うと同時に、美鳥の口腔内に温かい水が注がれた。
「う、ふぐっ!」
 突然の放尿。初めて口にする小便。味などわからない。そもそも美鳥は、それが雛子の小便だとは想像もしていない。それはただ、とても温かかった。
 雛子の股間から顔を離し、「げほげほ」と咳き込む美鳥。咳き込む美鳥の頭に、雛子は放尿を続けた。
 全部出し終えると雛子は、
「飲んでって、いったのに」
 冷たく言葉を放った。
「零したの、全部舐めて」
 床に、異臭を放つ水溜まり。美鳥の身体を伝う黄金水が、その水溜まりを大きくしていく。
 湿った髪を身体に張り付けて、美鳥は雛子を見上げた。その顔は、今にも泣き出しそうな顔だった。
 ここでやっと、美鳥は現実を直視した。自らの身体を滴り落ちる、雛子の小便。認めた途端。美鳥はその異臭に吐き気を覚え、口を両手で塞いだ。
「ウッ…」
 胃そのものがせり上がってくるように、こみ上げる吐き気。
「ダメ…我慢できないっ!」
 口元で重なる手の平。その隙間から、溢れるように嘔吐物が零れた。
 ビチャッ!
 雛子の小便と美鳥の嘔吐物が床で混ざり合って、古い公衆便所のような臭いが室内を満たす。
「…くす」
 微かに、本当に微かに、雛子が笑い声を漏らした。美鳥は嘔吐物で汚れた顔に呆然とした表情を宿らせ、床を染める汚物に、ゆるんだ尿道をから漏れ出す自分の小便を加えた。
「お姉ちゃん。床…舐めて、奇麗にしてね」
 その言葉は、美鳥の耳にも心にも届いてこなかった。が美鳥は、最終的には雛子の言葉通りの行為を遂行した。
 低下した思考力のまま自室に戻った美鳥の中で、これまでの自分と雛子の関係が、うち寄せる波に飲み込まれた砂城のように、静かに崩れていった。

    4

 脱水症状を引き起こす寸前まで強制されたオナニーショウを終え、美鳥は裸のまま自室に戻った。そしてそのまま、自分のベッドに倒れ込んだ、
 この四ヶ月間。一日も欠かされることなく与えられた恥辱。自分が雛子の「所有物」であり、雛子が自分の「所有者」であるということを、このまま「認めて」しまいそうになる。
「雛子さま」
 自分は本当に、雛子を「ひなちゃん」などと軽々しく呼んでいたのだろうか。そんな軽々しく呼べていた日々を、美鳥は残夢ように朧気に感じた。
 雛子の変化。
「ひなちゃんは、変わってしまった」
 美鳥は自分を責めた。ここまで「雛子を追いつめた」のは、自分だ。自分以外の誰に、雛子を追いつめることなどできるだろうか。
 雛子を「変えて」しまったのは、美鳥自身に他ならない。雛子が変わってしまったのは、知らず知らずの内に、自分が雛子を追いつめてしまったからだ。美鳥は、そう理解した。
 行き止まり。自分と雛子は、「行き止まり」まできてしまった。そしてもう、戻り道は途切れている。
 美鳥は、自らの身体に刻まれた雛子の「力」を知ってしまっているし、その「力」から逃れることができないことも、知ってしまっていた。
 どこかで、雛子の命令を心待ちにしている自分。雛子の前で痴態を晒し、あの冷たい眼で射抜かれることで得られる、なんともいいようのない快感。
 私は、もうダメ。もう戻れない。もう、ひなちゃ…いえ、雛子さまから逃げられない。
 でも、このままでいいわけがない。こんな関係は「歪んで」いる。倫理的ではない。
 だから…
「もう、全部終わりにしよう…」
 決断を心に誓い、美鳥は、「最後」になるだろう目覚めを迎えるために、その瞳を閉じた。

 翌日。雛子は、なにかが覆い被さる圧迫感で目を醒ました。
 そっと目を開ける。目の前に美鳥の顔があり、下着姿の美鳥の両手が自分の首を掴んでいた。
「…殺す…の?」
 雛子の細い首にかかった美鳥の両腕。震えていた。
「だって…もう、こうするしかないじゃないっ!」
 美鳥の頬を伝う温かな涙が落下し、乾いた雛子の頬を濡らす。雛子は開けたばかりの目を再び閉じ、
「…いいよ」
 呟くようにいい、穏やかとも思える表情をした。
「ひ…ひな、ちゃん…?」
「殺しても、いいよ」
 美鳥はハッとした。ようやく気がついた。「こうされる」ことが、雛子の望みだったということに。
「ひなちゃん…あなたっ!」
 美鳥の腕が、雛子の首から離れる。
「…失敗…かな」
 静かに瞼を開ける雛子。
「やっぱりお姉ちゃんは、あたしのことなんでもわかる。すごく…嬉しい」
「…どう…して? そんなに、お姉ちゃんのことが好きなのっ? 殺されたいって思うくらい、お姉ちゃんが好きなのっ?」
「うん…大好き」
 雛子の望み。美鳥に殺されること。
 美鳥は雛子を殺して、自分も死ぬつもりだった。雛子はそれを理解していた。
「あたしは、お姉ちゃんに殺される。お姉ちゃんは、あたしを殺して死ぬ。お姉ちゃんはあたしを殺してまで、生きていることはできない。
 あたしが死んで、お姉ちゃんも死ぬ。それであたしとお姉ちゃんは、一つになれる。ずっと、永遠に、一つになれる」
 これこそが雛子の、「本当の望み」だった。
 だが雛子は、美鳥が死ななくてもいいとも考えていた。その場合美鳥は、一生雛子の「生」を背負うことになるだろう。雛子のことばかりを考え、雛子のために一生を捧げるだろう。
「どっちでもいい。どうせお姉ちゃんは、あたしの、あたしだけのお姉ちゃんになる。誰のお姉ちゃんでもない。あたしだけのお姉ちゃんに…。
 お母さん…あの人のことなんかどうだってよくなって、あたしのことだけ「見て」くれる」
 雛子はその「本当の望み」を叶えるために、美鳥を「自分の物」にした。美鳥が自分に殺意を抱くようにし向けた。
 美鳥が母を見捨てられないといった瞬間。雛子は刹那にして、この「プログラム」の設計図を引き、そして組み立て実行した。
 自分が雛子の「プログラム」通りに動かされていたことを、そしてその「プログラム」の全貌を、美鳥は雛子に説明されなくとも全て察した。
「どうしてお姉ちゃんなのっ? お姉ちゃんじゃなくちゃいけないのっ」
「…決まってる。お姉ちゃんだから。お姉ちゃんだけが、あたしの味方だから。お姉ちゃんが、あたしの全てだから。それにあたしが、お姉ちゃんのこと、大好きだから…」
 微笑み。雛子の明らかな微笑み。美鳥は、心臓を鷲掴みにされたそうに感じた。とても、苦しかった。
「ひな…ちゃん」
「あたし、お姉ちゃんがいたから、生きてきた。お姉ちゃんがいなかったら、もっと、ずっと前に死んでた。耐えられなかった。生きることに」
 それは事実だ。もし美鳥の存在がなければ、雛子は自らを終わらせることを簡単に選択しただろう。
「やっぱり…お姉ちゃんがひなちゃんを、こんなことしなくちゃならないくらいに追いつめたのね? お姉ちゃんっが、お母さんのこと見捨てられないっていったから…なのね?」
「あの人に、お姉ちゃんの一欠片だって取られたくなかった。我慢できなかった。だから、全部奪ってやるって…そう、思った」
「…お姉ちゃんの気持ちは、考えてくれなかったの?」
「考えたけど、ダメだった」
「どうして?」
「わからない?」
「…わからない…わ」
「簡単。あたしも、人間だから。好きな人のことになると、理性的じゃなくなるって、そんな部分もあるから。
 だからあたしは、お姉ちゃんをあたしだけのお姉ちゃんにすることしか、考えられなかった。それ以外のことは、どうでもよかった。考えたくなかった」
「…わがままね。ひなちゃんは…」
「嫌い? わがままなあたしは、嫌い?」
「ううん…好きよ。だって私は、ひなちゃんのお姉ちゃんだもの。ひなちゃんは私にわがままいってもいいって、それが当然だって権利をもっているもの」
「…じゃあもう一つ、わがままいっていい?」
「いいわよ」
「もう一度いうね。あたしと、二人だけで暮らして」
 雛子がこういうことを、美鳥は確信していた。そして自分が告げるべき言葉も、理解していた。
「…うん、いいわ。二人で暮らしましょ?」
 これでいい。あのとき、本当はこういうべきだった。自分が「しがらみ」を捨てきれなかったことが、雛子を追いつめる結果になってしまった。
 美鳥は一番大切な「モノ」をはっきりと認識し、「もう二度と、見失なったりしない」と心に刻んだ。
「本当?」
「私がひなちゃんに、ウソをいったこと…ある?」
「…ない」
「二人で…暮らしましょ」
 美鳥の言葉に、雛子は涙さえ流さなかったが、その顔は誰が見ても泣いていると感じる形だった。
「あたし…家、買ってあるの。お姉ちゃんと、あたしの家」
「どこに?」
「奇麗な海がある街。桃の丘市って街。お姉ちゃん、知ってる?」
「うん…知ってる。テレビで、観たことがあるわ」
「そこにね、家…買ってあるの。ずっと前から、この家が建つ前から、この家買う前に、買ったの。お姉ちゃんとあたしの、あたしたちの家。大きくて、日当たりがいい家。もちろん、海が見える家」
「そう…素敵ね」
「うん。でも、お姉ちゃんほどじゃない」
「そうね。ひなちゃんほどじゃ、ないかもね」
 自然と、美鳥は雛子と唇を重ねた。触れるだけの、重なるだけの口づけ。
「…初めて」
 夢を見ているような顔で、雛子は呟いた。
「なにが?」
「キス」
「そう…だったわね。じゃあ、二回目」
 二回目のキスは室内に湿った音を響かせ、二人は互いに、互いの味を交換した。
 どこからか響く潮騒。心地よい潮の香り。幻だとわかっている。だが雛子は、今この瞬間は、その幻に身を委ねた。
 だがいつか、この幻は幻ではなくなる。だから今は、幻に包まれているのもいい。二人が潮騒の中でこうしてキスを交わすだろうことは、もう、「約束」されているのだから。



終わり