「足元の花」  人面石発見器


 アンサ帝国の国都フルスには、悪名高い快楽街が存在している。
 アリーナ(薄紫色の花をつける、主に湿地帯に群生する植物)通りと呼ばれているその一角は、フルスでも一番治安が悪い場所である。
 ゴロツキや傭兵崩れが我が物顔で闊歩し、彼らを挑発するような格好の娼婦たちが娼館を出入りしている。
 かつて大陸一の大国であったアンサ帝国だが、三年ほど前に「黄金の魔王」の襲撃を受けて以降その国力は低下の一路を辿り、今では国全体が乱れていた。
 「有翼王ライル」が納める隣国リーファンと比べると、国力は三分の一程度だろうか。三年前にはそれが反対だったことを考えると、近年の国内の乱れには深刻なものがあった。
 貧富の差が明確になり、飢えて死ぬ者の数も増えている。これまでなら、考えられなかったことだ。
 「有翼王ライル」とリーファン十六翼将によって、「黄金の魔王」の驚異が大陸から駆逐されてもう一年以上が経過した。
 ライルが提唱したいわゆる「イーシャス条約」によって、大陸に存在している六つの国の間には十年間の非戦条約が結ばれていて、その間アンサ帝国が他国の侵略に晒されることはないだろうが、条約がきれた以降のことはわからないし、それまでアンサ帝国が存続しているとも限らない。
 それほどまでに、今のアンサ帝国は疲弊しきっていた。
 全ては「黄金の魔王」と、彼が率いていた魔物たちによって。
 結局。彼は何者だったのだろうか。
 金色の髪をもつ十四、五歳の少年。少年の姿をした『なにか』。
 魔物を率い、統率し、大陸を蹂躙した『なにか』。
 有翼王ライルとその軍によって退けられたが、彼はどこから来て、そしてどこに去っていったのか。
 ライルが、リーファンが多くを語ることはない。ただ、『黄金の魔王』の驚異は去ったと、大陸中に公表しただけである。
 なぜライルは、そう言い切ることができたのだろう。
 リーファン以外の他国では、
「リーファンは魔物と取引をしたのだ」
「リーファンこそ、魔物を影で操っていたのだ」
 などという者もいるが、それは噂、中傷の域を出ていないし、そんなことを信じている者は殆どいない。
「有翼王ライルこそ、大陸を救った救世主である」
 そう考えている者が大半を占めている。
 「黄金の魔王」の驚異から解放された大陸は、復旧に向かって進んでいる。
 そう、アンサ帝国を除いては…。

「ミューリー。お客さんだよ」
 名を呼ばれ、ミューリーは洗い物の手を止めて返事を返した。
 日が暮れかけたアリーナ通り。ここでは、これからが一日の始まりだ。
 ミューリーはパタパタと小さな足音を響かせ、彼女を呼んだ「クラリス姉さん」の元へ向かった。
「まだ日が落ちきっていないのに、ご苦労なことさ」
 クラリスは忌々しいという口調で呟く。
「…でも、クラリス姉さん…」
「はッ! 分かってるって…お客さんが来てくれなきゃ、あたしたち食べていけないもんね」
 ミューリーは肯き、仕事に備えて着替えを始めた。
 ボロボロのみすぼらしい普段着から、元締めから与えられた仕事着へと。
 それは、この国が大陸一の大国と呼ばれていた時代なら、その辺を歩いている普通の少女が着ていたような衣服である。
 しかし今となっては、ミューリーなどには到底手が出せない物になってしまった。
 ミューリーは黙って着替えを終え、
「さぁ、お仕事おしごと」
 自分自身を鼓舞するように、元気な声でいった。
 客が待つ部屋に向かうミューリーの後ろ姿を、クラリスはいたたまれないような顔で見送った。
「クソッ…なんでミューリーみたいないい子が、「こんな場所」にいなきゃならないのよッ!」
 吐き捨てられたクラリスの声は、彼女以外の誰に聞こえるでもなく、そしてそれによってなにが変わるわけでもなく、ただ、静寂へと置換された。

 ミューリーが所属しているのは、アリーナ通りでも年若い娼婦が揃っている娼館である。その中でもミューリーは、一番の年少だった。
 ミューリーはこの大陸では珍しくない紅い髪を肩胛骨の辺りまで伸ばし、まだ幼さが消えない顔(実際ミューリーは、まだ幼いと呼ばれる年齢なのだが)に輝きを与えている大きくて丸い深緑の瞳が魅力的な、可愛らしい少女(幼女?)である。
 年齢は、推定だが八歳から九歳。身長は百三十センチを少し超えるほどで、彼女の年齢を考えるとそれは平均的だろう。少し痩せすぎているとも感じられるが、この年齢の少女として不自然なほどではない。スリムな体型なのだといわれれば、そうなのかもと感じるくらいだ。
 ミューリーが示された部屋に入ると、そこで彼女をまっていたのは見慣れたなじみの客だった。
 四十歳ほどのブヨブヨと太った男。下級貴族だという噂だが、今のアンサ帝国で下っ端貴族にどれほどの「価値」があるというのだ。小金持ちというだけの話だ。
 そもそも、貴族たちが民衆に対して行ってきた、そして今も行っていることは、「盗賊」となんら変わるものではない。
 ミューリーはこの男が嫌いだった。ブヨブヨしていて気持ち悪いということではなく、傲慢で命令口調だし、彼女を乱暴に扱うからだ。
 だがそんな最低の男でも、客には違いない。
 娼婦という職業である以上、客の選り好みはできない。そんなことをいっていれば食べていけない。
 とはいっても、客が払う金銭がミューリーの手に入るわけではない。ミューリーに与えられるのは、仕事に見合った(と元締めが考えている)食事だけである。
 三年前、家族全てを魔物に殺されたミューリーを拾い、彼女に娼婦という職業を与えたのが元締めだった。
 元締めは、この娼館以外にも幾つかの娼館をもっていて、アリーナ通りでは名の知られた男である。
 年齢はまだ若く三十代前半らしいが、それよりは確実に若く見える。
 ミューリーは、元締めには感謝している。今彼女が生きていられるのは、元締めがいたからだ。彼がミューリーを拾ってくれなければ、彼女は三年前に死んでいただろう。
 確かに苦しいこともあるし、最初は身体を売ることにも抵抗があった。そもそも、セックスなどということは知らなかった。そんな歳ではなかった。
 普通なら、今の年齢でも知らないだろう。
 ミューリーは、正常な成人からなら、まだ性の対象してみられる年齢ではない。「黄金の魔王」が現れなければ、彼女は家族と共に幸せに暮らしていただろう。このような「汚れた世界」など知ることもなく。
 だが、ミューリーは知ってしまった。知らなければ生きていられなかった。
 幼い身体を売り、食べ物を手に入れる。
 生きる。
 死なない。
 その為には、これ以外の手段はなかった。
 それに、ミューリーと同じ様な境遇の少女はたくさんいたし、娼館の「姉さんたち」は彼女に優しくしてくれる。
 少なくとも、彼女は孤独ではなかった。
 それだけが、たった一つの救いだろう。
「いらっしゃいませ」
 部屋の扉を閉め、ミューリーは男に深々と頭を下げる。が男は、そんなミューリーにはなんの感心も示さず衣服を脱いで裸になると、「しゃぶれ」といってベッドに腰を下ろした。
「はい」
 ミューリーは男の開いた股の間に跪き、しなびて異臭を放つペニスを小さな口に入れ舌を這わした。
 ピチャぴちゃ…チュクちゅく…
 湿った音が狭い室内に響く。ミューリーは小さな口いっぱいにペニスを頬張り、舌をクネクネと動かした。
 やがて、ミューリーの口腔内に収まらなくなるペニス。ミューリー大きくなったペニスを口から出し、裏筋を丹念に舐め始めた。
 男の陰毛がミューリーの可愛い顔を撫でるが、彼女はそんなことは気にもならない。男が満足するように優しく袋を揉み、忙しく舌を動かす。
 裏筋を好む客は多いが、同じ動作では飽きられる。ミューリーは全部は無理なので、先端だけを口に入れ、歯が当たらないように気を使いながら唾液を塗り付けた。
 生臭い特有の味と臭い。
 口の中に唾液が溜まると、ミューリーはペニスを出してそれを飲み込み、再びあらゆる角度から肉棒と袋をしゃぶる。
 そんな動作を繰り返す内、男がミューリーの小さな頭を鷲掴みにして固定した。男が果てる前兆だ。
 できる限りペニスを口の中に押し込み、ミューリーは舌と、袋に置かれた手を動かした。
「くる…」
 思った瞬間。
 ドプドプッ!
 咽の奥に熱い精液が注ぎ込まれた。
 ミューリーはそれに咽せることもなく、一滴も零すこともなかった。
 咽の奥に熱い精液を張り付けせたまま、馴れた動作でペニスに吸い付き残りを吸い出すと彼女はペニスから口を離し、「ゴクンッ」…と咽を鳴らしながら精液を飲み込んだ。
 苦く、ざらざらとした精液。しかしミューリーにとっては、馴染んだ飲み物である。毎日まいにち飲んでいるし、精液を口にするのは当然のこととなっている。
 美味しいとは思わないが、不味いとも思わない。これが仕事だ。だから飲める。
「これで…よろしいでしょか?」
 男はそれには肯きもしないで、一言「脱げ」とふてぶてしくいった。
「はい」
 ミューリーはさっき着たばかりの仕事着を脱ぎ、幼い肢体を露わにした。客によっては服を着たまま行為に及ぶこともあるが、この男は服を着ていない方が好みらしい。
 ミューリーの身体は細く薄い。全く膨らみのない胸の先端には、色素の沈殿していない自然な色の小さめの乳輪と陥没した乳首が顔をみせていて、股間もつるつるで恥毛が生える兆候もない。だが「仕事道具」のスリットは微かに開き、完全な一本線というわけにはいかなく変形していた。
 それでもミューリーは性の対象としてみるにはあまりに幼く、こうして肢体をさらしているとどこか痛々しくも感じられた。
 男はそれが当然のように服を脱いだミューリーをベッドに押し倒すと乱暴に股を開かせて、濡れてもいないスリットに放出したばかりだというのに力の衰えていないペニスを添えて、一気に腰を落とし埋め込んだ。
「ひぎぃッ!」
 馴れてきたとはいえ、やはり痛い。ミューリーは思わず苦痛の声を発した。
 優しい客だと前技もあるし、ミューリーがあまり濡れる方ではない(彼女の年齢にも関係している)のを悟り、唾液をつけたりほぐしてくれたりするが、この男はそんなことをしない。自分のしたいように、ミューリーのことなど考えることなく行為に及ぶ。
 乱暴に腰を動かし、ミューリーに苦痛を与え、自分は快感を求める。それが当然だと思っている。
 自分は金を出して買ってやっているのだ。なにをしてもいいし、相手のことなど考える必要はない。
 ミューリーは眉間にしわを寄せ、下唇を噛んで必死に耐える。「痛い」とか「イヤ」とか、そんな言葉は絶対にいってはいけない。そう教えられているし、その通りだと思う。
 自分は身体を買ってもらっているのだし、それで食べ物を手に入れている。「姉さんたち」だって、みんなそうだ。辛いのは、苦しいのは自分だけではない。
 大きな手で細い腰を固定され、奥の奥まで突き刺される。メリメリと身体中が軋み、ズキズキと頭が痛む。
 それでも、耐えなければならない。
 拷問ともいえる男の行為が不意に止んだ。
 男はミューリーの中から出ると、彼女を押しのけてベッドに仰向けになる。ブヨブヨした弛んだ肉の間から、赤黒いペニスがそそりたっていた。
 ミューリーはそれだけで男がなにを望んでいるか悟り、「失礼します」といって男に馬乗りになると、自ら赤黒い肉棒を秘穴に添えて腰を下ろす。
 そして、「グチぐちゅ」と下の口で鳴きながら、一心不乱に小さな身体を上下させた。その動きにならって、やわらかい髪がフワフワと舞う。
 前髪は汗で額に張り付いていたが、それ以外の髪はサラサラと音が響かないのが不思議に思えるように乱舞していた。
 弛んだ肉だるまに跨り身体を蠢かせる幼い少女の姿は、淫靡というより無惨と表現する方が妥当だろう。
 それでもミューリーは自分に苦痛を与えながら、男に快感を与え続けた。
 頭がクラクラした。貧血を起こしているのが分かったが、必死で意識を繋ぎ止める。
 ぐちいぃっ
 腰を下ろすと、小さく狭い膣内いっぱいに異物が入り込んでくる。
 ズチャッ
 一気に腰を上げると、異物は膣壁を巻き込みながら外に顔を出す。
 何度もなんども、その繰り返し。
 グチャ…にゅちゃ、グチュゥッ
「ハッ…うはァ…ハッ…」
 気持ちよさそうな声を出さなければならないのに、思ったように出ない。
 ただ、苦しい。
「これじゃあダメ…もっと、もっと気持ちいい声をださなくちゃ…」
 そう思いながら、ミューリーは勢いよく腰を下ろした。
 その時、
 メゴォッ!
「ヒッ、ひゅぎゅぅうゥ〜ッ!」
 ミューリーが腰を下ろすのを見計らって、男が思いきり腰を突き上げた。
 これまでになかった激痛に、ミューリーが獣じみた悲鳴を上げる。
 内蔵を抉られ、身体を貫かれたかのような痛み。
「ヒィッ…ヒイィィッ…ハッはぐうゥゥ」
 身体を動かすのも忘れ、彼女は苦痛と激痛に大粒の涙を流した。
 男はサディスティックな笑みを浮かべると、痛みに苦しんでいるミューリーを壊すかのように、彼女の腰を手で固定して腰を激しく動かす。
「ヒッ! ヒィイィッ! ハガッ…ゲッ!」
 深緑の瞳が零れるほどに瞼を開き、ミューリーは涙と涎と鼻水をまき散らす。
 可愛い顔をグチョぐちょにして、それでもミューリーは拒絶の言葉は吐かなかった。
「イヤだ」と思った。
「痛い」と思った。
「苦しい」と思った。
 だが、言葉には出さなかった。
 ミューリーは悲鳴を漏らしながらも、「逃げたい」などと思うことなく、男の行為を受け入れ続けた。

「あ…ありがとう…ござい…ました…」
 結局時間を延長し、四度もミューリーを犯した男に向かって、彼女はくたくたになりながらも感謝の言葉を述べた。
 ガクガクと震える膝と腰を気力で押さえ込むと、ミューリーは股間から溢れる精液を内股に伝わせてベッドから降りる。
 そして、男が室を出ていくのを見送った瞬間。
 糸が切れたマリオネットの如く、床にへたり込んでしまった。
 だがずっと、こうしてへたり込んでいるわけにはいかない。
 まずは身体をきれいにし、そして室内の掃除をして、ベッドのシーツを取り替える。それを終えて、やっと一つの仕事が終わるのだ。
 ぐずぐずしていることは許されない。次の客が、ミューリーを待っているかもしれない。平均して、一日に三人の客がミューリーの身体を求める。彼女は店で三指に入る「人気物」だ。一日で、六人の客を相手したこともある。
 今日はまだ、たったの一人目。
 ミューリーは立ち上がり、汚れたシーツでシーツと同じように汚れた身体をくるむと仕事部屋を出て、「洗浄部屋」と呼ばれている身体を洗うための部屋に向かった。
 結局この日、ミューリーには全部で四人の客がついた。
 四人目の客が帰ったのは、夜明けも近い時間のことだった。
 日の出と共にミューリーに許された、僅かな眠りの時間。起きれば掃除、洗濯、皿洗い。やらなければならないことは山積みだ。
 そして夜には、「本業」が待っている。
 だが饐えた臭いの毛布にくるまり寝息を立てているミューリーの寝顔には、悲観の色は欠片もなかった。
「おかあ…さん」
 呟くような寝言と共に微笑むミューリー。
 それは野道の片隅で咲く名もない小さな花のような、ただひたすらに愛らしい笑顔だった。




終わり