「 続・つくしんぼ(上)」  遠州力



 僕とはるちゃんが、初めてのチューを交わしたあの日からもう丸三日になるがはるちゃんは、今朝も僕の部屋に姿を見せてくれていない。別にこれまでの経験からすればはるちゃんの来訪が中三日開くのもそう珍しい事ではないが、せっかくはるちゃんとチューが出来てもっともっと仲良しになれると思っていたのに、しかも世間は春休み……。
『ちょっと急ぎ過ぎてしまったのかな、相手は未だ十歳の女の子だもんな……あわてるこじきは、何とかって言うもんな』僕は自嘲気味に反省しながら天井をぼんやり眺めて溜息をつく。この三日間、僕は、はるちゃんが何時来るかとるかと心配でろくに買い物にも出かけられていないでいる。
 その時玄関の扉が大きな音をたて、開いた。
『あっ、はるちゃんだ!!』
 僕が体を起こすともうはるちゃんは、僕の目の前に立っていた。
「こんにちは」
「よう、久しぶり。どう元気かい」
「うん、げんき」
 僕のテンションは一気に上がる。
「まぁ座りなよ、どうぞ」
「うん」
「えーと、何か食べるかい?」
「う〜うん、いらない」
 どうもはるちゃんの様子がいつもと違うようである。
「どうしたの?何かあったの?」
 僕は、心配になってはるちゃんの顔を覗き込む。
 はるちゃんは、いつになく神妙な顔をして、僕を見つめてこう言った。
「……お兄ちゃん、ちゃんと聞いてね。
    はるねぇ、あのねぇー、あのねぇ……

        お引越しする事になったの……」
『ガーン!!A@#★??Z?%&:*+¥……』
 僕の、頭の中は一瞬で真っ白になった。
「あのねぇ、お父さんのお仕事がまだ長くなりそうだから、お母さんと一緒に中国に行くの」
「…………」
「  …………」
「    …………」
 僕は、混乱した頭の中で必死で何か言わなくてはと自分を叱咤するのだが、腰が抜けたように全く力が入らない。
『おう神様、何故僕ばかりがこんなめにあうのですか?これは夢だ、悪夢である。ああ夢なら醒めてくれ』
 わけのわからない想念だけが頭の中をぐるぐる巡っている。
「……」
 重い沈黙の中はるちゃんは、下を向いている。
「…………」
 僕は、まだ地獄の底でノックアウトされたまま起き上がることすら出来ない。
「………………」
 僕は、うつむいたまま下を向いて頭を整頓している。
「……………………」
 すると突然はるちゃんが沈黙を打ち破った。
「お兄ちゃん、これこれ、じゃーん」
 はるちゃんは、僕を呼び、A4用紙程度の紙を僕の目の前に広げた。
 僕は、ビックリしてはるちゃんを見て、次の瞬間に、自分に何が起こったのかすべてを理解した。
 その紙には『ドッキリ作戦!! 大成功』とマジックで書いてあったのだ。
「今日は、エイプリールフールですよぉ、お兄ちゃん。キャハハハ」
「あーもう……はるちゃん……」
「わーい。大成功キャハハハ、やった、やった!!」
「もう、……ひどいよ」
「あーん、ごめんなさい。そんなに怒らないで、お兄ちゃん」
「……もう……怒ったよ、スゴーク怒ったんだから」
 僕は、半分本気で、半分冗談で笑いながら怒ってみせた。
「そんなぁ、許してぇ、お兄ちゃん、肩でもおもみしますよキャハハハ」
 そう言いながら、はるちゃんは、僕の後ろにすっと回り込むと肩を揉みはじめる。
「お兄ちゃん、少し凝ってるね、はるねぇ、いつもお母さんの肩揉みをしてあげるから、上手いんだよ」
「うーん、昨日遅くまでレポートを書いていたからね」
「へー、○○大学生っていうのもお勉強することがあるんだぁ。はるねぇ毎日遊んでばかりいるかと思ってたよキャハハハ」
「ひどいなぁ、はるちゃん」
「キャハハハ、どう気持ちいい?」
「あー気持ちいい」
「あとねぇ、ここも肩こりのツボなんだよ」
 はるちゃんは、僕の手を取ると起用に手のひらを指圧し始めてくれる。
「イテテ、はるちゃん効くね」
「あぁー、凝ってる証拠だよ、ここでしょう」
「イテテテ、もういいよ、ありがとうはるちゃん」
「だめー、ちゃんとやってあげるからぁ、我慢しなさいお兄ちゃん」
 いつの間にやら、はるちゃんのペースになってしまっている。
「あー、お兄ちゃんツメが伸びてるねぇ、はるねぇ切ってあげるよぉ、爪切り何処にあるの?」
「いいよ、ツメぐらい自分できるからさ」
「あー信用してないなぁ、もうお兄ちゃんたら、指まで切られるって思ってるんでしょう。ひどいな」
「えー違うよ、ちょっと遠慮したんだよ。それじゃ頼んじゃおうかな、ほらあそこのラックの一番上に箱があるでしょう」
「はーい、あそこね。了解、隊長」
 はるちゃんはさっと立ち上がると、僕の前を横切りラックの前に立ち振り返る。
「これねぇ」
「うん、そうそう」
 僕は『やれやれ、はるちゃんの話が冗談で本当によかった』とホット息をツキながら背伸びをしてはるちゃんを見る。デニムのミニスカートに赤系のフードの付いたスタジアムジャンパーにお決まりの白のハイソックス。ラックの一番上の箱を取ろうとお尻を少し突き出すように背伸びをしている。丸くて小さくて可愛らしいお尻と細くて張りのある太ももは、まさに理想的なヒップラインである。
 僕は体を横に傾けながらスカートの裾からパンツをのぞきこみ
『やっぱり白かぁ、いつかあの完全なるお尻を自分の物にするぞぉ』と心に誓った。
 はるちゃんは、ジャンバーを脱いで軽くたたむと、僕の横にちょこんと正座をして太ももの上にタオルを乗せ、
「はい、お兄ちゃん、手を貸して」
 その上に僕の手を取ってツメを切ってくれはじめている。
 ――パチン、パチン――
 ツメを切る音だけが部屋に響いている。僕は、しばらくの間、物も言わずにただ目の前のはるちゃんの姿にボーっと見とれていた。はるちゃんは、僕と出会った頃から比べると幾分伸びてきた髪をコメカミの斜め後ろあたりで、水色のボンボンで結わえていて、とてもチャーミングである。その顔立ちを構成する一つ一つの曲線が微妙なバランスを保ちながら、寸分の狂いもなく正確に収まるところに収まっている。これは、もはや神のなせる技と言っても過言ではない。
「はるちゃん、そのボンボンかわいいね」
「あー分った、はるねぇ、今ねぇ、髪の毛を伸ばしているの」
「はるちゃん、器用だね、全然痛くないよ。こりゃはるちゃん良いお嫁さんになるよ」
「ヘヘヘン、見直したでしょう、じゃこっちの手を貸して」
 右手から左手に移ると僕は少し体をひねる形になり、いっそう目線がはるちゃんに近づく。はるちゃんの小さな指、おそらく僕の半分しかないであろうその指が、僕の指先から1本、1本上手にツメを切り落としてくれてゆく。
 そして最後の小指にさしかかった時に少し甘えた口調で
「ねぇはるちゃん」と呼びかける。
「なぁにお兄ちゃん」とはるちゃんもテンポをあわせる。
「あのね、ちょっとはるちゃんの心臓の音を聞かせて」
「えっええっ、し・ん・ぞ・う? 心臓って、ど、どういうこと?」
 はるちゃんは、黒目ガチの大きな瞳をより大きくして僕を見るが、その態度に拒否の意志は微塵も感じられない。
「いいよね? はるちゃん」
「いいけどぉ、どうすればいいの?」
 はるちゃんは、僕のツメを切り終えると肩を少しすぼめてキョロキョロと辺りを見る。僕は、はるちゃんのTシャツの胸に14とプリントされた4の字あたりに顔を持っていき
「こうするの、いいでしょう?」と右耳を密着させた。
「うん」はるちゃんは、小さな声で返事をしてくれた。
 やはりまだ少しの膨らみもおびていない小さな胸は、ほとんど皮下脂肪もなくすぐ肋骨にぶつかる
 ――ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――
 力強い鼓動が聞こえてくるが、思っていたより落ち着いた感じがする。
『はるちゃん思ったより落ち着いてるな。もっとドキドキしているかと思ったのに』
 ――ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――
 ――ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――
 ――ドキ、ドキ、ドキ、ドキ、ドキ――
 僕は、はるちゃんの心臓の音に吸いこまれながら『こうしているだけで、後はもう何もいらない』と思っていた。
 僕は、はるちゃんの胸でどこか懐かしく、暖かで、安らいだ感覚に全身が包み込まれている。
「どう? お兄ちゃん」
「うん、良く聞こえるよ」
「でもぉ、お兄ちゃん、かわいそう」
「えっ、どうして」
「だってさぁ、はるさぁ、胸が小さいもん」
「そんなことないよ、こうしてるととってもいい気持ちだよ」
「うそっ!! お兄ちゃんさぁ、巨乳が好きなくせに」
「そんなことないよぉ」
「だってぇ、お兄ちゃん、巨乳のエッチな本いっぱい持ってるじゃん」
『しまった!!』
 全く迂闊であった。良く考えてみると、はるちゃんがウチに来てくれるようになってからも、エロ本やエロビデオに何の配慮もせずにいた。はるちゃんは、かなりのヤキモチ焼きだから、かなり気にしていたに違いない。
「あんなのより、はるちゃんの方がずっといいんだよ」
 僕は、はるちゃんの胸にあった頭をそのまま下にずらし、膝枕してもらう体制に変更した。
「うそばっかり!!」
 はるちゃんは、上から見下ろすように、僕を見る。
「本当だよ」
「うそばっかり……」
 はるちゃんは、少しすねてしまったようだ。相当エロ本に嫉妬しているようである。
「本当だってば」
 僕は、膝枕からはるちゃんに向かって必死に訴える。
「じゃ、アレ捨ててくれる?」
「……いっ、いいよ」
「ホントー? 本当に捨ててもいいの?」
「いいよぉ」
 苦しまぎれに出た言葉が、大変な事になってしまった。あの中には、結構値の張る写真集もある、おそらく全投資額は、数万円になるだろう、全く迂闊であった。『トホホホホえらいことになったなぁ』
「でも、アレを捨てたら、かわりにはるちゃんのヌードを見せてくれる?」
 僕は、とっさに交換条件を出した。
「うっうん、……いいよ、でもアレを捨ててくれたらだよ」
「えっ、えっ、えっホントー、ホントにいいの?」
 僕は、あんまりあっさりとはるちゃんが同意してくれたことにビックリして、次に歓喜した。おそらくはるちゃんは、あそこまで僕を責めたので逆に引っ込みが、つかなくなったのだろう。でも僕にとってそれが幸運であった。たかだか数万円の写真集やエロ本を手放す事で、はるちゃんのヌードが見れるなら安いものだ。全く今日は、何という日だ、落ち込んだり、嬉しくなったりジェットコースターのような日だ。
「じゃはるちゃん、取りあえず、このバックに全部片付けるよ。後でリサイクルショップに売りに行こう」
「はるもねぇ、手伝ってあげるよ」
 こうなると二人の利害は、一致したのだから事は早い、テキパキと片付いていく。
「これで全部だね、フー疲れた」
 はるちゃんは、だまってコンポの方を指差す。
「あーこれもね」
 最後にスピーカーの裏に隠しておいたエロ本まで、はるちゃんは、しっかりお見通しだった。トホホ。
「じゃ、これは、こっちに片付けてと」
 僕は、想い出のいっぱいつまったエロ本が納められているスポーツバックを部屋の端に寄せた。
「これを売るといくらぐらいに、なるかなぁ?」
「はるちゃんに何か買ってあげるね」
「はるちゃん何か欲しいものある?」
 僕は、なかなかヌードの件が切り出せないでいるが思い切って。
「さぁはるちゃん、今度は、はるちゃんのヌードの番だよ」
「えっ、マジっすか」
「マジですよ、お願いだから」
「わかった」
 はるちゃんは、あっさり了承するとすっと立ち上がった。僕は、あまりにあっけらかんとしているはるちゃんに、とまどいながらもワクワクしながらはるちゃんに注目する。
「ほら」とTシャツをの裾をチラッとめくりおへそを見せてくれた。
「はい、おしまいね。キャハハハ」
「えー、それだけ」
 いくらなんでも、これでヌードじゃあまりにもずる過ぎる。
「だって、ヌードなんてはずかしいよ」
「えー、約束したじゃん、お願いだよ」
 ただひたすらお願いする。
「うーんどうしようかな」
 はるちゃんも全くその気がないようでもない。少しは脈がありそうである。
「おねがい」
 僕は両手を合わせる。もはやここまでくれば頼みまくるしかない。
「うーん、そうね。約束だよね、でえーもね」
 はるちゃんは、頼まれると断れないタイプのようなので、ここはとにかくお願いすれば、うまく行きそうである。
「そうだよ、約束したんだよ。お兄ちゃんだってあの本を全部手放すんだから、アレ高かったんだからね」
「でもぉ、はるねぇ胸はないしな、お兄ちゃんはるの裸なんて見たらねぇ、はるの事嫌いになるもん」
「そんなことないって、絶対かわいいってはるちゃんは」
「だってぇ、嫌われたくないもん」
「それじゃ、お尻だけでいいから、ね、ね、おねがい」
「うーんじゃ、お尻だけだよ」
「やった!!」
「もうしょうがないなぁ」
「さぁ、早く」
「じゃ、お兄ちゃん、そこから動いちゃダメだよ」
 やはりはるちゃんは、頼まれるとイヤといえないようで、ついに意を固めてくれたようである。
 僕を部屋の壁際にすわらせると自分はその反対側の端に立った。やはり間近で見られるのは、恥ずかしいのであろう。
「これくらい離れていたら、ちょっとは、いいかなぁ」とはるちゃんは、独り言を言った。
 僕とはるちゃんは部屋の両端に位置する形になり、二人の距離は2から3メートルは、開いてしまっているが贅沢はいってられない。
「ちょっと、目を閉じてて」
 僕をみてそう言うと後ろを向いた。僕は、うなずくと目をギュッと閉じるようにして薄めをあけた。はるちゃんはさっとスカートの中に手を入れパンツをスルリと脱いでそれを僕から見えないように書棚の影にそっと隠した。つまり今はるちゃんはノーパン状態である。
「もういいかい?」
「うん」
 僕が、本当に目をあけるとはるちゃんは、後ろ向きのまま、スカートの裾をつかんで、足踏みをするようにモジモジしている。いよいよこの時がきたと僕の胸は大きく高鳴っていた。
「ちょっと待ってよ、あーどうしようかな」
「はるちゃん、おねがい」
「あーん、もう」
 はるちゃんは、スカートの裾をさっとあげるとすぐ下ろしてしまった。一瞬、かわいいお尻があらわになったが、あまりにも短い時間だったので良く分らない。
「はるちゃん、早すぎて見えなかったよ」
「……えー、今のじゃだめなの……」はるちゃんは、少し困ったような顔をしてこっちを向く。
 はるちゃんは、再びモジモジと足踏みして、取りあえずスカートの裾をお尻ギリギリの所まで上げると、天井を見たり、体をねじって自身のお尻の辺りを見たりして、踏ん切りがつかないようでためらっている。『はるちゃんは、僕のために羞恥心と必死に闘ってくれているんだ』そのいじらしい姿がとても可愛らしい。
「はるちゃん、がんばって、おねがい、我慢して」
 僕はただお願いするだけしか出来ない。
「……わかった」
 やっと決心してくれたようで小さくつぶやくと、おもむろに、スカートが持ち上がり始め、はるちゃんの真っ白でかわいいお尻が徐々に顔をだす。小さく引き締まった感じで、お饅頭のようにまん丸のお尻が眩しい。全裸のお尻よりめくり上げられたスカートからのぞくお尻は何ともたよりなげである。
『やった、はるちゃんのお尻だ、はるちゃんありがとう、なんていい女の子なんだ』
 僕はエッチな気分というより心底から感動していた。
 そのお尻は10秒も経たないうちに、また隠されてしまったのだが、どんなに出来のいい映画よりも、どんな世界的な絵画よりもすばらしい物に思えた。
「あーん、恥ずかしい」
 はるちゃんは書棚の影に隠れるようにしゃがみこんでしまった。そんなかわいくて健気なはるちゃんの姿を見てさっきの感動がいっそう増幅され、どうしても、はるちゃんを抱きしめたくなった。
「はるちゃん、ありがとう、こっちにおいで」
 僕が立ち上がり両手を広げてはるちゃんを呼ぶと
「お兄ちゃん」
 はるちゃんが立ち上がり、僕に抱きついてきた。
「はるちゃん、ありがとう、とってもかわいいお尻だったよ」
 はるちゃんは僕の胸に顔をうずめたままいる。
 僕は、はるちゃんの背中に腕を回しはるちゃんを抱きしめる。
「あぁー、お兄ちゃんの心臓の音が聞こえるよ」
「本当かい、どんな風に聞こえる」
「うん、“ドンドン、ドンドン、ドンドン、ドンドン、ピーー”お兄ちゃんの心臓は、今止まってしまいましたキャハハハ」
「もう、はるちゃん」
 はるちゃんは、背伸びして飛び跳ねるように、唇の届く最高地点である僕の首元にチュッチュッとキスしてくれた。
「あーん、とどかないよぉ」はるちゃんは、甘えたように訴える。
 僕は、静かに体を折り曲げながら、はるちゃんの唇に唇を重ねる。はるちゃんは、待ってましたという感じで僕の舌を受け入れ、自らの舌でもてなしてくれている。


 そして僕は、はるちゃんと妖しく舌を絡ませながら、今だはるちゃんがノーパン状態であることを思い出していた…………。

 つづく


あとがき
 夏の過労から、体調を崩していました。幾分元気になりましたので、またボチボチ書いていこうと思います。前作では皆さんの沢山のリアクションありがとうございました。とても励みになりました。稚拙な文章ですが今後とも暖かな目で見守ってやってください。また皆様の忌憚なきご意見・ご感想を待っております。(平成14年10月)