「フェロモン(瑞希の場合)」  Aristillus



   −1−


 彼がふと気付いてあたりを見ると、背後に小さな女の子たちが立っていた。彼が猫達の相手をしていて気付かなかった間に、近づいてきたらしい。その時、足元にいた数匹の猫のうち二匹が気配に逃げていった。
「ああ……」
 彼が言うと、彼女たちのうちの一人が、
「ごめんなさい」と言った。
 彼はあらためて女の子の方を見ると、目を猫に戻して訊いた。
「猫は好き?」
「うん、でも追っかけるとすぐにげちゃうの」
「猫は、立って追っかけてくる人間が怖いんだよ。座ってじっと待ってれば、遊んで欲しい子が、寄ってきてくれるよ」
「ふーん」と言ってひとりがそばにきて座り込む。
 小学校1年くらいかな、と彼は思った。
 子供特有の青臭い息がぷんと匂う。彼は子供たちは嫌いではなかった。
「少しずつさわってごらん。ほら」と言って彼は足元の小さな三毛猫を撫で上げると、三毛猫は頭をかしげて、彼の手にこすりつけてきた。
 肩までのストレートの少女が、おずおずと手を伸ばして、近くにいる茶の猫の背中を撫でた。
 茶猫はじっとしてしゃがみこんで、なでるのを許している。その時ほかの女の子たちが、彼が撫でている猫をじっと注目しながら、まわりに座り込んできた。
 彼が灰色の猫のあごをなでてやると、目をつぶってごろごろという音が大きくなる。足元の三毛猫が、彼の足のまわりを頬擦りしながらぐるぐる回っているのを見て、三つ編みの女の子が陽気に言った。
「すっごーい。お兄ちゃん、猫が大好きだって言ってるー」
「お兄ちゃんって歳でもないんだけどな」と彼は苦笑して別な猫を撫でる。
 彼は若く見えるが三十路だった。
「手足はつかんじゃだめだよ。しっぽもだめ。猫が怒るのは、嫌がる事をするからなんだ」
「うん」と言って、彼女たちは近くの猫に手を伸ばした。
 彼は足元の三毛猫を抱き上げると、膝に乗せて彼女たちの様子を見ている。
 やがて最初の女の子が話しかけてきた。
「この猫ってお兄ちゃんの?」
「違うよ。昔っから猫に好かれるんだ」
「好かれる?」
「うん、どこでも、どんな猫でも友達になれる」
「すごーい。でもどうやって?」
「さあ、でも長い事見てたから、猫の気持ちがわかるんだ」
「なに考えてるかわかるの?」
「そう、だいたいね。たとえば、その子はもっと撫でろ、と言ってるよ。首の後ろの所」
 彼女は手元の猫を見て、首の後ろを撫で始めた。猫は頭を引いて指に押し付けてくる。彼女は感心して、猫を撫で続けた。
 少女たちを猫が遊んでやってるのをしばらく眺めていると、やがて彼は立ち上がって両手を広げて振った。
「さあ、おしまい、帰りなさい」
 それと同時に猫が散って、しばらくこっちを見ていたが、すぐにどこかに消えた。
「それじゃ、私は行くよ。じゃバイバイ」
 少女たちは彼の後姿を見ていたが、やがてバイバイというと、彼女たちの遊びを続けるために、別の場所に歩いていった。
 あの最初の子は、何度か振り向いて彼を見ていた。


 彼がいつものように猫をじゃらしていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。見ると、昨日会った肩までの髪の少女だ。
 今日はライトグリーンのヘアバンドを付けて、きれいに揃えられた前髪が、幼い顔によく似合っている。
「お兄ちゃん」
「ああ、また会ったね。ねぇ、そのお兄ちゃんってのはやめてくれないか?」
「なんで?」
「なんかこう、こそばゆくて。おじさんでいいよ」
「うん、おじさん! やっぱりまたここに来てたね」
 彼は、自分で言っておいて、おじさんと呼ばれることに少し傷ついた。
 苦笑して、
「ここは猫が多いんだよ。みんなこの辺の飼い猫だと思う」
 まわりを見ると、彼女より小さな子供達が猫を捕まえて遊んでいた。
 無邪気に彼に質問しては猫を追い掛け回したり、彼につかまって一方的に自分のことを話し掛けている子が、いたりする。
 なぜか彼女は、小さな子たちがうらやましくて、憎たらしくなった。
 それで彼女は、小さい子のように彼の背中にしがみついて、
「もっと猫のこと、おしえて!」と彼に言った。
 彼はその時、びっくりした顔をした後、困った顔で、彼女を背中から下ろそうとした。
「よし、これをあげてごらん」
 彼の手に、ポケットから出したにぼしが、つままれている。
 受け取った彼女が彼から離れると、彼はほっとした顔で笑顔を浮かべた。
「あっ、だめだよ。まっすぐ手を出すと、引っかかれる。こうやって見えないようにするんだ」
 手で包んで、手の甲を猫の鼻面に持っていくと、猫は匂いを嗅いで中身を知り、手でちょんちょんと叩いた。
「こうすると、いきなり爪を出したりしない。でも、お腹が空いてると、これでも引っかかれるけどね」
 そのままぽとんと落とすと、ぱっと猫が飛びつく。彼女は感心した顔でその様子を見ている。
 彼女が同じようにすると、小さい手に、両手で猫がつかまった。うれしそうな顔をする。
「ほんとだあ!」
 にぼしを落として、かりかりにぼしを食べる猫を、喜んで見ている。
 その時初めて、彼は、彼女の顔や姿を、しっかりと視野に入れて見ていた。
 その日、彼が立ち上がってお開きにするまで、彼女は、猫とじゃれながら彼と話して過ごした。
 彼女は瑞希といった。小学校2年でこの近くの小学校に通っているらしい。
 彼女は、正体の分からない彼をすっかり気に入ってしまったようで、帰る彼の背中に「またね!」と言って、駆けて行った。
 彼は当惑したような笑顔で、彼女に手を振った。


 彼は、その後も一月ほどの間に、何度か瑞希に会った。
 すぐに仲良くなった二人は、猫の世話をしながら、さまざまな事を話した。
 彼女は彼のことを聞きたがったが、彼は自分のことをほとんど話さなかった。
 彼女の好意に当惑しながら、彼は猫たちをじゃらしていた。子供たちは、今ではずいぶん数が増えて、彼の回りにたかりながら、猫を追っかけまわしている。
「瑞希ちゃん」
「え?」
「えーと、実は、明日からはここに来れなくなったんだ。今日でお別れだね」
「えっ、お引越しするの?」
「いや、違うんだけど、ここにはもう来ない」
「えー、なんでー!」
「大人の都合で、言えないんだ。勝手だね、ごめん」
 彼女は悲しい顔をしたが、彼につかまると、
「引越しするんじゃないのね?」と確かめるようにもう一度聞いた。


 彼は自分の住むマンションへの道をたどりながら、いつもの悲しみを胸に感じていた。
 彼には妙な特技があった、特技というよりは能力というべきだが、彼は、C型フェロモンを大量に分泌しているらしい。
 これは、猫が魅きつけられるもので、猫好きに多く見られるものだ。
 それはよくあることなのだが、彼はそれが並外れている。
 さらに彼にはもうひとつ、子供に好かれるなにかを発散しているということを、彼は知っていた。
 それも女の子に強く作用するらしい。彼は子供が大好きだったが、犯罪者になる気もなかったので、大人に変な目で見られるほど子供たちが集まるようになっては散歩のコースを変える、ということを繰り返していた。
 引越しも何度かしていたが、その度に出会った猫たちや、少女たちとの別れの悲しみを感じていた。


 彼が日課の散歩を終えて、作家である自分の仕事に戻ろうと、ペット厳禁で(たいがいそうだが)狭苦しい彼の部屋のカギを開けようとした時、ぱたぱたと小さな影が、彼の元に走り込んできた。
「おじさんっ!」
「あれ?……瑞希ちゃん! 一体どうしてここにいるんだ!」
 そこにはさっき会ったばかりの瑞希が、いたずらっぽい表情で彼を見ていた。
 白とクリーム色の横縞の長袖Tシャツに、濃いえんじの肩掛けスカートといった格好で、ハイソックスにピンクの運動靴がかわいい。そのスカートのアップリケのあたりで手を組むと、彼女が言った。
「ここがおじさんち?」
「……うん、一体なんだい?」
「えへへー。おじさんちに一緒に入ってもいい?」
 外の通路なので、人目につく。そう思った彼は、小さなため息をついて、急いでドアを開けた。
 彼女は、表札を見て彼の名前を知ると、へえとひとこと言って、恐る恐るという感じで、彼の家に入っていった。



   −2−


 部屋は、古い紙の匂いと、彼自身の匂いで満ちている。瑞希はくんくん嗅ぎながらあたりを見回していたが、彼が椅子を示すとちょこんとそこに座った。
「後をついてきたの?」
 こくりと彼女はうなずいた。
「でもねー、前からここのマンションだって知ってたよ。前に商店街で見かけて、ここの前までつけたことがあったもん」
「こら!」
 彼女は舌を出して首を引っ込めてから、あたりを見まわした。
「どうして、もうあそこに行かないの?」
 彼は頭をかいて、うーんとうなった。二人っきりになると急に落着かなくなって、目をあちこちさまよわせながら、彼は言った。
「人が集まりすぎたからだよ」
「なんで?」
 彼はもう一度頭をかき始めた。
「猫を集めてると、いつのまにか子供たちが集まってくる。たまにだったらいいんだけど、毎日だと変な噂がたつから」
「?」
「……知らない大人が子供たちと遊んでると、世間じゃ変な目で見る人が出るんだよ。猫と遊びたいだけなんだけど、私が猫を呼ぶと、いつも、いつのまにか子供たちまで集まってしまうんだ」
「どうして?」
「さあ?君のほうが、ひょっとしてわかるんじゃない?どうして毎日あそこに来たの?」
「わたしたちのせい?」
 彼女はひどく悲しい顔をした。
「他の子がみんないなくなればいいのね!」
 彼は天井を見上げた。この子に何と言って説明すればいいかわからなかった。だから彼はコースを変えて、引っ越してきたのだから。
 うっかり彼女にやめることを言ったのは、大きな間違いだった。彼女は、彼が思っているより親しくなり過ぎていたのだ。
「ちがうよ、瑞希ちゃん。……もうおじさんと、会わない方がいい」
「くらた、けーすけっていうんでしょ。おじさん! いうこときかないんだったら、警察行って痴漢されたって言ってやるから!」
「そ、それは、あんまりだ! まだ、なにもしてない!」
 言葉のあやだが、妙なせりふが彼の口から出た。
「ちっちゃい子が来ても、わたしが追い払ってあげる! 明日も来てっ」
 彼は哀れな顔で首を振った。
「私は散歩したいだけなんだよ。猫も好きだし、君たちも好きだ。でもちっちゃな女の子がそばにいると、それこそ警察に捕まってしまう」
「それじゃ、散歩じゃない時に会えばいいのね」
「ちょっと待って。そりゃ目茶苦茶だろ。そもそも、なんだってこのおじさんに会わなきゃいけないんだ?」
「それは……」
 彼女は口ごもると、彼を見つめた。


 彼は、心に決めた通り、別な住宅街へと散歩のコースを変更した。
 元通りの散歩を楽しんでいたが、以前とはただひとつ違う所があった。瑞希が訪れたあの日から、彼が家に帰ってしばらくすると、彼女がたまに訪ねてくるようになったことだ。
 あの日、何とか言いくるめて追い返したが、その翌日には、彼女は何食わぬ顔をして彼を訪ねてきた。
 あきれた彼の目の前で、彼の家のあちこちを見て回ると、一体なにが気に入ったのか、彼の部屋のものをさんざんひっかきまわし始めた。ソファに落ち着くと、今度は寝そべりながら、彼と他愛ないおしゃべりを続ける。彼がなんとか追い出そうとしても、手を出すときゃあきゃあと喜んで、手が付けられない。
「まるで猫みたいだ」と彼は思った。


 新しい散歩コースで猫たちと遊んでいた時、一回だけ瑞希はそこに現れた。
 彼が気付くと手首だけで小さく手を振って、さっと身をひるがえすと駆け去っていく。彼は、今までにない彼女の行動に、どうしていいのかわからなかった。


 インターフォンがピンポーンと鳴った。
「宅急便でーす! ピザの出前お届けにうかがいましたぁ!」
 言ってることが目茶苦茶だが、彼女は今日も上機嫌らしい。
 お茶を出して、買ってきたケーキを出してやると、彼女はとても喜んだ。
 フォークを勢いよくぶっ刺すと、
「かたーい」とさっそく文句をつける。
「冷蔵庫に入れといたからね」
「うん、おいしい! おじさんは?」
「甘いものはあまり食べないんだ」
「それじゃ、瑞希に買ってきてくれたの?」
 うなずくのがしゃくだったが、そっとうなずくと、彼女はにやーと笑った。
「なんか、変なこと考えてるんでしょ!」
 やっぱり、と思ったが、気を取り直して、
「いやいや、瑞希ちゃんのために、わざわざ遠い駅まで買いに行ってきたんだよ」
「うそつき! ここに駅前の店のシール、貼ってあるじゃない」
「実は遠い駅の、同じ名前の店なんだ」
 くだらない話をしながら、彼は最近、彼女の訪問が楽しみになっていることが、心配になってきていた。
 男やもめの部屋に出入りする赤の他人の娘など、人目に触れたら何を言われるか分かったものではない。そしてもちろん彼も、見咎められれば真実はどうであれ、引越しもやむをえないし、下手すりゃ警察沙汰だ。
 紅茶を飲み干して、彼は言った。
「やっぱり、君は家に来ない方がいいと思う」
「やーだ。もう覚えちゃったもん。カギみつけたから閉まってても入っちゃうから」
「い、いつのまに……。だいたい、ちっちゃな女の子はお母さんに、知らない大人についてっちゃいけないって、言われてるだろ」
「うん」
「あんまり言う事聞かないと、おじさんがいたずらしちゃうぞ。泣いても許さないからな」と言って手を胸に上げて指を開いて見せる。迫力は全然ない。
 彼女はきゃっきゃっ笑ってそれを見てる。
「どんな?」
 このやろ、と言って、彼は彼女の脇腹をくすぐった。転がる彼女の笑いが収まった所で、乳首のあたりを服の上からつついた。
「こんなこと」
 悶えて笑い出す彼女が全然いやがらないので、彼はさらにエスカレートさせた。
「パンツをのぞいちゃうぞ!」と言ってスカートをめくろうとする。
 彼女がスカートを押さえると思ったその手が、何の抵抗も無くめくれてしまったことに、彼は驚いた。
「瑞希ちゃん!」
 彼がそのまま手を離すと、彼女はソファまで行ってごろん、と寝転がった。
 両手両足を投げ出して、眉を上げて目をつぶると、「どーぞ」と言った。好きにしろ、ということらしい。
 あっけにとられた頭で、彼は完全な敗北を感じていた。


 しばらくそうして、片目を開けると彼女は言った。
「しないの?」
「いや、あの、その、瑞希ちゃん、そういうことは駄目だよ」
「どうして?」
「ごめん、わるふざけだった。こうすれば瑞希ちゃんは子供だから、怖がってここに来なくなるかと思ったんだ」
「いたずらする気じゃなかったの? なーんだ」
「いや、瑞希ちゃんがそうくるとは思わなくて…」
「わたしはかまわないよ。どーぞ!」
「え?」
 彼女が本気で、いたずらされてみるつもりだったのがわかった。彼は内心恐怖で凍り付いたが、同時に妖しい喜びが心にまたたいた。
「……それじゃこんなのは?」と言って、彼女の胸を片手でもみしだく。
 彼女はふふふと笑いながら悶えて、それでも耐えている。
「それじゃこれは?」と言って、その太股をさする。
 彼女の紺のプリーツスカートの裾から、さっき見てしまったフリル付きの純白のパンツが見え隠れしている。
 笑みを浮かべて見ている彼女を見て、足の間に手を入れて彼女の大事な所から上にするりと撫で上げる。指にかすかに彼女の秘所の感触があって、彼はぼうっとなった。
「きゃっ!」と彼女は小さく叫んだ。
 腰をひねって股間を押さえる。
「どう?」
 彼女は赤くなってうつむいた。呼吸が太くなっている。
「気持ちいい……」
 くすぐったい、と言うと思った彼女の発言に、彼の中の何かが変った。
「立って」
 前と違う口調に、彼女は彼を見てぼうっとなると、はいと言って、すうっと立ち上がった。
「スカートを両手で持って、持ち上げなさい」
 はいと返事があって、胸までスカートがたくしあげられる。彼女の目は彼の顔から離れず、その顔に恐怖も浮かばなかった。
「足を開いて、じっとしてるんだ」
 はいと返事がして、肩幅より少し大きく足を開くと、彼がその前にしゃがみこむのを見て、少し腰を突き出す。
 彼がパンツの上から秘所を撫で上げると、ああという声が彼女の口からもれた。そのまま左手を彼女の後ろに回すと、お尻をつかんでゆっくりと揉み出す。
 右手は秘所の前の突端に当てられて、こりこりとその周辺をまわりながら押さえていく。彼女は目をつぶって、はあはあと息をしながら、じっと耐えるようにしていたが、やがてその口からうーうー、といううなり声がもれ始めた。
 彼の指が動く度に、彼女の腰が前後に揺れる。はっきりと秘所を下から押さえた二本の指が激しくこすりだすと、うなり声は叫びに変った。
「んにゃあ! うー!」
 彼はそんな彼女を見上げて笑みを浮かべると、親指で彼女の突端をぐりぐりと押さえつけた。パンツごと秘所に埋まる二本指の速度をどんどん上げていくと、がくがくと動く彼女の体が「うきゃあ!!」という叫びとともにのけぞった。
 しばらく突っ張ったまま、ぴくぴくとけいれんが走る。
 彼がようやく指を抜き取ると、彼女ががくんと腰を下ろして座りこんだ。前かがみになったまま何度かぴくぴくとけいれんが走り、それが収まると、ばったりと背後に倒れて手足を投げ出した。
 両足はだらしなく開かれて、彼女のフリル付きの白いパンツには、今でははっきりと、湿った跡が一本の線となって走っているのが見えた。
 彼女の目はきらきらと電灯の光を反射しながら、じっと彼を見つめていた。



   −3−


 次の彼女の訪問までは少し間があった。


 やはり少し過激だったかと思って、もう彼女が訪れてくることがないのに安堵すると共に、彼女がいなくなった寂しさが、彼の心をよぎっていた。
 散歩の道中で知り合った女の子も増えていったが、以前より警戒していた彼には、彼女ほど親しくなった子もできなかった。
 そんなある日、インターフォンが鳴った。
「三丁目の八百屋ですー! 注文のお花届けに参りましたぁ!」
 彼は喜びを押し隠して、玄関に走っていった。
 肩が大きく開いたTシャツにオーバーオールを重ねて、頭には灰色の野球帽を被っている。一見男の子みたいだが、だぶだぶのズボンと頭の横から飛び出た髪の房が、瑞希の子供っぽいかわいさを、いつもの格好以上に表現していた。
「もう、来ないかと思った」
「さみしかった? おお、もうだいじょうぶよ。アナタ」
 笑って肩をすくめて気分を変えると、彼は言った。
「珍しいね。ズボンはいてるのを初めて見たよ」
「変装よ、へんそう」と言って、帽子を脱いでソファに飛ばす。
 くるくる回ってぱた、と見当違いの所へ帽子が落ちる。
「わたしが来るのを人に見られるといけないんでしょ。こうすればおじさんも困らないんじゃない」
 わかってない、と彼は思ったが、ここでむきになると彼女のペースになってしまう。彼は黙ってアイスを取り出すと、二人で舐めはじめた。
 彼ががりがりと、あっという間にアイスを飲み込んでしまう間、彼女は自分のことを話していた。振り回したアイスからしずくが飛んで、その度に彼はぞうきんで拭いてやった。
「この前のことは気にしてない?」
「え? あー」
 彼女は、にやっとして言った。
「また、わたしにいたずらしたい?」と言って、アイスをしゃぶる。
 彼はそっぽを向いて手を振った。
「なーんだ。残念」
「私はまた、君がショックを受けて、来なくなったのかと思った」
「また来てうれしい? ねぇうれしい?」
 なんと答えたものか、目を宙にさまよわせていると、彼女の声がした。
「面白かったよ!」
「え?」
「この前、ほんとはちょっと怖かったけど、おじさんのこと好きだし、どんなことするか興味があったし、」
「え?……なんだって!」
 彼女はなぜ彼が叫んだかわからずに、きょとんとした。
「おじさんに触られたの、気持ち良かったよ」
 アイスの棒をごみ箱に投げる。すぽっと入ると会心の笑みを浮かべた。
 結局瑞希は子供なのだ。
 彼がため息をついてソファに行こうとすると、脇腹に小さな手が回された。手を伸ばして彼の脇腹を強烈にくすぐってくる。
「けーすけ君!」と言いながら、彼女はにやにやと笑っている。
 彼は笑い出して、お返しに彼女をくすぐり返しだした。
「こらー!」と言って、彼女が笑いすぎて、涙を浮かべるまでくすぐり続けた。
 はあはあ言ってる彼女から、手を離して立ち上がろうとすると、彼女が言った。
「続き、して」
 彼がぎょっとして真面目な顔になると、彼女は目をつぶった。もっとくすぐってって意味ではないだろう。


 困った彼は、これならいいだろうと、その額に注意深くキスをした。
 彼女の唇に笑みが浮かぶのを見て、ちょっと調子に乗った彼は、その唇の端にちゅっとキスをした。離れようとした時、素早く首が持ち上がって、彼の唇に小さな唇が押し付けられて、ちゅっと音がした。
「瑞希ちゃん!」
「ファーストキスだあ!」と彼女は叫んで唇を押さえた。
 彼が困った顔をしてるのを、彼女は楽しそうに見ている。やがて彼女は言った。
「ごめんなさーい」
「いや、その、ごめん。ファーストキスの相手がこんなおじさんで、……ごめん」
「おじさんってハンサムだよ。知らなかった?」
「ありがとう……そう言われたのは、君が初めてだ」
 本当はそうでもなかったが、彼女にはそう言うしかなかった。彼はもう一度、今度は自分から、彼女の唇を奪った。
「んー、んー」と言う彼女を見て、彼は少女をたぶらかす、いけないおじさんの気持ちになった。
 実際そうなのだが、彼はこんなことをする気は、この時までなかった。
 柔らかい唇の感触に、彼の中で何かが変っていった。
「ズボンを脱いで」
「えっ?」
 いつもと違う命令口調で彼は言った。しかし、瑞希は彼を見てぼうっとなると、目を伏せて手を上げた。
 おずおずと胸元のボタンを外し出すと、上半身を起こして、そのままずるっと足元までズボンを脱いでしまう。
 すぽんと片足ずつ抜いて、オーバーオールを頭の方へ投げると、再び床に横になって彼を見つめた。
 彼女のアニメプリントのパンツと、三色の横縞の靴下が、細い太股と共にあらわになった。
 彼女の股間を見つめながら、彼は言った。
「恥ずかしい?」
「……うん」
 彼女は膝をこすりあわせた。パンツがよじれて足の付け根に卑猥なしわが寄る。
「パンツを脱ぎなさい」
「……はい」
 声を聞いて、彼を見つめながらするすると下着を下ろしていく。やがて彼女の無毛の秘裂が、恥ずかしそうに外に現れた。
 足を抜き取ると裏返ったパンツを脇へ置いて、再び横になると彼の指示を待つように見る。
「足を開いて」
 はいと答えると、すっと彼女の足が開く。それにつれて明かりが足の間に差し込むと、その中の曲線がやがて丸見えになった。
 わずかに飛び出た莢の部分から、ぴったりした合わせ目が下に向かって走っている。陽のあたらない真っ白な皮膚が、こんもりふくらんで、彼女の大事な部分をぴったりと覆っていた。
 彼は膝立ちで彼女の足の間に入ると、太股をつかんだ。彼女はびくっとしたが、やはり何も言わない。
 片手を彼女の胸に伸ばしてゆっくりと揉みしだいていく。そうしながら彼女の下半身を指でちょんちょんと触ると、ぴくんぴくんと彼女が反応した。
 しばらくすると、彼女が震えているのを感じて、彼は笑みを浮かべて彼女を見た。
「瑞希」
「はい」
「これから私がおしまいというまで、声を出してはいけない。ただし、いやだったり、悲鳴を上げたりしたら、私はすぐにやめる」
 彼女が震えながらこくりとうなずく。
「他に声を出したらお仕置きだ。いいね?」
「はい」と言って、彼女は自分の口を両手で押さえた。


 彼女の意志に反してその口から叫びがもれた時、彼はにっと笑うと、ようやく細い腰を彼の口から開放した。
 その舌から彼女の亀裂にかけて一筋の半透明の糸が、粘ってつないでいる。
 今は息も絶え絶えになっている彼女を見下ろすと、やがて彼は言った。
「起きなさい」
 彼女ははあはあ言いながら、はい、と口の形だけで答えると、上半身を起こした。その目に意志の宿っている様子はない。
「声を出したね」と彼女の頭に手を置いてたずねると、彼女はこくんとうなずいた。
「お仕置きしなきゃならないな、瑞希」
 再びこくんとうなずく。
「さあ、これで私を楽しませてごらん」と言って、彼は怒張したペニスを取り出すと、立たせた彼女の眼前に示した。
 目の焦点が合って、しばらくその先端を見つめていた彼女は、ひざまずくと両手で捧げ持つように指を這わせた。
 ふるえる声で彼女が言う。
「どうしたらいいか、わかんない」
「両手でしっかり握って、頭にキスをしなさい」
 彼女はすぐに従った。彼女の柔らかい唇が押し付けられる。
「今度は片手で上下にこすって、もう片方は袋をつかんで揉むんだ」
 今度もすぐに従う。彼女にこすられてペニスはさらに硬度を増し、陰嚢をもみほぐされる感覚に、彼はうめいた。
「そのまま顔のいろんな所に、丸い所をこすりつけなさい」
 彼女は両手を動かしながら頬に押し付けると、目や鼻など顔中に、彼の亀頭をこすりつけていった。
「頭の所を舐めて」
 ちらりと彼を見上げた彼女は、舌を出すとそろりと亀頭を舐めた。ちょっとうえっとなったが、彼を見上げると、そのままぺろぺろと舐め出した。
「両手で握って、口の中に頭の所を入れて、舌で舐めるんだ」
 両手でぎゅっと固定すると、そのまま口を開けて先端を含む、舌で舐めながら彼を見上げている。
「今度は入るだけ入れて、唇でこすりなさい」
 少し躊躇があって、大きく口を開いて半分以上飲み込むと、目をつぶって小刻みに頭を揺すり出す。
「もっと全体を、しごくように出し入れするんだ」
 激しく彼女の頭が前後に振られて、彼女の小さな口にペニスが出入りし始めた。
 左右に束ねられた黒髪の房が一緒にさらさら揺れて、奥に突く度に、彼女の鼻息が陰毛にかかるのが感じられた。その姿にもう躊躇は感じられない。
 彼はしばらくその光景を見下ろした後、彼女を離した。
「全部覚えてるね。今までの全部を、おしまいっていうまで君の工夫で続けるんだ。私は黙って見ている」
 彼はすでに荒い息をしていた。
 彼女はうるんだ瞳で、はい、と答えると、覚えたばかりの技を次々と目の前の肉棒に試していった。


 彼が大きく叫んで瑞希の小さな頭をつかんだ時、その顔に白いしぶきが散った。
 次々と彼女の鼻や頬にかかる粘液のほとばしりから、彼女は逃げずに目をつぶって耐えていた。
 彼女の半顔にかかった精液がたらたらとこぼれ落ちていき、あごを伝って床にしたたる重い音がした頃に、ようやく彼の放出は
止まった。彼は目を開いて、彼の手の中の少女を見下ろした。
「瑞希ちゃん……」
 息をはずませたまま彼は言った。彼女は目を開けられず、口ではあはあと息をしながら、眉をあげて彼の太股をつかんだ。
 彼女の顔を汚す彼の精液が頬を伝っていく様を、彼は満足して見つめていた。大きくため息をついてティッシュの箱を取ると、彼女の顔をきれいに拭いてやる。彼女の手をぬぐって、床もきれいにしていると、その時彼女が手を伸ばした。
 そのまま彼の柔らかくなったペニスを持ち上げて、大事そうにそっとぬぐってきれいにしてくれる。
「おしまいだよ。ありがとう、瑞希ちゃん」
 全部きれいになると彼は言った。その時初めて、心配そうな彼女の顔に得意げな笑みが浮かんだ。
「ねえ、瑞希が悪いことがあったらなんでも言って」
 まだ熱の去らない声で、すがるように彼に言った。
 それは、いつでも彼女を、お仕置きしていいということだろうか。



   −4−


 薄汚れた白い猫が、しっぽを立てて高い声を出している。せっぱつまった欲求があるサインだ。この場合、お腹がすいているんだろう。
 彼が、歳をとってそうなその子に魚肉ソーセージをちぎると、与えようとした。そのとたん、若いトラ猫が躍りかかって、ギャンギャンと乱闘が始まる。彼は、よっとトラ猫を押さえると、彼女が食べ始めるまでそうしていた。
 彼は、なぜ自分があんな風に変ったのか、考えていた。
 瑞希が突然従順に従い出すあの瞬間、まるで全てを支配するような感覚が、彼を捉えている。
 幸いなことに、支配は長時間続かないらしいが、元に戻っても、彼女が何も気にしてない態度なのが、彼には不思議だった。
 彼は自分の子供に対する力を理解しかけていたが、それで喜ぶ気持ちにもならなかった。
「おじさん!」
 ここには来ないはずの瑞希の声に振り向くと、見慣れない格好の彼女が見ていた。
 瑞希はいつもの子供っぽい格好ではなく、白いレースの袖なしワンピースの下に黒いシャツを重ねていて、短いピンクの靴下と合わせて、ちょっと年上に見えていた。
 これで麦藁帽子でもかぶっていれば、まるで避暑地のお嬢さんだ。おしゃれな格好に、彼はとまどっていた。
「おじさん」
 彼女がしとやかに近寄ってきた。いつもとは態度が違う。
 周りは小さい子でにぎやかだ。彼女はきつい表情で彼の回りの子供を引っ張って離すと、立ち上がる彼の手を取った。
「どうしたんだい?瑞希ちゃん」
「連れてってよ、こら、アッチ行け!ね、おじさん」
「あんなひどい事をしたのに、まだおじさんに用があるの?」
「ひどい?」
 彼女は悲しいような、切ないような表情を浮かべた。
「ひどくないよ。ねえ、連れてって」
「どこに?」
「おじさんち」
 彼女が彼に近寄ってきた幼い子をにらんだ。頭を押さえると、瑞希は素直に彼の方を向いた。
「こら」
「はい」
 素直な返事に、彼はとまどった。やっぱりまずかったか、と彼は後悔していた。それと同時に、彼女がここに来たということの意味を考えていた。
「……行こう」
 彼女はうれしそうに、彼の手を引いて歩き出した。


 部屋に入ると、瑞希はあいかわらずしとやかな感じで、彼を案内した。
 彼女は黙って彼と手をつないだまま、ソファに彼を導いて座らせると、彼の膝に座った。彼が、彼女の小さくて固いお尻の感触にとまどっていると、やがて彼女が言った。
「おじさん、けーすけ君。……もっと色々瑞希にしてください」
「え?……どうしたんだい?」
「昨日みたいなこと、わたしに教えて下さい」
「…………」
「教えてもらってる時、おじさんの顔を見ると、ふわーっとして他に何も考えられなくなるの。気持ち良くて、とても幸せ!」
「いやじゃないのかい?」
「そんなワケないでしょ!」
 叫ぶ彼女は口を押さえて、ちらりと彼を見上げた。
「……あ、ごめんなさい。ごめんなさい、おじさん。……瑞希は悪い子です。見てください」
 そう言って彼の足にまたがると、腰を突き出してスカートをめくり上げた。
 下着をつけていない彼女の秘部が丸見えになった。彼女はどうやらパンツをはかずにここまで来たらしい。その目が心配そうに彼を見上げている。
 彼はこの出会いを、初めて幸せなものに思った。彼女が成長して子供と呼べなくなればこの魔力もきかなくなるはずだが、それはまだ先のことだ。
 彼を好きになったきっかけがなんであれ、今、彼女は自分の意志でここに来ている。
 彼女は彼の太股に、むき出しの性器をこすりつけて、前後に揺すり出した。
 ゆっくり腰を動かしながら、彼の目を覗き込んでいる。
「らしくないよ。瑞希ちゃん」
 彼女の頭をこづいて言った。
「無理に大人っぽくしたって、私はうれしくない。いつもの瑞希ちゃんが、私は大好きなんだ」
 彼女は伺うような顔から、パッと喜びの笑みを浮かべて、彼を見た。首をくすぐると、彼女が子供っぽく笑う。その方がいい。
 その体をそっと抱きしめて言った。
「それでは教えてあげよう。少しずつ、全部」
 瑞希は猫のように目を細めた。



END.