「ダブル(完結)」 Aristillus
−31−
俺が強引に二人に水着を着せて連れ出すと、昼前の海岸は人手が思ったよりあった。はじっこの岩場へ歩いていくと、俺は時計を気にしながら、しばらく待てと二人に言った。ここならあまり人はいない。もうすぐだ、俺は深呼吸した。
「誠司さん、何かあるんですか?」
なんとなく気付いた真紀に、俺は笑いかけてやった。うまく笑えたかは自信がない。
「もうすぐ交代だ。今度目覚めた時は、元に戻ってるはずだ。お別れだよ」
「え? ほんとう!?」
美和子ちゃんはさっそく岩場を駆けずり回って、きゃっきゃ言いながら岩の間の潮溜まりをのぞき込んでいる。
「それでね、これからちょっとゴタゴタするけど、離れて黙って見てて欲しいんだ。質問はやめてくれ」
「シギルさんの事ね。分かった」
「察しが良くて助かる、美和子ちゃん!」
ふらっとよろけた美和子に向かって、俺はダッシュした。肩をつかんで抱き寄せると、目が開くまでじっと待った。
「シギル」
「……おはようございます。誠司さん」
「海の匂いだ。分かるか?」
「ええ、とても強烈な香りです。良かった……」
「海に入りたいか?」
「はい」
「よし、だが、その前に聞いておかなきゃならない事がある」
俺はつばを飲み込んだ。
「……シギル、お前、死ぬ気だったろ」
彼女はじっと俺を見ていた。
「大丈夫です。体は少しずつ回復しています。前にも言いました」
「馬鹿、俺が言ってる意味が分からないお前じゃないだろう。どうやってかは知らないが、あの機械が見付かって、行きたい所へ行くっていうのは、……そういう事なんだろう?」
彼女はふっと笑って目を伏せた。
「私には、残る人生を一人で過ごした後、”間を繋ぐ者”に吸収される半生しか残されていません。それに、どこに飛んで逃げても、生きている限り必ず追っ手が来ます。私には、特別強力な発信機が付けられていますから……。もう私には、囚人として過ごすのは、耐えられそうもありません」
「もういいんだよ……、お前は治ったんだ。分からないはずはないだろう? 俺は見たんだ。お前の愛が最後に変わる姿を」
それは、まるで母の愛のようだった。慈しみ、包んでくれたその感触を、俺は忘れない。
「違います、私は」
「違わないさ、あとは美和子ちゃんの心から離れてやるだけだ。そうすればお前にも分かる。お前はもう囚人じゃない」
「……しかしどちらにせよ、私が連合の元で自由のない人生を過ごす事に、変わりありません」
「それはそうだ。だがな、残りの連中はどうなる? いや、そんな事はどうでもいい」
俺は息を吸い込んだ。
「お前の全ては俺の中にある。お互い口で言っても意味はないが、これだけは言っておきたいんだ。……俺はお前に生きていて欲しい。お前だけじゃない。美和子ちゃんも、ミチも、真紀もだ。どこにいようとだ」
「私は、この体から離れたくはありません。そうすればあなたは」
「バカヤロウ、俺が変わるわけじゃない。お前もだ。分からないのか。あの機械を渡して、連中だけを帰してやっても、俺も連中も悲しいだけだ。……そうだろ、ミチ?」
サンダルの音が俺の背後で止まる。
「見付かってたのね」
俺は昨日の朝、シギルの口からそれを聞かされた。機械をどうするか、奴は俺に、それを決めて欲しいと言った。どうしたいか訊くと、やがて海を見たいと言い出した彼女に、逃れられない終末を、俺は感じ取っていた。
「お前は黙ってろ。……なあシギル、この海で死ぬのも、機械でどこかに吹っ飛んで死ぬのも、お前の勝手だ。だが、それでいいのか? 俺はどうなる?」
「あなたには、美和子さんがいます」
俺は苦笑いをしながら首を振った。こいつはやっぱり分かってない。
「お前がいなくなれば、また、俺たちは他人に戻る。俺は三分の一に過ぎない。三人いなきゃ、俺たちは完全じゃない」
「帰っても、それは変わりありません。もう二度とあなたには会えないでしょう」
「俺たちには記憶がある。完全な記憶だ。もうお前の心は欠けてはいないんだろ? 俺は馬鹿で依怙地だったが、お前はそんな俺を治してくれたじゃないか」
シギルが俺に侵入しようとしながら、繋ぎたがってるのを感じる。今の彼女ならば、俺はどちらも簡単にブロックできる。
「分かってるだろう、俺はお前らを愛している。でももう終わったんだ。寂しいだろうが、それは生きていてこそだ。俺はお前に生きていて欲しい。勝手な願いかもしれないが、頼む、帰って自分の新しい生き方を見付けてくれないか?」
俺はミチを振り返った。彼女がうなずくのを見てから、そっと美和子を抱っこした。
「故郷の海とは違うだろうが、俺のはなむけだ。今日は好きなだけ海に入ってな。お前も初めてだろ、ミチ」
海の水は冷たかった。俺は午後いっぱい、彼女たちと海の中で過ごした。
俺はその晩、シギルと最後の繋がりを持った。悲しみに縁取られた喜びの感覚は、俺に初めてで、そして二度とない感情の波を起こさせた。心理世界の中で、俺は泣いていた。
−32−
彼らは翌朝、そのまま野々村誠司の自宅に帰ると、カタ・ユロータを回収して美和子や真紀の故郷へと旅立った。そのために誠司は、会社に休暇届けを出すはめになった。
「ここらへんなのか? 何もないじゃねえか」
小さな山の中に案内された彼は、回りを見回してきょとんとした。林だけで、辺りには何もない。
力を出せないシギルの代わりにカタ・ユロータを運んでいたミチは、どしんと地面に降ろすと、ポケットからなにか小さなものを取り出した。
ゆらゆらと現れた訪問者の船は、彼の思ったよりずっと大きかった。つるんとした流線型で、大小の突起物が出てるだけで、窓らしいものはない。アイボリーホワイト一色のそれは、何か美術館のオブジェを思い起こさせた。
「こりゃすげえ……」
この一件に関わって以来、初めて出会った異世界の脅威に、彼は興奮して、感動していた。
ついっと四角く横の部分が開くと、謎の生き物の首がのぞいた。見なれない顔だが、期待した彼の目には、あまりにも普通に見えた。コスプレした人間と大差ない。骨格も、良く見れば人間と違う程度だった。
彼らはすぐに、ミチと話し込み始めた。彼らは皆、病院で使う酸素マスクのようなものを付けている。呼吸する大気も、地球と大差ないのだろう。
やがてミチとシギルは手を繋いだ。シギルの病気が治った事を確認するためだろう。短い接続の後、彼女は二言三言異星人に語りかけた。彼は何事かしゃべると、誠司の方を見た。
ミチが誠司を呼んだ。いよいよ宇宙人と対面する事になり、彼は人知れず気合を入れて、拳を握った。
宇宙人の年齢は、見ても分からない。誠司は紹介されている間、こんな機会は二度とないと、じろじろと彼を観察していた。
青みがかった肌に複雑なひだが付いた顔は、少し爬虫類の印象があった。しかし、黒い目は丸くくりくりとして、むしろかわいい印象がある。ゆったりした服を着て、体の細部は分からない。後頭部からは、ひと房の茶色の髪が垂れていた。
誠司は、代表ならさぞ偉いんだろうと思った所で、おかしくなった。シギルもミチも、彼よりは偉いはずだ。
「ありがとう。あなたが今回の我々の不祥事を、うまく収めてくれたのですね」
流暢な日本語に、誠司は飛び上がって驚いた。彼は、てっきりミチが通訳するものと思っていた。
「日本語が分かるんですか! いや、失礼。野々村誠司です。初めまして」
「初めまして。私はヤッパン、外交官です。言葉を覚える時間は十分にありました。あなたが×××を治療したと聞いて、感謝しています」
不可思議な名前は、たぶんシギルの事だろうと、誠司は想像した。
「あなた達のためにやったわけではありませんよ。俺も面白い体験をさせてもらいました。感謝しています」
「これでようやく帰ることができます。やっとここの場所も確認できました。カタ・ユロータさえ戻れば、後はボートを回収して帰るだけです」
「美和子ちゃんと真紀は大丈夫ですか? 俺は彼女たちに必ず元に戻すと約束しました。そうでなければあなた方を帰すわけにはいきません」
「分かっています。すぐに彼らは戻るでしょう。×××!」
最後の叫びに答えて、美和子がぽつりと謎の言葉を返した。すぐに真紀は林を駆けて行く。
「ボートが見付かれば、×××はその体を抜け出せます。しばらくそこでお待ち下さい」
「待って下さい! 俺に、船の中を見せてくれませんか?」
誠司にとって、彼らの感情表現は分からない。彼は考えている様子だったが、やがて答えた。
「空気の問題があります。中に入るのは難しいでしょう」
誠司は、想像できた答えにがっくりした。確かになんの装備も持たずに入れるはずもない。
「……分かりました。ヤッパンさん、質問があるんですが、二三、いいですか?」
「はい」
「ここの食物をなにか食べてみましたか?」
「はい。×××に運んでもらって、様々なものを味わってみました」
こっちはミチだと想像がついた。
「ご感想は?」
「初めての体験でした。我々と似た所はありますが、独特の材料がある。おいしいものも沢山あります」
「それは良かった。もう一つ、この星の事を報告するのでしょうか?」
「それはもちろん。国交が結ばれるのは何十年、いや百年先の事になるかもしれませんが、私は素晴らしい発見をしたと思っています」
誠司は、自分なりに考えて尋ねていた。食物の事は、ここの人々のことを野蛮だとさげすむ態度があるかどうかが分かるし、地球に関していえば、彼らはここに悪意や作意を持って来たのかどうかが分かる。ここに来たいきさつは聞いていたが、彼は自分の耳で確かめたかった。もっとも、さらに一枚上手で、そのように見せているだけかもしれないが、そこまで踏み込む気は、彼には無かった。
「あなたが外交官として、りっぱな姿勢をお持ちだという事が分かりました。ありがとう」
「あなたこそ、りっぱです。それに度胸もある。本当に、あなたは重要な役職についた人間ではないのですか」
「俺はしがない一般人です。あなたたちのような任務など、俺には務まりません。そのう……」
「なんでしょう」
「俺の個人的意見なんですけど、ここの事を報告するのはまだ早いと、俺は思います。俺は少しですがあなた達のやり方を知っています。ここには、悪意を持った偉い人などが、たくさんいますよ」
ヤッパンは首を振った。誠司は、人間のはいにあたるのか、いいえにあたるのか判断がつかなくて迷った。
「そんな事は当たり前です。思惑のない者はいない。我々は専門家です。どうか我々を信じて下さい」
「最後に、嫌な事を聞きますが……、あなた達は兵器を持ってるんですか」
考え込んでから、ヤッパンは重々しく首を振った。これで、どうやらこれが、はいという事らしい事が分かった。
「もちろん、この船にはありませんが、所有しています。あなたの心配は分かりますよ。……しかし、我々は武力で民衆を収めるほど野蛮でも、愚かでもありません。全ては念のため、有事のためです」
政治家的な発言だな、と誠司は腹の中で思った。星を飛び回っているような者でも、結局そのような部分は人間と変わりは無い事に、彼は少し落胆した。
「分かりました、ありがとう、ヤッパンさん。待つ間、美和子ちゃんの中の者と話があるんですが、いいですか?」
「まだしばらくかかるでしょう。そうだ、お礼と言ってはなんですが、我々の料理を食べていきませんか? もっとも、携帯用の簡易食ですが」
「喜んで!」
野々村誠司は、宇宙の果てから来た、見た事もない料理を食べられる初めての体験に、感動に打ち震えた。
−33−
「シギル」
彼女は答えない。悲しそうな目でじっと俺を見ている。
「シギル、これでお別れだが、何も言う事はないのかい?」
俺にも何を言ったらいいか分からなかった。俺たちには、もう語り合う事がない。
「抱っこしてくれますか、誠司さん」
俺は小さな体を持ち上げた。ぎゅっと抱きしめると、彼女も首に回した手にすごい力を込めた。苦しかったが、俺にはとても止められない。
「愛しています」
「もう何も言うな……シギル」
「何か言う事はないかと言ったのは、あなたです」
「馬鹿」
美和子ちゃんの顔に、悲しい表情が浮かんでいる。左目からだけ、ぽろっと水滴が落ちた。
「おい、美和子ちゃんを泣かすな。お前はいつだって冷静で、はっきりと論理的に物事を語るだろう」
「今はそういう時ではありません」
「そうだな……そうかもしれんが、俺は笑って見送りたい。うれしそうにしてくれ。お前の笑顔は最高だったぞ」
彼女はすぐににっこりと笑った。よし。俺は水滴の跡を親指で拭いてやった。
「そうだ。それが唯一、俺の所にいた間に教えられた、最高の事だ」
「私はあなたと美和子さんから、沢山の事を教わりました」
「そんな事はない。俺は結局流されただけで、自分からは何もしていない。お前がいたから、どうしよう、どうすべきかを考え続けられたんだ。そうだ! シギル」
「なんです、誠司さん」
「お互い、今まで訊きたくても訊けなかった事を訊こう。そうだな……そういえばお前、ミチはあんなにくだけた物言いをするのに、なんで最後までそんな固い口調だったんだ?」
彼女は目を伏せた。長い事、彼女は答えなかった。
「私は、もう何十年も、まともに他人と会話していませんでした。あなたとは、私のそれまでの人生よりも沢山の会話をしています」
「えっ!」
「感情の込められた会話は、私には分かりません。あなた達に触れて、私はそれを学びましたが、体験としてはとても少ないので、私はそれを操る自信がありません」
そうだったのか! 俺は彼女の意外な過去に、また驚かされた。
「ミチのように、真紀さんの脳にあらかじめそういうものが入っているのと違い、美和子さんはあまりに貧弱でした。だから、このような物言いになるのです。あなたは嫌いですか? 誠司さん」
「いいや……、もう慣れたよ。むしろ、いつでもそんな風にまじめに答えてくれるお前だから、俺は大好きなんだ」
俺たちは再び抱き合った。船の中から奴らがのぞいてると思ったが、そんな事はどうでもいい。軽くキスをしてから、俺は何か訊きたいことはないかと言った。
「そうですね……、これは訊かない方がいいと思っていたのですが、いいですか?」
俺は笑ってうなずいた。なんでも答えてやる。これで最後だ。
「あなたはどうして、普通の女性ではなく、美和子さんに恋心を持ったのですか?真紀さんが現れても、彼女にはそういう気持ちは起きなかったみたいですが」
俺の人生で、こんなに窮地に立たされた事があったろうか。俺は真っ赤になって、口をへの字にしたまま考え込んだ。
「……やはり、訊かない方が良かったですか?」
「いや……、お前にウソを言ってもしょうがない。知りたきゃ教えてやる。お前が俺に惚れたように、俺も普通の相手に恋愛感情が湧かないんだ。いや違う。湧きにくいんだ。俺はこういう小さな子が大好きだ。お前はとてもかわいい。俺の理想に近いかわいさだ。いきなり惚れたりはしないが、それだけで俺の条件はほとんど満たしている。あとはお前も知っている通りだ」
彼女はまた考え込んだ。俺はそっぽを向いて、顔をさましていた。
「なるほど……、あなたと私、心に似た部分があったのは、そのせいだったんですね。ですが、誠司さん」
彼女の手が俺の頬に伸びた。さする感触が気持ちいい。
「私はこの偶然に感謝しています。そうでなければ、私はあなたとこんな関係にはなれなかったわけですから」
「そんな事に感謝するんじゃねえ。でもそうだな、俺もお前とこんなに知り合えて、とてもうれしいよ」
俺たちは何度もキスを交わした。唇だけの、小鳥のようなキスだ。もう体も、心も繋ぐ必要はない。俺たちは分かり合っている。
ボートらしいものが飛んできたのは、それからすぐの事だった。つぶれた大福のようなそれは、音もさせずに船の真後ろに降り立った。焼けただれた外観は、とても無事とは思えない。
「よくもまあ……」
俺はあきれて残りの言葉を飲み込んだ。しかしシギルは無事にここにいる。
降りてきたミチは、素早くシギルを呼んで、再び中へ消えた。シギルは進み出ると、俺を振り返った。俺は何も言わなかった。
彼女が入り口に消えると、すぐにミチだけが出てきて、俺の方へ歩いてくる。
他の連中は、ボートを船に繋ぐ作業をしていた。俺には何をしているか分からない。興味はあったが、それよりも俺は胸がいっぱいで、美和子の消えた方角から目を離す事ができなかった。
「……これでおしまい。すぐに大原美和子さんを運び出すわ。次は進藤真紀さん」
「ミチ、お前にも色々迷惑をかけたな。色々あったが、今では感謝してるよ」
「ふうん、ずっと迷惑そうだったのに、ずいぶん態度が違うのね。おかしくなっちゃったの?」
「お前の毒舌も聞けなくなると思うと、寂しいんだ。本当だよ」
俺は手を出した。
「繋ぎたいの?」
「馬鹿、もう十分堪能したよ。握手だ。ありがとう」
俺たちはしっかり手を握った。俺たちの手から快感がはじけて、わっと二人は離れた。どうやら同じ事を考えたらしい。
「このやろう!」
「なるほどね、こんな感じなんだ」
俺は笑いかけたが、ミチは無表情なままだ。だが間違いない。奴は面白がっている。
「……ありがとう。あなたには言葉で表せないぐらい感謝してるわ」
「いまさらそんな殊勝なこと言ってんじゃねえ! さんざん俺に金を使わせて、お前の態度はなんだ!」
「お金?そういう事なら、代わりのもので返してあげられるけど」
平気でそう答える彼女に、俺はかっとして叫んだ。
「バカヤロウ! 誰がそんな事気にしてると言った! 俺が、お礼目当てにやったとでも言いたいのか!」
彼女は無表情のまま、じっと俺を見ていた。
「分かってるわ。もっと時間があったら、楽しかったでしょうね」
ミチの言葉にわずかに寂しさを感じて、俺は怒りを引っ込めた。
「……また来いよ」
「え?」
「また来りゃいいじゃねえか。脱走でもなんでもして来い。俺は待ってる」
「シギルにもそう言ったの?」
「言うわけがねえだろ。俺は奴にさよならも言ってないんだ」
「そう……」
その時、ボートの入り口で、何かが動いた。すぐにミチは駆けて行く。
しばらく経ってから、一人の小ぶりな異生物が降りてきた。腕には美和子ちゃんが抱きかかえられている。
偽体は人間に似ているが、髪は無く、全体にバランスが大きく人間とは違う。かえって先程の異星人たちより不気味な印象だった。ぴったりした服を着ているが、先程の宇宙人と違い、肌があちこち出ていた。たぶん繋ぐために必要だからだろう。
「……シギルか?」
「違うわ、私はミチ。彼女は誠司さんに自分の姿を見せたくないんだって。分かってやって」
俺はそっとうなずいた。遠くから彼女の視線を感じた気がして、つらかった。
真紀を美和子ちゃんの隣に寝かすと、いくつかの指示を俺に与えて、ミチは去って行った。
外交官のていねいな別れに答えながら、俺は何も頭に入っていなかった。
全員に会う事はできなかったが、俺にはどうでもよかった。叫び出したい衝動に耐えながら、俺はただ立って、奴らの船を見ていた。シギル! 俺はさよならは言ってないぞ!
笑いながら手を振ってやる。俺にできるのはこれだけだ。
最初の日に見た白い光の玉がフラッシュすると、そこにはもう何も無かった。初めて俺は叫んだ。
−エピローグ−
俺と、美和子ちゃんと、真紀。ずっとこの三人でいたっていうのに、ここに三人しかいない事に、俺は、心に空虚な隙間を感じていた。
繋いでも、もう奴らはそこにはいない。話しかけても、固い口調や憎まれ口では答えてはくれない。
「約束は果たしたぞ! 全て終わった。みんな自分の家に帰れるんだ」
起こしてすぐ俺がそう言うと、二人はきゃっと喜んだが、すぐに黙った。
「……どうした?」
「誠司さん、なんで泣いてるの?」
「気にするな。さあ家に帰るぞ。まずは美和子ちゃんちだ。この辺は俺はよく知らないから、案内頼むよ、みいちゃん」
「うん……でも、ここってどこ?」
俺は口を開けてあっと言った。その可能性を、俺は考えていなかった。
空を見上げても、そこには夕焼け空がたなびいているばかりだ。俺は少女たちの手を引いて、山を降りるために歩き出した。
終わり.