「おとなになった日」  坂下 信明



「ねえ、お兄ちゃん、似合う?」
 洋介が寝ぼけた顔で食卓につくと、妹の陽子が真新しい制服を着て立っていた。嬉しそうに身をひるがえしたりして、いくつかポーズをとっている。
「ああ。似合う、似合う」
「ちゃんと見てないぃ」
 陽子は赤みがかった頬を膨らませて、怒った。陽子は肌が白いので、怒ったり恥ずかしがったりすると真っ赤になる。洋介は仕方なさそうに、見てやった。
 見慣れている紺のブレザーは、洋介の通う大学の敷地内にある付属中学の制服だ。見慣れているとはいっても、ついこの間までは小学生だった陽子が着てみると、また違った印象を洋介に与えた。新入生なのと兄のひいき目があることを差し引いても、洋介には輝いて見えた。
 陽子はもともと体が弱く、痩せ気味だったのだが、こうやって制服を着てみると人並みにふっくらとしている。子供だとばかり思っていたのに、出るべきところも出てきているんだな。洋介は妙に感心しながら、陽子の顔を見つめた。
 色が白く、ほっそりとした顔から、こぼれ落ちそうな大きな目がある。鼻は低めだが尖っているので気にはならないし、口元はきゅっとすぼまっている。肩まで届く黒髪はまっすぐ素直で、濡れているようなつやがある。街を歩いていても目立つタイプだ。十二歳のわりには身体も大きめだから、モデルにスカウトされてもおかしくない。声と口調がかなり子供だが、それは写真に写らないのだ。
「やだ、あんまり見ないでよ。恥ずかしい」
 陽子はまた顔を赤くしながら、ぱっと視線を下にずらした。見なければ怒るし、見ていると恥ずかしがる。洋介にはどうしていいのかがわからない。しかし恥ずかしがる陽子を見て、洋介は少しどぎまぎした。慌てて、話をそらす。
「今日が、入学式だったっけ?」
「そう。だからお兄ちゃん、送ってってね」
「は?」
 洋介はトーストをくわえて、陽子を見た。
「どうせ行き先は一緒でしょ」
「一緒っつったって、今日オレは休講だぞ。何が悲しくて大学なんぞに行かなならんのだ。第一、目覚ましが鳴らなけりゃこんなに早くは……」
「はーい、目覚ましを合わせたのは、わたしでーす」
 陽子はおどけた様子で手をあげた。洋介はトーストを落としそうになった。
「陽子! お前にはこの兄の休日を尊重してやろうという思いやりはないのか」
「だってお兄ちゃん、言ったじゃない。義陵に受かったら、毎日でも送ってくれるって」 洋介はぐっ、と言葉に詰まった。
 洋介の通う私立義陵大学は県下でも有数の難関校である。だから勿論、その付属の中学校も高校も、トップレベルである。洋介は、陽子には絶対入れっこないとたかをくくっていたので、そんな安うけあいをしてしまったのだ。
 ところが、その約束をしてから陽子は途端に勉強しだし、めきめきと成績を上げていった。そして洋介が予想だにしなかった、合格を果たしたのだ。
 洋介はおそるおそる、陽子の顔を見た。怒っているのかと思っていたら、違っていた。今にも泣きだしそうな顔をしている。洋介は面食らった。
「わ、わかったわかった。送ってやるから、着替えるまで待ってくれ」
「うん!」
 一転して嬉しそうな笑みをこぼす陽子を見て、洋介はため息をついた。
 部屋に戻って着替えながら、洋介は少し考え込んだ。
 ──オレは陽子に甘すぎるのではないだろうか。
 五年前に親父が死んだ時、陽子はまだ七歳だった。父親っ子だった陽子のショックは大きく、それが今の虚弱体質を生んだ。だから十六だった洋介は、陽子のために慣れないながらも父親の代わりを務めなければならなかった。
 今はもう、父親の話はしなくなった。だが、そのかわりに陽子は、立派なお兄ちゃんっ子になってしまったのだ。洋介がいつもそばにいたから、それも仕方のないことなのかもしれないが、最近は少し度が過ぎている。ホラー映画を見た晩には必ず、怖いと言いながら洋介のベッドにもぐり込んでくるし、洋介が合宿に行くと言うと連れていけと駄々をこねる。
 どうにかしなきゃな、洋介はいつもそう思うのだが、結局は陽子の笑顔と泣き顔と怒った顔には負けてしまうのだった。。何だかんだといっても、オレもシスコンなのかもしれないな、と洋介は思った。。陽子がかわいくてかわいくて仕方ないのだ。
 着替えおわった洋介は、愛車のオンボロカルタスのキーを指でくるくると回しながら、ガレージへ向かった。陽子はもう、車の横で待っていた。
「遅い。おくれちゃう」
「安心しろ。オレの車なら五分で着く」
 洋介はむくれている陽子の肩を叩いて、助手席に乗せた。すぐに車を出す。いつも通りの素敵なサスペンションが、ごんごんと腰を打った。
「いったー。お兄ちゃん、車買いかえたら?」
「何で走れる車を買い換えなきゃいかんのだ」
「わたしのおしりが痛くなるから」
「これはオレの車だ」
「お兄ちゃんはわたしのモノなの!」
 そう言われると、洋介は言い返す気力を失った。あきれたのもあるが、そんなわがままな陽子をかわいいと思ってしまった、自分にとまどったのだ。
 すると陽子は、いきなりくすっ、と笑った。
「何がおかしい?」
「あ、ごめん。そういう意味じゃないの」
 陽子はもう一度、嬉しそうに笑ってから、言葉を続けた。
「これからも毎日、一緒に学校に行けるんだなあ、って思っただけ」
 洋介が首を左に回すと、陽子は名前通りに陽光の中にいた。差し込んでくる暖かい光が陽子にはじけて、きらきらと輝いている。そして陽子自身も、眩しいような笑顔を浮かべていた。洋介は、目を瞬かせながら訊いた。
「そんなに、嬉しいか?」
「うん! だってそのために……」
 そこで陽子は、急にうつむきかげんになり、声を小さくした。
「そのために、勉強がんばったんだもん」
 やけに幸せそうな顔をしてそんなことを言われたので、洋介は気恥ずかしくなってしまい、照れくさそうに運転に集中した。陽子もそれきり、黙り込んだ。
 無言のまま、信号を二つ、通りすぎた。すると陽子が「あっ」と声をあげた。
「どうした?」
「髪の毛……」
 陽子が短くて茶色がかった髪の毛を一本、つまんでいた。
「ああ、そりゃ秀美のだ」
 洋介は素直に口を滑らせた。途端に、陽子の顔が険しくなる。
「秀美って、だれ?」
 しまった、と思ったがもう遅かった。陽子が絶対怒ると思っていたので、洋介は秀美のことをずっと隠していていたのだ。洋介は仕方なさそうに、しぶしぶ説明した。
「……同じサークルの、後輩だよ。下宿がこっち方面だから、たまに送るんだ」
「ふうん」
 顔色を伺うように、陽子が洋介の顔を覗き込んだ。
「それだけ?」
「それだけ」
 陽子は納得したのか、シートに寄り掛かって窓の外を見た。
 そして急に窓を開けて、髪の毛を投げ捨てた。
「怒るなよ」
「怒ってなんかないよ」
 口をへの字に曲げている。どう見ても怒っているようにしか見えなかった。
「だってわたしも、中学生になったんだもん。そんなことでいちいち怒ってたら、子供と変わらないから」
 下を向いて、呟くように言った。
「だからね、お兄ちゃん、彼女作ってもいいんだよ。これまではわたしがいたから、気をつかってたんだよね。わたしはもう、だいじょうぶだから」
「陽子……おまえ」
「あ、お兄ちゃん、ここまででいいよ」
 何か言いたげな洋介をさえぎるように、陽子は明るくそう言った。気がつくと、もう校門の前まで来ている。陽子はいそいそと車を降りて、わざとらしいほど浮かれた口調で、帰りも迎えに来ることを言い残して走っていった。洋介は複雑な気持ちで、陽子の後ろ姿をじっと見つめていた。


 帰りの車の中、陽子は一人で喋り続けた。洋介が相槌をうつ暇さえないほど、今日の出来事を洗いざらい、必死に喋り続けた。おかげで、洋介まで入学式に参加した気分になってきた。それほど楽しかったのだろうか、と洋介は不思議に思った。
 話は、家に帰ってからも続いた。話題は今日のことから、これからのことへと移っていた。部活動はなにをやろうか、とか英語が難しそう、だとか。しまいには今日貰ったばかりの教科書を引っ張りだしてきて、ここがわからないなどと質問まで始めた。
 洋介はいいかげん聞くのに疲れてきて、半分程度しか話を聞いていなかった。それでも陽子は話題を探してでも話を続ける。洋介がろくに聞いていないのは態度でわかっているはずなのだ。なのに、ちゃんと聞いて、とも言わない。
 結局、洋介の休日の午後は陽子の話を聞くことだけでつぶれてしまった。日が沈むころになると、さすがに陽子も喋り疲れたのか、途端に無口になった。洋介は急に静まり返ってしまったので今度は落ちつかなくなり、テレビをつける。
 洋介が下らない連続ドラマの再放送をぼーっ、と見ていると、いきなり背後から陽子が声をかけた。
「あ、知ってる。このドラマ、結局お姉さんの旦那さんとくっついちゃうんだよねえ、この女の人」
「こら、結末を言うな。つまらんじゃないか」
「でもさあ」
 陽子は何故か、肚を立てているようだった。
「この人、なんでずっと『おにいさん』て呼んでるのかなぁ」
「そりゃ、一応義理の兄だったわけだから」
「でも、もう離婚してるんでしょ。だったら他人なんだしふつうに名前呼べばいいのに」「急には切り換えられなかったんだろう。そんなもんだ」
「だって、変だよ。『おにいさん』て言いながら抱きついてるんだもん。なんか『きんしんそうかん』みたい」
「そうだな……」
 と答えてから、洋介ははっ、と気がついた。
「陽子! どこでそんな言葉を覚えたんだ!」
「きゃっ」
 陽子が驚いて悲鳴を上げた。
 その時、電話が鳴った。
 洋介も陽子も、そのタイミングの良さに一瞬呆気にとられたが、すぐに陽子が電話を取りに行った。
 母かららしかった。どうせまた、仕事で帰りが遅くなるのだろう、と洋介は憮然としたまま、再びテレビに向き直った。
 電話を切る音がした。洋介は振り返りもせずに訊いた。
「で、いつ帰って来るって?」
「明日の昼、だって」
「なに?」
 洋介は立ち上がった。
「なんか、歓迎会が社員旅行といっしょだったのをすっかり忘れてた、って言ってた」
「忘れるわけないだろう、普通!」
 洋介にはわかっていた。母親が男のところにいることを。多分、男に引き止められるまま、泊まってくるつもりなのだ。洋介は無性に肚が立った。親父が死んでから一生懸命働いて、オレたち二人を育ててくれたことには感謝しているが、今さらになってから男に狂うのはあまりにみっともない。ましてや、今日は陽子の入学式があったのだ。一緒に祝ってやるのが当たり前ではないか。そう、思った。
 しかし洋介は何とか自分を取り戻した。陽子は母親が男のところにいるなどとは、少しも思っていない。洋介がここで母親の悪口を言えば、陽子は真実を知ることになってしまうのだ。それだけは、避けたかった。
「それでね、ごはんは勝手につくっといて、だって」
「はいはい。……そんなことより、陽子」
「え、なに?」
「『近親相姦』なんていう言葉を、どこで覚えたんだ?」
「げっ」
 陽子はわざとらしく、慌てるふりをした。
「オレはな、陽子をそんな言葉を使う子に育てた覚えはないぞ。それは子供は知らなくてもいい言葉だ」
「子供じゃないもん。もうおとなだもん」
 子供という言葉がかちん、ときたのか、陽子は怒った口ぶりで言い切った。
「まだ十二歳だろ。子供は子供だ」
「ちがうの。わたし決めてたんだもん。中学生になったら、おとなになるって。落ちついてて、ものわかりがよくって、お兄ちゃんにも迷惑かけないようなおとなになるの」
「まだ陽子には無理だ」
 洋介が揶揄すると、陽子はむきになって叫んだ。
「もうなれたもん! 今日、ちゃんと言えたから!」
「ちゃんと言えた? 何を?」
 陽子ははっ、と口を押さえた。縋るような頼りない視線で洋介を見つめたが、すぐに頭を強く振りながら走りだした。
「陽子!」
 呼び止めたが、陽子はそのまま二階の自分の部屋へ駆け込んでいった。洋介は訳がわからずに床に座り込んだ。
「何なんだ、一体」
 困惑しながら、それだけを口にした。


「お兄ちゃんのバカ」
 陽子は自分の部屋に引きこもっていた。電気もつけずに、暗い部屋のベッドの上で膝をかかえている。
「わたしの気も、知らないでさぁ」
 手を伸ばして、フォトスタンドを取った。枕元の明かりをつける。そこに飾ってある写真は、ついこのあいだの小学校の卒業式に、兄の洋介と仲良く手をつないで笑っているものだった。
 見つめていると、何だか泣きそうになるので、陽子はすぐにフォトスタンドを戻した。ふてくされたように、ごろんと横になる。
「だって、ぜったい無理だもん」
 呟くようにそう言うと、陽子は悲しくなった。泣く前に寝てしまおう、陽子はそう思った。だって、『おとな』はこんなことでは泣かないから。


 結局、陽子は食事にも降りて来なかった。
 洋介は一人でわびしくチャーハンを食い終わると、テーブルを見た。陽子の分がラップをかけて置いてある。これまでなら、陽子は洋介の作ったチャーハンを喜んで食べてくれた。だが今日は、何度呼んでも返事がない。
 仕方ない、と洋介は立ち上がった。チャーハンを持っていってやろう。
 洋介は静かに階段を登っていく。どうせノックして呼んでも、部屋には入れてくれないだろうから、こっそりとドアの前に置いておこう。そうすれば、オレの見ていない隙に食べるはずだ、と洋介は考えた。
 しかし洋介は、ドアの前で硬直した。
「おにい、ちゃあん」
 陽子の小さな声が聞こえた。泣いているのか、鼻をすする音も混じっていた。洋介は一瞬だけためらったが、すぐにドアのノブに手をかけた。
「陽子、どうした」
 鍵は掛かっていなかった。すっとドアは開いた。
 陽子は寝ているようだった。暗い部屋の中で、ベッドに横たわっている。洋介は起こさないように静かに、陽子の側に寄った。かわいい寝顔だ。しかし、目尻から頬へつたう涙の筋が見えた。寝ながら、泣いているのだ。
「おにい、ちゃん」
 陽子はまた、寝言を洩らした。洋介は、何故自分の名が呼ばれているのか、よくわからないまま、陽子に毛布をかけてやろうとした。その時、陽子は寝返りをうった。
「……陽子」
 黄色いミニスカートの裾が乱れて、その内側があらわになった。すらりと細い太腿、そしてその奥にある白い布。洋介は、それに意識を吸い寄せられた。目が離せないのである。歳の九つも離れた妹のパンチラを見て、何をオレはどきどきしているんだ、そう思いながらも、洋介はそれに触れたいという欲望を押さえることができなかった。
 そっと、太腿に触れてみた。陽子の起きる気配はない。洋介はおそるおそる手を滑らせて、純白の布地に指を重ねた。
「きゃっ!」
 その瞬間、陽子がはね起きた。洋介も慌てて身を離す。陽子は寝ぼけているような顔で洋介を見た。
「……あれ、お兄ちゃん、どうしたの?」
「チャ、チャーハン持ってきたぞ」
 洋介は、少年のように動悸しているのを感じた。洋介はすぐに自分を叱咤する。何を興奮しているのだ。陽子は妹だ。それも、九つも歳が離れている。
「ちゃんと食べろよ」
 洋介はやっとのことで、それだけを口にした。傍らにある勉強机にチャーハンの皿を置いて、部屋から出ようとする。しかし、陽子の様子がおかしかった。赤くなった目で洋介をじっと見つめている。洋介はその視線を振り払うようにして、歩きだした。
「いや! いかないで」
 洋介の背後で、陽子が呼び止めた。洋介が振り返るよりも早く、陽子はベッドから降りて抱きついた。洋介の背中に、強く顔を押し当てている。
「お兄ちゃん、いかないで」
 陽子は泣いていた。泣きながら、洋介に縋りついている。洋介はしばらく泣かせてやった。嗚咽が止むまで、待った。
 陽子が落ちつくと、洋介は向き直って陽子を抱きしめた。耳元で、ささやく。
「陽子、どうしたんだ?」
「わたし、やっぱりお兄ちゃんが好き」
 陽子は腕に力をこめて、洋介を強く抱いた。洋介も抱き返した。
「オレもだぞ」
「ううん、違うの。わたし、ずっとあきらめなきゃ、って思ってた。だって、だってお兄ちゃんのこと、どんなに好きでも、結婚、できないもん」
「結婚?」
「わたしね、ずっとお兄ちゃんといっしょにいたい。結婚、したいの」
 洋介はショックを受けた。陽子がそんなことを考えていたとは、少しも気がつかなかったのである。いや、気がついていたのかもしれない。いつまで経っても、陽子は洋介にべったりだったのだ。もしかしたら、の思いは洋介にもあったはずだ。
 ただ、洋介はその気持ちに応えられないから、あえて気がつかないふりをしていたのかもしれない。
「ほら、お兄ちゃん、困ってる」
 陽子が、黙り込んでいた洋介に、哀しげな微笑みを向けた。
「だからわたし、あきらめようと思った。いつまでも子供みたいに甘えてて、お兄ちゃんをわたしに縛りつけておくのは、やめようって。お兄ちゃんだって、好きな人がいるはずなのに、わたしはいつも妹っていうことを利用して、ずっと縛りつけてたんだよね」
 ぽろぽろと涙を流しながら、陽子は話し続けた。
「中学生になったら、わたしは『おとな』になれると思った。『おとな』は、言っちゃいけないことは言わないし、しちゃいけないことはしないんだよね。わたしもそうなるつもりだったの。それで今日、がんばって言ってみた。お兄ちゃんも、彼女を作ってもいいよ、って」
「陽子……」
 洋介はやっと気がついた。陽子の言っていた「ちゃんと言えた」こととは、校門の前で洋介に言い残していった、その言葉のことだったのだ。
「でも、でも、わたしはいやなの。お兄ちゃんがほかの女の人といることなんて、考えたくもなかった。わたし、ずっとお兄ちゃんといっしょにいたい」
「……ずっと、一緒に、いるよ」
 洋介の口から、自然にそんな言葉がついて出た。陽子が驚きで目をみはりながら、洋介の顔を見上げた。
「……お兄、ちゃん」
「オレも、やっと気がついた。最近のオレは、無理にでも陽子のことを妹だと、自分に言い聞かせてきた。それはオレが、そう思えなくなりそうだったからなんだ。妹だと思えなくなった瞬間に、オレは陽子を自分のものにしてしまっただろう」
 そう言って、洋介は自分の右手を見た。さっき陽子が起きなければ、オレと一体何をしてしまったんだろう、と洋介は考えた。オレはオレ自身を止めることができただろうか。できなかったかもしれない。歯止めがきかなくなって、陽子の上にのしかかっていたのかもしれない。
「お兄ちゃん、それほんと?」
「ああ」
「……うれしい!」
 陽子は満面の笑みを浮かべて、力の限り洋介に抱きついた。洋介はそんな陽子がいとおしくてたまらなくなり、優しく頭を撫でてやった。
 甘美な時間だった。このまま時が止まればいい、などと洋介は気恥ずかしくなるような陳腐なセリフを、頭のなかでつぶやいていた。
 陽子はうっとりとした表情で、洋介に囁きかけた。
「お兄ちゃん、じゃあ今すぐ、わたしをお兄ちゃんのものにして」
 洋介は予期せぬ言葉に、戸惑った。
「……意味をわかって、言ってるのか?」
「うん。わたしね、いろいろ調べたの。みんなが、わたしのことを変だ、変だって言うから、どうして変なのか」
 そこで洋介は、『近親相姦』という言葉を知っていたわけを、悟った。
「エッチな本が多かったけど、兄妹がよくない理由は、だいたいわかった。でも、それなら子供をつくらなければ、セックスしてもいいってことになると思う」
 セックス、陽子の子供っぽい声でそう言われると、洋介の身体はかっ、と熱を帯びてしまった。その時、洋介は確信した。オレはシスコンでもロリコンでもない。陽子という一人の女を、愛しているのだと。
「わたしは、まだ妊娠できないはずだから、なにをしてもいいよ」
「……陽子、そんなこと言ってると、オレ、押さえ切れなくなるぞ」
「押さえないで。好きにして」
 洋介は理性の鎖から解き放たれた。陽子の身体を抱いたまま、ベッドに倒れ込む。急に陽子が洋介の腕の中で、肉感的に感じられた。洋介は思わず、白いブラウスの膨らみに手をやった。
「知らないうちに、大きくなったな」
「やだ、はずかしい……」
 真っ赤になって照れる陽子の唇に、洋介は唇を重ねた。陽子はうっとりと、目を閉じる。洋介も陶酔した。
 唇を離して、ブラウスのボタンを一つずつ外してゆく。なすがままだが、時折恥ずかしそうに身を震わす陽子。洋介は子供のようにどきどきしながらブラウスを脱がした。
 ピンクのかわいいブラを上にずらすと、まだ脹らみかけのこじんまりとした胸が露わになった。横に流れるほど大きくないので、きれいに形が崩れない。手の中に収まりきってしまうほどの丘陵の頂上に、うっすらとだが色づいた突起があった。洋介はじかに、掌をあてた。暖かくて、柔らかい。
「陽子……乳首、固くなってきたの、わかるか」
「……うん、気持ちいいと、そうなるんだよね」
 揉みしだくと、健気に掌を押し返してくるのだ。洋介が擦りつけるように愛撫すると、ころころと転がる。指で摘むと、陽子が鼻にかかった声を洩らした。
「気持ちいいのか?」
「よくわかんない、けど、んっ、声が出ちゃうの」
 洋介の手は胸から細い腰を下って、太腿をさすった。陽子は自分から、しかしおそるおそる脚を開いた。洋介は内側に手を滑り込ませると、ゆっくりと上へ這い上がらせた。
 さっき触れた白いパンツを、洋介はじっくりとさすった。小振りなお尻を撫でて、次第に大事な部分に近づいてゆく。陽子は恥ずかしげに身をよじった。
「少し、濡れてきてるぞ」
「いやっ、恥ずかしい」
 パンツの上から上下に指を動かすと、布地がしっとりと湿りけを帯びてくるのがわかった。洋介は我慢しきれなくなり、陽子のパンツを下ろした。陽子も初めは拒んだが、洋介が優しく膝を撫でてやると、おそるおそる脚を開いた。
 洋介はわずかに生えはじめた恥毛を分けて、陽子の大事な部分に触れた。そこにはぬるっとした液体がしみ出ている。洋介は陽子の愛液に指を浸しながら、少しずつ動かし始めた。ちゅぷっ、ぶちゅっ、という音をたてながら、指が割れ目の中にめり込んでゆく。
「んっ、やっ、ううん」
「陽子、ほら、クリトリスがこんなになってるよ」
「んあっ、だめぇ」
 洋介の指が、小さい突起にひっかかった。何度も擦ってやると、陽子は強く洋介にしがみつく。洋介はそれでも、クリトリスをこね回す。陽子の身体が、細かく痙攣した。
「中に指、入れたことはある?」
「な、ないよぉ、ひあっ」
 返事を聞いてから、洋介は指でヴァギナの回りを撫でた。たっぷりと濡れている。これならもう大丈夫だろう、と洋介は中指の先をヴァギナに差し入れた。思っていたより抵抗はなく、陽子の幼いヴァギナは洋介の指を受け入れた。
「痛くないか」
「ん」
 指を動かした。ぬるぬるとしたヴァギナは、陽子の痙攣にあわせるかのように、洋介の指をぎゅっと締めつけてくる。やはり狭い。オレのモノは入るだろうか、洋介は心配になった。
「ねえ、お兄ちゃんも、はあっ、ぬいでよぉ」
 洋介が指を止めて考えていた時、陽子が息を乱しながらそう言った。洋介はまだ躊躇しながら陽子の顔を見る。赤く上気した陽子の顔が、洋介の視線を感じてか明るく微笑んでいた。洋介は指を抜いた。抜くときに、陽子はたまらない表情をした。洋介はその顔に陽子の中の女を見て、急にどきどきした。
「ずるいよ、わたしにも、お兄ちゃんの、見せて」
 甘えるように、洋介の肩に頬をこすりつけて、陽子が囁いた。洋介はようやく決意して、立ち上がった。全部、脱いだ。そして陽子のスカートも脱がした。洋介も陽子も、一糸まとわぬ姿になってから、強く抱きしめあった。
「あ、ほんとうに大きくなってる」
 陽子が、洋介のペニスに手を伸ばした。おそるおそる、握る。陽子は顔を近づけた。
「ふうん、こんなになってるんだぁ」
「怖いか?」
 洋介の質問に、陽子は首を横に振った。
「ううん、なんか、かわいい」
 そう言って陽子は、洋介のペニスに軽く口づけをした。洋介は苦笑しながら、陽子の頭をやさしく撫でてやった。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「ずっと、いっしょにいてね」
「ああ」
 洋介は陽子の上に乗った。陽子が真面目な顔になって、目を閉じた。洋介も真顔で陽子にキスをした。とうとう、オレたちは兄妹ではなくなってしまう、その緊迫感が洋介と陽子を包んでいた。しかし洋介は、何とかペニスを陽子のヴァギナに押し当てた。
「入れるよ」
「うん」
 洋介は腰に力を込めた。ずるっ、とペニスが分け入ってゆく。陽子がのけ反った。洋介は陽子を抱きしめた。陽子も洋介を抱きしめた。
「痛いか?」
「ん、だいじょうぶ」
 洋介が動いた。陽子の中は、狭くて熱かった。それでも、ぬるぬるとしていたおかげで、何とか洋介は腰を動かすことができた。
「い、い、んっ、たっ」
 陽子は、どうやら必死に「痛い」と言わないようにしているようだった。下唇を噛んで、声を出すのさえ我慢している。洋介はそんな陽子がいとおしくて、陽子の頬を舐めてやった。
 洋介は胸も舐めた。乳首がぴんと尖っていたので、口に含んでみる。舌で触れると、陽子の身体から固さがなくなり、リラックスしたようだ。洋介は手で太腿を抱えて、より深く突いた。陽子は高い声をたてた。
「陽子、もっと声を出してもいいんだぞ」
「……お兄ちゃぁん、き、気持ちいいよぉ」
 痛くなくなったのか、陽子はうわずった声でそう言って、洋介の腰に手を回した。洋介が突くたびに、腕に力が入る。
 洋介が横に転がった。今度は、洋介が下になった。陽子の小振りな尻を抱えて、洋介は陽子を突き上げた。
「ああっ、あん、あっ」
 陽子がのけ反った瞬間に、洋介は陽子の胸を掴んだ。さするようにして、胸全体を愛撫する。陽子は不安定な態勢のままで、身を震わせた。
「いやぁ、お兄ちゃん、あっ、こ、こんな、かっこうっ」
「陽子、かわいいよ」
 洋介は素直な気持ちで、下から見上げながら言った。陽子は照れたのか、顔を横に向けてしまった。洋介は胸にあった手を外して、陽子を抱き寄せた。倒れるようにして、陽子の身体が洋介に覆いかぶさる。
「おっ、お兄ちゃん、だいすき」
「陽子、オレもういくぞ」
「いいよ、あっ、あっあっ、中で、んっんっ」
 洋介は陽子の尻を握りしめて、動きを早めた。もう出る!
「うっ」
「ふぁぁっ、あっ、あぁん」
 洋介は射精した。どくどくと放出するのにあわせて、陽子の腰がふるえた。洋介も陽子も、荒い息をつきながら、しばらく動けずにいた。
 どうにか動けるようになったので、洋介は陽子にキスをした。すると陽子も洋介の唇を吸った。苦しくなるまで、吸いつづけた。洋介はやっとのことで唇を離すと、ペニスを陽子から抜いた。
「あっ、お兄ちゃんの『せいえき』が出てくる」
「ムードないな、お前って」
 洋介は呆れながら、ティッシュを取ってやった。
「それに、どこでそういう言葉を覚えてきたんだ?」
「自分で勉強したの」
「どうやってだ」
「参考書の裏」
 陽子が指さしたのは、中学受験のための参考書の収まった本棚だ。洋介はベッドから出て、参考書をどかしてみた。
 奥から出てきたのは、ポルノ小説の山だった。洋介は全部の参考書をかき出してみた。すると、棚には参考書とほぼ同数のポルノ小説があった。
「よーこ、なんだ、これは」
「はじめはね、不安だったの。お兄ちゃんを好きなのは変なんじゃないかって。でも、それを読むうちに安心できたの。ていうか、読んでるあいだは、自分が登場人物になったつもりでいられるから」
 陽子はそう言って俯いた。洋介は小説のタイトルを見てみた。ほとんどのタイトルに、兄か妹の文字がある。洋介は怒る気がなくなった。黙って、陽子の肩を叩いた。
「お兄ちゃん……」
「これからは、ずっとオレが側にいてやるからな」
「うん」
 陽子は嬉しそうに、洋介に身を寄せた。洋介は肩を抱いてやる。すると陽子は、また余計なことを口走った。
「ねえ、わたし、ものわかりのいい『おとな』にはなりきれなかったけど、身体は『おとな』になれたんだよね」
「陽子!」
「きゃーっ、ごめんなさい」
 洋介は陽子を殴るかわりに、再びベッドに押し倒した。



終わり