「紫陽花の少女」  坂下 信明



 僕は紫陽花の花が大嫌いだ。びっしりと群がるように、鮮やかな花がまとわりつくように咲いているのを見ると、途端に気分が悪くなる。いや、もしかすると、僕は紫陽花が好きなのかもしれない。気分が悪くなるくせに、その後は決まって時を忘れたかのように見入ってしまうのだ。たとえ雨に濡れていて、部屋に駆け込まなければならないような時でさえもだ。
 僕がこのように紫陽花を思うようになったのは、ちょうど一昨年の今頃、あのことがあったからだ。僕にはまだ信じられなく、また信じたくない事件だったが、今日はこの憂鬱な雨の音に任せて、つたない筆で綴ってみようと思う。
 僕の実家はかなりの旧家で、地主でもあったことで、厳格な因襲のもとで育てられた。今は東京に出てきての独り暮らしだが、それをとやかくいう祖父らの意見によって、僕はこまめに長野の実家に帰ることを要求されている。出来れば帰りたくなどない家だが、僕は一人っ子であるためにその要求から逃れることは許されないのだ。
 一昨年の梅雨も終わりになろうという頃、僕は実家にいきなり呼び出された。僕はあの頃はまだ大学二年生で、しかたなく授業を自主休講にして実家へと向かった。
 帰った途端に聞かされたのは、祖父の愚痴めいた言葉だった。お前は正月はおろか、村の七夕祭りにすら参加する気がないのか、と前の年に一度も帰省しなかったことをなじったのだ。僕の村の七夕祭りは規模の割りには派手なので、村民にとっては数少ない、正月にも並ぶハレの祝い事なのである。僕は大学に入ったばかりだったので去年は都合がつけられませんでした、と素直に謝った。母も助け船を出してくれたので、その場はそれで終わることができた。
 居心地の悪い実家だった。お手伝いさんも何人かおり、僕のことを「おぼっちゃま」などと呼んでくる。父はもう、ただの会社員なのに、おぼっちゃまはないだろうと思う。そしてそんな古臭い響きにも、もううんざりしていた。僕は、すぐに布団にもぐり込んで、自分の幼少時代を振り返ってみた。あの頃は、学校の友達に混じって山にカブトムシを取りにいくだけでも怒られた。出の悪い子供たちと遊んでは、いけないのだそうだ。
 そんなことを思い出すたびに、胸をちくりと刺す少女の姿があった。隣に越してきた、六つ歳下の愛子の姿だ。初めて会ったのが僕が小六の頃、愛子はまだ小学校に入学してきたばかりだった。愛子はとても人懐こい子で、当時ひどく陰鬱だった僕に対しても笑顔を見せ、孤独だった僕の後をよく追いかけてきたものだった。
 僕はそんな愛子がかわいくて、まるで妹ができたようだと思った。よく、一緒に遊んだものだ。しかし、二人で遊んでいる所を母に見つかり、僕はこっぴどくしかられたのだった。あの子は父なし子、淫売の子です。決して一緒に遊んではいけません、と。
 しかし僕は諦められなくて、隠れて愛子と会うことが多かった。愛子の母は昼間、工場まで働きに出ているので、僕が愛子の家にこっそりと入って、部屋のなかで遊んだ。かくれんぼやあやとり、トランプやしりとりなど、室内での遊びは大抵やっていた。
 中でも僕がいまでもどきどきとするのは、お医者さんごっこだった。あれは愛子が小学四年になった頃だから、僕はもう高校に上がっていた。おかっぱ頭の活発な少女が、部屋のなかで走り回って、転んだ。その時にスカートがめくれて、僕の目に白い木綿地のパンツが飛び込んできたのだ。僕はついふらふらと、愛子の剥き出しになった太腿に手をつけた。愛子が不思議そうに「なにするの?」と、決して拒絶の意を含まずに訊いた時、僕がとっさに口にした言い訳が「お医者さんごっこ」だった。
 あの時僕は、愛子のパンツをゆっくりと下げて、白く張りのあるお尻に顔を近づけた。小便の匂いと大便の匂いがかすかにしたが、僕はそれを少しも汚いとは思わなかった。恥ずかしがる愛子をなかば無理やりに押さえて、僕は愛子の脚を開かせた。きゅっとすぼまった肛門と、細く走っただけの割れ目を見ると、僕は初めての興奮に身を焦がした。
 それからは、僕は週に一回はお医者さんごっこをした。最初は恥ずかしがるだけだった愛子も、僕を診察させてあげることによって次第に興味を深めていったようだった。僕の勃起したペニスを握って「どうしてこんなになっちゃうの?」とあどけない顔で問いかけてくるあの愛子の顔は、いまだに僕の劣情を呼び起こす。
 ただし僕は、その劣情が単なる性的な興味と欲求によるものだとは思っていなかった。信じられないことだが、その時の僕は、愛子のことが大好きで、結婚するのなら愛子としかしないと思い込んでいたのだ。たとえ母に怒られようとも、他の誰かに反対されようとも、僕は愛子と結婚することしか考えてはいなかった。当時の僕はまだ高校生であったし、ましてや愛子は小学生だった。随分とませたことを考えていたのだと、今になって思う。でも、当時の僕は真剣だった。
 一度だけ、性交を試みたこともあった。愛子が小学六年生になったばかりの頃、互いの性知識も豊富になり、愛子もセックスという言葉を知ったころだった。その頃には愛子も快感を知っていて、正体の判らない液体が溢れてくるのに戸惑っていた。そこで僕が提案をしたのだ。
 やはり、性交は失敗した。それどころか、愛子はあまりの痛さに泣きだし、もう二度とお医者さんごっこはしたくない、と言いだした。僕は仕方なく、お医者さんごっこをやめた。するとそれ以来、僕の足は愛子の家から遠ざかってしまったのだ。つまり、それが最後のお医者さんごっこであり、最後の愛子との思い出になった。
 僕の胸を刺すのは、それからの愛子の姿だった。僕が遊びに行かなくなり、父親のいないことで回りからも爪弾きにされていた愛子は、独りぼっちになった。明るい笑顔は虚勢になり、道で僕とすれ違うたびに泣きそうな顔を下へ向けた。僕は何事もなかったかのように、いつも空を見ながらすれ違った。暗い愛子の顔を、見るのは辛かった。でも、子供だった僕はもう、二人の関係はやり直せないものだと思い込んでいた。
 そんな状態が続いていたのと、とにかく嫌いな家から離れたい一心で、僕は東京の大学を受験することにした。どこでもよかったので、僕は簡単そうな私立を幾つか受験した。学費や下宿代などは、親の脛を素直にかじることにした。
 そうして僕は、東京での孤独な生活を始めたのだが、入学式を終えてすぐに、何と愛子からの手紙が届いた。愛子ももう、中学に入学しているはずだった。
 手紙には、簡単な近況報告──それは僕にも、かなり無理をして幸せそうに書き換えていることがわかるものだった──のあとに「ごめんなさい」と結んであった。一体何が「ごめんなさい」なのか、僕にはよく理解できなかった。今になってやっと、それがお医者さんごっこに関することだったのだと判ったのだが。
 当時の僕はすぐに返事を書き上げた。封筒に便箋を入れ、切手を貼った時点で、しかし僕は投函を踏みとどまった。あんな田舎で、さらに郵便配達のおじさんは家のものと親しいのだから、僕が愛子に手紙を出したとしたら、その話はすぐに母たちに伝わるだろう。それは避けなければならない。僕たちの交際がばれてしまえば、これまでのことも問い詰められるかも知れないのだ。そう考えて、僕は書いたばかりの手紙をごみ箱に棄てた。
 僕が去年、実家に帰らなかったのは、そういった愛子との事情もあったからだった。僕はもう、忘れ去ろうとしていた。愛子のことはきれいに忘れて、新しい道を選ぼうと思ったのだ。しかし、忘れられなかった。だからこそ、講義をさぼってまで、実家に帰ってしまったのだ。
 僕は布団の中でそんなことをとりとめもなく思いながら、眠りに引きずり込まれていった。目が覚めた時には、もう昼近かった。それでも外が明るくなかったので障子を開けてみると、陰鬱な雨が降りしきっていた。
「おぼっちゃん、おはようございます。あれ、どちらへ行かれるんです?」
「うん、久しぶりだから、ちょっと散歩をしてくる」
 そこで僕は、いかにもさり気なく訊いてみることにした。
「安田さん、お隣の村下さんは元気にしてる?」
「……それがですねえ」
 老齢に差しかかった安田さんの目が、曇った。
「一年前に、急にいなくなっちゃったんですよ。親娘ともども。なんでも、新しい旦那が出来たそうでしてな、何の挨拶もなしにふっ、とですわ。まあ、越して来た時から礼儀の方はなってなかったですからなあ」
「!……ふうん、そうなの」
 僕は懸命に、叫びたくなる欲望を押さえて冷静を取り繕った。ということはつまり、愛子ももういないのか!
「で、どこに行ったんだろう?」
「さあ、何せ挨拶なしでしたから、それは判らないですな」
「へぇ、じゃ、行ってくる」
「お気をつけて」
 傘をさして、僕は慌ただしく玄関を出た。懐かしいが、決して僕を楽しませてくれない風景が、目に飛び込んでくる。僕はなるべく下を向いて、動揺する心を落ちつかせながら愛子の家へと向かった。愛子の家の垣根のそばには、紫陽花が植えられている。あまり立派な紫陽花ではなかったが、僕はその紫陽花の貧相な花が気に入っていた。この時期になら、まだ咲いているはずだ、と僕はそんなどうでもいいことを思っていた。
 ところが、紫陽花は僕の期待を全く裏切っていた。なくなっているのかもしれない、という予感は心のどこかにあった。愛子たちは、何処かへ引っ越してしまったのだから、枯れてしまっていてもおかしくはない。しかしまさか、あの貧相で見すぼらしい紫陽花がここまで立派に咲き誇っているとは、僕は全く予想もしていなかった。まるで垣根を壊してしまうかのように、紫陽花は力強く生えていた。たった一年ほど見ていないうちに、ここまで立派に育つのは、少々不気味でもあった。
 僕はしばらく、その紫陽花に見とれていたが、すぐに我に返って愛子の家の玄関に回ってみた。その時点でもまだ僕は、淡い期待を抱いていた。もしかしたら、愛子と母親はここへ戻ってきているのかもしれない。ベルを鳴らせば、奥からひょっこりと現れるかもしれない。しかしそんな期待は、すぐに突き崩された。紫陽花とは対照的に、愛子の家は荒れ果てていた。元々きれいな家ではなかったが、ポストや呼び鈴に、人の使っていた跡がない。やはり空き家のようだった。
 空き家、そう呟いて、僕は慌てて戸を開けた。鍵は掛かっていなかったので、薄暗い玄関が目の前に開けた。靴が一足もなかった。それどころか、わずかながらの調度品などもきれいさっぱり、なくなっていた。
 僕は靴を脱いで、勝手に上がってみた。床に埃が積もっている。でも僕は構わず、中に入っていった。愛子との思い出がしみ込んだ、郷愁を呼び起こすその家には、しかし誰一人住んでいる様子は残っていなかった。
「やっぱり、もう誰もいないのか……」
 僕はがっくりと肩を落として、畳に座り込んだ。すると、いきなり僕の肩に手を置くものがいた。僕は飛び上がった。
「うわぁ!」
「きゃっ、びっくりしたぁ」
 聞き覚えのある声が、背後でした。僕は信じられない気持ちで振り返った。
「愛子!」
「おかえり、お兄ちゃん」
 立っていたのは、何とセーラー服姿の愛子であった。僕がこの土地を離れた時とほとんど変わっていない少女が、にこやかに僕を迎えてくれた。おかっぱも、身長も変わっていないので、僕には時が一瞬にして戻ったような感じがした。
「愛子、どうしてこの家にいるんだ? だって引っ越したって……」
「しぃーっ」
 僕の質問を、愛子は小さな桜貝のような唇に指をあてて制した。
「静かにしてね。ほんとはここに、入っちゃいけないんだから」
 愛子はそう言って、僕の前に正座した。
「ここはもう、引っ越したからあたしの家じゃないの。でもあたしはここにいる。どうしてだと思う?」
 僕は静かに首を振った。
「ふふ、きっとお兄ちゃんは帰ってくると思ってたから、わざわざここで待ってたの。驚かしてやろうと思って」
 おかしそうに笑う愛子の顔を、僕は眩しそうに見つめた。僕には、そんな風に明るく振る舞う愛子に返す言葉が、思いつかなかった。
「……手紙の返事は、くれなかったのね」
 笑顔のままで、愛子が急にそう尋ねて来た時、僕はその愛子の笑顔に無理が含まれていることを知った。
「ごめん」
「ん、いいのいいの、あたしが勝手に書いただけだし、今こうやって会えることのほうが、すごく嬉しい」
 僕は正直言って、すごく不思議な気分だった。今こうして愛子と話すたびに、少しずつ時間が巻き戻っているような気がするのだ。そう、まだ愛子と仲良く遊んでいた、あの時代へと。
 僕が奇妙な感覚に捕らわれていると、愛子はすっと僕の前に寄って、肩を抱いてきた。僕の胸に頬を押し当て、愛子は鼻をすすった。
「……泣いてるのか」
「うんん、でも、ちょっとだけ……」
 愛子は目を閉じていた。僕はどぎまぎとして、愛子の背中に手を回すことさえ出来ずにいた。しばらく時間が過ぎると、愛子はぱっと僕から離れて、いたずらっこのような顔で言った。
「あー、お兄ちゃんの心臓の音、段々早くなってる。さては、興奮したな」
「……な、なにを」
 言うんだ、と繋げる前に、愛子はまた話を変えた。
「ねっ、お兄ちゃん。遊ぼ。昔みたいにさ」
「む、昔みたいに、って言ったって、もうかくれんぼとかやる歳じゃないだろ」
「別にかくれんぼじゃなくたっていいじゃない」
 愛子がそう言って、えらそうにウィンクをした。おかっぱ頭のせいもあって童顔に見える愛子がそんなことをしても、冗談にしかならない。僕は思わず、吹き出した。
「あー、なんで笑うのー」
「いや、似合わないから」
 愛子は気分を害したらしく、唇を尖らせた。僕は、愛子にはこんな顔のほうが似合うと思う。拗ねた妹ほど、かわいいものはないだろう。
 すると愛子は尖らせたままの唇を、僕の耳元に近づけて囁いた。
「じゃあ、したくないの? お医者さんごっこ」
「えっ?」
 僕は予想もしていなかった言葉に驚いた。もうしない、と泣きながら訴えた愛子だ。
「あの日の、続きをしよ」
「あの日のって、あの……」
 僕は言葉が続かなかった。愛子が、僕の上に覆いかぶさって来たからだ。僕は抵抗することなく、愛子に押し倒された。
「あたしね、ずっと後悔してたの」
 愛子の顔が、僕の目の前にあった。愛子は泣きそうなのを懸命にこらえなから、告白した。
「あたしがいやだ、って言ったから、お兄ちゃんと離れ離れになっちゃった。こんなことになるんだったら、あたし、どんなに痛くても我慢したよ。でも、あの時はあたし、まだ子供だったから、こんなことになっちゃうなんて、思ってもみなかった」
 それは僕も一緒だった、と僕は思っていた。でも、口には出せなかった。愛子の真っ直ぐな瞳が、僕の瞳を覗き込んでいる。
「あたし、今なら何でもできるよ。でも、お兄ちゃんと離れるのだけは我慢できない。もういや、放さないで」
「愛子……」
 僕は愛子を強く抱きしめた。愛子はゆっくりと目を閉じる。僕は愛子の小さな唇に、僕の唇を重ね合わせた。
 愛子は積極的だった。失われた時間を取り戻すかのように、僕の手を自分の胸へ押し当てた。愛子の胸は触ってみると、見た目よりも大きい感じがした。柔らかいが、揉むと弾力がある。僕は夢中で手を動かした。愛子の眉根が、寄る。
「……お兄ちゃん、ちょっと痛い」
「ご、ごめん」
 僕は少し力を加減した。すると愛子の脚は、僕の身体を挟み込むように力がこもった。僕はぐるっと横に転がって、逆に愛子の上にのしかかった。
 セーラー服の裾から手を入れると、直に素肌が感じられたので僕は面食らった。もうブラジャーを着けているのだとばかり思っていたら、それどころか愛子はシャツさえ身につけていなかったのだ。僕が不思議に思ったのを知ってか、愛子が囁いた。
「お兄ちゃんのために、脱いでおいたの」
 僕はその言葉に嬉しくなり、生の乳房に手をやった。まだ脹らみきっていない乳房は横になっても円錐形を保ったままで、その頂点の突起が触るたびに固くなってゆくのが判った。指ではじくと、こりこりとした感触が心地よい。それは愛子も同じらしく、切なげに喉を鳴らした。
「ん、んんっ」
「……気持ち、いい?」
 愛子が頷いた。僕はセーラー服をたくし上げた。まだ小振りな乳房が二つ、露になった。僕はその頂点の突起に、むしゃぶりつく。舌をあてると、尖った乳首が舌を押し返してくる。ぴん、とはじくと強く反動する。僕はその運動に、夢中になった。
 長い間乳首を舐めつづけていると、愛子は焦れたように鼻にかかった声を出した。
「お兄、ちゃあん、触ってぇ」
 僕の指をつまんで、愛子はスカートの奥へ誘導した。するするとすべらかな太腿を滑って、僕の指はさらりとした布地にたどり着いた。しかし僕が指を少しずらすと、布地は完全に湿っていて、温かみがあった。僕は指を擦りつけた。
「あっ、お兄ちゃん、すごく気持ちいいっ」
 ぬるぬると指が、布地にめり込んでゆく。くっきりと、縦の割れ目が浮かび上がった。僕は乳首を舐めるのをやめて、愛子の股の間に顔を突っ込んだ。スカートをめくると、淡いブルーのパンティに大きな染みが出来ていた。
「やっぱり、恥ずかしいよぉ」
「すごくかわいいよ、愛子」
 僕の口から、素直にそんな言葉が出た。愛子は頬を赤らめて、目を閉じた。
 パンティに手をかけて、一気に脱がしてしまった。僕は閉じようとする愛子の太腿を優しく押さえると、もっと顔を近づけてみた。うっすらと開いた割れ目の回りには、まだ産毛のようにささやかな恥毛が柔らかく生えていた。指で割れ目を拡げると、赤い秘肉がしっとりと潤んで花開いた。それと同時に、何ともいえない匂いがした。小便の匂いの混じった、幼い少女特有の匂いだった。僕はその臭い存分に堪能しながら、ぺろりと舌で舐め上げた。愛子の腰が持ち上がりそうになるのを、僕は押さえた。そして、今度は舌全体を割れ目にぐっ、と押しつけた。
「ああっ、あっ、うっ」
 舌で上下に擦っていると、柔らかい秘肉の中にある小さな芽が感じられた。目で見た時にはよく判らなかったが、それがクリトリスだった。そこが特に気持ちいいというのは、もう昔のお医者さんごっこで判っていたことだったので、僕は丹念にその芽を舌で擦りあげた。愛子の腰が細かく震え、快感を訴えていた。
 ところが愛子は、途中で僕の頭を押し返した。僕の舌は割れ目から離れてしまった。愛子は荒い息をつきながら、僕に向かってこう言った。
「こ、今度は、あたしの、番ね」
 愛子は僕を立たせると、膝立ちになって僕のズボンのファスナーを下ろした。僕のペニスはもうすっかり勃起していたので、ファスナーは非常に下ろしにくい。それでも愛子は何とかズボンを脱がせて、僕のブリーフも脱がせた。愛子は目を見開きながら恐る恐る僕のペニスに触れて、微笑んだ。
「なんか、あの時よりも大きいみたい」
 両手でペニスを優しく包み込んで、愛子はしごいてくれた。僕はそれだけでも嬉しくてたまらなかったが、一つ注文をつけてみることにした。
「愛子、それ、舐めてみて」
「えー、これを?」
 愛子の目が白黒した。そこまでは、以前にもしたことがないからだ。
「前の続きを、するんだから。先に進まなきゃ」
「……うん、わかった」
 愛子は舌を出して、僕の亀頭にちろり、と触れた。それが思いの他気持ち良かったので、僕はつい声を洩らしてしまった。愛子が、僕の顔を見上げる。
「気持ち、いいの?」
「うん、すごく気持ちがいい」
「じゃあ、あたしがんばる」
 愛子はやる気になったようで、ぺろぺろと亀頭を舐めまわし始めた。愛子の舌は柔らかいので、ねっとりとした感触が亀頭をこすりあげ、僕は度々発射しそうになって、肛門を締めて耐えた。
「あ、ありがとう。もう、いいよ」
 それでも耐えきれなくなったので、僕は愛子に止めさせた。そして愛子のセーラー服を脱がしにかかる。愛子も両手を上げて手伝ってくれたので、セーラー服はすぐに脱がすことができた。スカートも落としてしまうと、愛子は一糸まとわぬ全裸になった。
「愛子、すごくきれいだ」
 僕は眩しいものを見るように目をそばめて、感想を言った。愛子が恥ずかしげに、頬を赤らめる。
「ちょっと、幼児体型だけどね」
「……もう、お兄ちゃんのバカ」
 また拗ねる愛子を、僕は優しく抱きしめた。愛子は、何故だか一瞬戸惑ったあとで、僕の背中に手を回した。
「愛してるよ、愛子」
 僕の囁きに、愛子は信じられないことを聞いたかのように目を見開き、そしてその目から大粒の涙を溢れさせた。
「……その言葉、もっと早く、聞きたかった……」
 嗚咽混じりに、愛子はそう言った。そして僕はその時、その言葉の真の意味を判ってはいなかったのだ。
「さあ、続きをしようか」
「……うん」
 愛子は自ら横になった。僕がその股の間に入り込む。
「入れるよ」
「いいよ」
 ぐっ、と押し込むと強い抵抗感があった。僕は愛子の腰を掴んで、一気に押し込んだ。愛子の顔が、苦痛に歪んでいる。
「い、いたい、止まって!」
「ご、ごめん、でも……」
 僕の腰はゼンマイ仕掛けのように、もう止まらなかった。ぐっ、ぐっ、と繰り返し、ペニスを愛子の中へ突き立てている。
「いたっ、いっ、んぐっ」
 僕は愛子がかわいそうになり、叫び続ける愛子の口を、唇で塞いだ。手も、握ってやった。すると、愛子の身体から固さが消えた。リラックスしたようだ。膣の抵抗も、多少ゆるやかになる。僕はその分、強く深くペニスを押し込んだ。愛子の膣内のすべてを、味わうかのごとくに。
「んんんっ、むっ、あっ、あっあっあ」
「愛子、もうすぐ、もうすぐいくよ」
 途中で唇を離して、僕はそう言った。その瞬間に、僕は愛子が泣きつづけているのを知った。嬉しいのか、悲しいのか、ただ痛いだけなのか、それは僕には判らない。今になっても、判らない。
「うっ、うっ、ん」
「やぁぁっ!」
 僕は愛子の中で、思い切り射精した。こんな感覚は初めてだった。まるで自分が壊れてしまったかのように、激しい射精だった。
 僕も愛子も、そのままの姿勢でぐったりと脱力してしまった。それでも僕は、何とか愛子の髪を撫でてやるくらいの余裕が出てきた。
「……痛かった?」
「……うん、すごく」
 それから愛子は、両手で顔を覆ってしまった。
「あんまり顔見ないで。恥ずかしいから……」
 この時の僕は、完全に昔の僕に戻っていたのだろう。恥ずかしがる愛子と、一生離れたくないと本当に思っていたのだ。頬に優しく、キスをした。
 ところが、愛子はそれを嫌がった。何故だ。僕はもう、愛子とは相思相愛だったのだと有頂天だった。そしてそれは、愛子も同じだと思っていた。
 愛子は、のろのろと立ち上がった。
「……お兄ちゃん、どうもありがとう。でも、あたしはもう、駄目なの。お兄ちゃんとはいっしょにいられない!」
「ど、どうして」
 愛子はぽろぽろと涙をこぼしながら、叫ぶように続けた。
「もう遅いの! なにもかも。お兄ちゃんがあたしのこと好きって言ってくれたことも、お兄ちゃんがあたしとセックスしてくれたことも、もう、全部遅すぎたの!!」
 愛子が両手を拡げた。僕に裸身を見せつける。
「この身体はもう汚れちゃってるし、少しも成長することがないの! お兄ちゃんは気づかなかったの? あたし、一年前と何も、本当に何も、変わってないのよ!!」
 僕は茫然としたまま、愛子の剣幕に押されていた。汚れている? 成長しない? 一体何を言っているんだろう。
「……あたしがこの姿でいられるのも、あと少しの時間だけ。あの、外の紫陽花の花がしぼんでしまうと、あたしはもうあたしじゃないの……」
「愛子……」
「……うん、わかってる。お兄ちゃんは何も悪くない。悪かったのは、きっとあたしの方だから。本当に言いたいことを言えないままで、こんなになってから素直になっても、ほんとに、しょうがないよね」



イラスト:河澄翔


 愛子は涙を止めようとして、懸命に目を擦っている。
「やだ、最後ぐらい笑顔でさよならしたいのに、とまんないよぉ」
「愛子! どうしてだ! ずっとそばにいてくれ」
「しょうがないの……じゃあ、バイバイ。幸せに、なってね」
 愛子がいきなり、僕を強く突き飛ばした。僕は後ろにひっくり返って、後頭部を壁にぶつけた。めまいがする。頭を振って、目を開けた。愛子は、いなかった。
「愛子! どこだ、愛子!!」
 どこにも、いなかった。愛子も、脱ぎ捨てたセーラー服も、二人の行為の痕跡も、何一つ見当たらなかった。そこはただの、空き家に過ぎなかった。
「愛子! 応えてくれ!」
 僕は叫びながら、外へ出た。雨足が強かった。僕は回りを見渡して、それを発見した。僕は、力なく膝をついた。
 紫陽花が、すっかりしぼんでいた。


 それからのことは、後日談になる。
 僕は半ばまで想像していたが、その想像が外れていることを願いながら、翌日、大きな紫陽花の下を掘り起こした。梅雨明け宣言も出された、快晴の昼下がりだった。
 僕は、変わり果てた愛子と再会することになった。ぼろぼろになったセーラー服をまとい、白骨になった愛子が丸くなって埋まっていた。白骨には紫陽花の根が絡みついており、愛子を養分として大きくなったであろうことが伺えた。
 警察がすぐに犯人をつかまえた。愛子の母の村下真奈美と、その内縁の夫が、殺人容疑及び死体遺棄で逮捕された。この夫は酒癖が悪く、真奈美の連れ子の愛子を疎ましく思っていたために、犯行当夜レイプの後に殺害、そして夫に棄てられたくなかった真奈美と共謀して庭に埋め、逃げだしたという。週刊誌に、そう書かれてあった。
 それ以来、僕には紫陽花が単なる花には見えなくなってしまった。愛子を自分のなかに取り込んだ悪魔の花、しかし花咲く間は愛子をこの世にいさせてくれた天使の花、そして僕にとっては、紫陽花は愛子そのものに見えるのである。あの群れるように咲く、鮮やかな花びらが、別離を告げた愛子の裸身に見えてしまうのである。



終わり