「迷妄図」  石薬師 暁生



 私はいつものように一人きりの晩餐を終えた後、妹の待つあの部屋へと足を向けた。可愛い妹だ。常に私が来るのを待ちわびている。私がそこに赴かない限り、奴は孤独という名の迷宮で白痴のように空を見つめる他、ないからである。しかし私は、奴をいつくしむために、毎晩欠かさず会いにゆくのではない。奴には、罰を与え続けなければならないからだ。そして今日は、特別な罰を念入りに与えなければならない。私が奴を部屋に閉じ込めて、ちょうど一年になるのである。早いものだ。奴を牢に繋ぎとめて一年経ったということは、母の一周忌ということにもなる。
 私は、奴が逃げ出さないようにとびきり頑丈にこしらえさせた分厚い一枚板のドアを開けた。この部屋にある明かりは天井の中央にある、薄暗い一本の蛍光灯だけだ。そのぼんやりとした闇の中に、奴の白い裸身が浮かび上がって見える。
 奴は所在なげに、冷たい床にすべらかな白い尻を降ろして、ただ虚ろな瞳を宙空に漂わせていた。私はその姿に意志に反していとおしさをおぼえ、右手をその愛らしい顔へと差しだそうとしたが、鉄の格子がそれを阻んだ。思い出した。この檻は、奴が私の目の届かぬ所へ飛んでいってしまわないように、私自身がこしらえたものだった。
 しかし奴は私に気づくと、僅かに暝い瞳に光を宿して、よたよたと私の方へと近付いてくる。しかし檻に繋がれている足枷に足を引っ張られ、いつものように転んだ。
 私はそんな奴の阿呆ぶりに静かな笑い声をたてると、檻の中に足を踏み込んだ。
「腹、へったか? 飯を持ってきたぞ」
 私はらしくなく優しい声でそう言いながら、奴の頭を撫でてやり、持ってきた握り飯を奴の顔に強く押し付けた。奴は鼻と口に押し込められた米粒のために窒息し、激しくもがいた。私は奴が瘧のように小刻みに痙攣を繰り返すようになってから、ゆっくりと押し付けた手を離した。奴は咳き込み、両手で懸命に米粒をほじくり返しながらも、そのよだれと鼻水でねっとりと覆われたものを再び啌内へと送り込んだ。時折咳き込みながら、苦しげに咀嚼する。
 私はそんな醜い奴の食い様を見下ろし、奴の飯を素足で踏みにじった。すると奴は米粒にまみれた私の足をねっとりとした舌で舐め始めた。可愛い奴だ。だが、奴は罪を償わなければならない。私の母を死に到らしめた、その罪を償わなければならない。私は、奴の下顎を蹴り飛ばした。 小さな奴の体は一瞬空を舞い、向こうの格子に身体を打ち付けた。栄養失調で細く削がれた腕と腰を、したたかに打ったようだ。しかし、奴の罪はそんなことでは毛筋ほども軽くなりはしない。私は奴の長く美しい黒髪をわし掴みにして、顔をのぞきこんだ。だらしない口元から、だらだらと粥のようなものが垂れ流されている。失神してしまったようだ。ちょうど良かった。これで、安心して足の枷を外すことが出来る。
 私は鍵を取り出し、足枷を外した。無論、放し飼いにするわけではない。むしろ、逆だ。この足枷では、完全に自由を奪い去ることは出来ない。私は、黒いなめし革によって特別にあつらえた拘束具を、部屋のクローゼットから持って来た。奴の白くまだ張りの残る脚を丁寧にさすりながら、私はその拘束具を取り付けてゆく。
 その拘束具には、細いが丈夫な長い紐が付いている。私はその紐を天井の二輪の滑車に通すと、ゆっくりと紐を引いた。ぐったりと横になる奴の身体は、次第に足から、上へと引っ張りあげられてゆく。二輪の滑車は、右左それぞれの足を開くように吊り上げた。私はこらえ切れずに、白い足に口をつけた。舌で、ねぶるように味わった。微かな産毛が頬を擦り、心地好かった。私は紐を引き続け、奴の身体を舐め続けた。こじんまりと精巧な工芸品のような足指、細くしかし弾力のある脛、弱々しい膝、強く吸うと跡の残る腿、そして両足の付け根にある薄い裂け目。私がそこに唇を這わせた時には、もう奴の身体は宙に吊られ、だらりとたれ下がった弱々しい両の腕がわずかに床につくところまで来ていた。
 奴はやっと意識を取り戻したらしく、自由を封じられた両足を懸命にばたつかせ、揺れる不安定な体勢を脱するべく腕を突っ張ったりしていた。私はその反応が面白く、しばらくその状態を保持してみることにした。私の目の前で、下腹部に皺が寄る。奴が身をよじるからだ。私は下腹部よりも上にある、わずかだが開いた裂け目に舌を押しあてて、強く擦ってみた。すると奴はさらに激しく身をよじり、私の舌から逃れようと必死にもがいた。私の舌はその位置を保つのが困難になり、鼻を腿にぶつけたりしてしまった。私は苛立ち、一気に紐を引いた。
 奴は完全に中空に吊り上げられていた。懸命に伸ばす腕も虚しく空をかいた。全く不安定になった奴の身体は、ぶらりぶらりと一定しない軌跡を描く。私は奴の腰をしっかりと掴んで膝をつき、桜色の乳豆に優しく口づけた。くすぐったいのだろうか、いやがって逃げようとする奴の身体を、私はがっちりと支えて、舌の先で乳豆を転がすようにした。ああ、同じだ。あの時の、母のものと、全く同じ味がする。あの時、母が私の想いを受け入れてくれた時、懸命に乳豆を舐めていた私の顔を撫でて、母は赤ちゃんみたい、と優しく微笑んでくれた。だが、今は逆だ。私は奴の乳豆を舐めながら、愛する母を思いだし微笑まずにはおれなかったのだ。
 母は私の愛を受け入れてからしばらく経って、急におかしくなった。焦点を失ったままの視線が、辺りを漂い続けていた。突然、私に縋りついてくることもあった。そして、私を求めながらこう訴えるのだ。もっと激しく、もっと激しくしてちょうだい、このおなかの、呪われた子供が流れてしまうように、と。
 奴、つまり私の妹を産み落として、母の意識は遠くへ去ってしまった。私の呼び掛けにも、何の応えはなかった。ただ、時折狂ったような笑い声をあげながら叫ぶのだ。産まれたのはあなたの妹なのかしら、それとも、娘なのかしらね。そうして母は、奴が六つの誕生日を迎える前に、首を吊った。
 母の、凄惨な姿を思い起こしてしまった。眼球がせり出し、鼻汁とよだれを際限なく垂らし、糞尿をぶちまけた母の最期の姿を。急に、怒りが湧いた。こいつが、こいつが産まれたために、母は死んだ。
 私は激昂して、奴の殴りつけようとした。だが、すんでの所で拳を収めた。殺してしまっては、償わせることは出来ない。そして、痛みだけでは罰にはならない。私は心に誓っていた。一年前、母が死に、奴をここに監禁し始めた時から、汚辱を与え続けることが最高の懲罰であるがゆえに、私は永遠に奴を犯し続けなければならない、と。
 私は気を取り直して、自分のズボンを下ろした。まだ萎えている私の男根を、奴の口に押し付ける。奴はもうその意味を知り、また、抗うすべも知らないはずだった。だが、奴は一年前のあの初めての時のように固く口を閉ざし、私のものをくわえようとはしなかった。私は奴を打ちすえようとする感情を押し止めて、奴を睨みつけた。奴は脅え、涙をにじませたがそれでも首を振り、私を拒み続けた。こんなことは、初めてであった。私は奴の鼻をつまみ、やっとのことで口を開かせると、乱雑に男根を押し込んだ。まだ狭い奴の口を一気に突いたので、奴は吐き気とともに激しくむせた。そんな奴の苦しげな姿が、私を興奮させる。私の男根はまたたく間に固く膨れあがった。
 奴は私のために口を動かしてはくれなかった。一年も私の精液を啜って生き延びてきた奴が、最後まで私を拒もうとしているのだ。今日はお前が私の愛する母を奪い去った日であるというのに。許されることではない。私は乱雑に長くさかさにたれ下がった奴の髪を掴み、強く前後に動かした。
 短い舌が私の亀頭を激しく擦っている。私はこらえ切れずに大量の精を奴の啌内へと放った。息を切らせて、私は男根を抜く。奴の口の端から、だらりと私の精液が伝い、頬を滑り、涙を流し続ける真っ赤な眼へと流れこんだ。驚くことに、奴は一滴たりとも私の精液を呑み込まなかった。奴は、少しずつ少しずつ口に溜められた私の精液を吐き出し続ける。鼻に入り、苦しみに悶えようとも、けっして呑み込みはしなかった。
 私はわずかだが、焦りを感じていた。この一年間の懲罰が、この反抗によって全て否定されているような気がしたからである。この焦りは波のような不安に変化し、私を襲った。私は、何も考えられなくなって、ただ奴の裂け目へ、汚辱の中心へと貪りついていった。
 そこで、私は気が付いた。裂け目には、透明だが粘度の高い液体が満たされていることに。そして口をつけた途端にそれが溢れ出し、さかさ吊りの白い腹に細い筋をつけたことに。
 私は急におかしくてたまらなくなり、大声で笑った。この液体は、私の唾液ではない。奴の体液だ。今まではさんざん刺激してもろくに分泌しなかった愛液が、溢れ出ようとは。
 私はナイフを懐から取り出すと、奴の右足を吊り上げている紐を切った。と同時に、左足を吊っている紐を緩めた。奴は無様な恰好で床に叩きつけられた。私は何故か喜びを押さえ切れずに、左足だけ宙に掲げた奴の身体に抱きついた。男根はすっかり力を取り戻していた。私は垂直ベクトルを描く奴の左足をかかえると、ろくに狙いも定めないまま奴の中へと男根を突きさした。奴は腰を浮かせようとしたようだが、私はがっちりと押さえ込んでいるので果たせなかった。
 私はその内壁の感触を味わうようにゆっくりと、そして粘るように腰を振った。奴はいつもの様に、泣き叫ぶはずだった。泣いて、言葉にならない声で許しを乞うはずだった。だが、ここにおいても、奴はいつもの奴ではなかった。かん高い、痛みを訴える声とは明らかに違う、静かで、穏やかで、媚を含んだような声を漏らした。私は信じられなかった。奴は、どうやら感じているようなのだ。
 私は否定した。そんなはずはなかった。奴のまだ幼い膣には、私の男根は蹂躪者以外の何者ともならないのだ。私は激しく腰を振った。固い膣壁をごつごつと突いた。それでも、奴は鼻に掛かった声を出した。
 私は奴の唇に唇を重ねた。すると奴はつたないながらも、私の唇を割って舌を送り込んできたのである。私は背筋に悪寒を感じ、慌てて唇を離した。見上げる奴の顔は、笑っているように見えた。
 私は精を放った。奴の腰が痙攣し、やがて弛緩した。私はすぐに腰を引いた。ぐったりと横たわり、膣と口からだらだらと私の白い汚濁液をたれ流す奴は、何故か安らいだ表情を浮かべていた。私が茫然と立ち尽くしていると、奴は物憂げな動作のままで、ゆっくりと手を口にあてて、私の精液をもて遊んだ。
 私はそこで、やっと悟った。奴のこの動作は、母の癖なのだ。奴が母の癖など知るはずもない。母は、奴を恐れて滅多に会おうともしなかったからだ。
 奴は、即ち母であったのだ。私の妹、そして私の娘である奴は、あの愛する母そのものだったのだ。
 すると私は、母を、美しかった母を汚辱し、責め続けるためにここに閉じ込めたことになる。私は頭を掻きむしった。罪を償うべきは、私自身であった。私は、母に対してなんということをしてきたのだろう。
 私はひざまづいた。必死に、奴、いや、奴の姿をした母に許しを乞うていた。下らない足のいましめを、すぐにナイフで切った。私は母をうつぶせにして、尻に縋った。豊満で肉付きのよかった尻は、骨が浮き出て固くなっていた。私は泣いた。泣きながら、許しを乞うた。
 すると母は、白痴のようなあの笑顔を浮かべて、私の手を熱く握った。母にしては、やけに小さい手のような気がした。私はその行為が嬉しくてたまらずに、尻の間に顔を割り込ませた。小さくすぼまっている肛門に口をつけ、懸命に奉仕した。舌を入れた。皺と襞をなぞるように舐め回した。舌を南下させ、秘肉も舐めた。
 母は腰を振って答えてくれた。私はうきうきとした高揚感と共に、固くそそり立っている男根を肛門にあてて、一気に貫いた。ぶちっという何かのちぎれる音がしたが、構わなかった。突いた。とにかく突いた。母は泣いているようだった。きっと私と同じように、嬉しいのだろう。
 尻を抱いた。小さくで少し抱きにくかったが、力いっぱい抱いた。もう放すまい、と誓った。母は死んではいなかったのだ。今、ここに生きているのだ。
 私は達した。熱いたぎりを母の中にそそぎこんだ。脱力した私は、母を力の限り抱き締めようと手を伸ばした。
 母は、逃げた。
 私の手を払いのけ、這ったままで逃げた。私は正気に返った。そこにいたのは、やはり奴だった。
 私は、茫然としたままで、奴を見た。奴は脅えていた。震え切っていた。全く、いつもの奴だった。母の姿など、微塵もなかった。
 途端に、訳の判らない笑いが私の口から漏れ出した。少しもおかしなことなどない。ないはずなのに、私は笑い続けているようだった。それを見た奴は、強く両耳を押さえて目を閉じた。
 私はようやく、笑いの理由に気がついた。私は、私を笑っていた。母を幻影に追い、母を奪った奴にそれを見た。奴に与え続けた罰とは、所詮自分自身にある母への思慕を確認するための儚い自慰に過ぎなかった。
「なんだ、全く無駄だったんじゃないか」
 私はそう口に出したようだった。そして、切られて垂れ下がっていた紐で輪を作り、滑車にしっかりと吊るした。「つまり、一年前にこうするべきだったんだよ。簡単なことだったんだ」
 そんな声が聞こえた。奴は言葉を覚えていないはずなので、どうやら私自身がそう言ったらしかった。そして私は奴のおまるを踏み台に、輪を首にかけた。
 奴を見た。奴はまだ震えていた。案ずることはない。私が死ねば、お前も飢え死にすることになるのだから。もう脅える必要もない。罪も罰もない、無窮の闇で眠りにつくがいい。
 私は、踏み台を蹴った。



終わり